24時間テレビ 「愛は地球を救う」
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24時間テレビ 「愛は地球を救う」(24じかんテレビ あいはちきゅうをすくう)は、日本テレビ系列(NNS)の放送局が毎年8月下旬の土曜日~日曜日に行っている募金チャリティー活動を目的とする日本のテレビ番組である。現在は24時間を超え、26時間半の間放送している。通称「24時間テレビ」、「24時間」、「24テレ」、「24TV」、「24HTV」(英語表記:24HOUR TELEVISION "LOVE SAVES THE EARTH")。
番組タイトルは、24時間テレビ○○「愛は地球を救う」(○○には放送回数が入る)となる。
番組制作費は平均50億円前後。寄付金は平均2億円前後。 その為、番組制作費を全て寄付すれば、という意見も少なくない。
47都道府県全てで放送されている。(正式には佐賀県だけは除かれるが、佐賀県内の多くの世帯で、隣接する福岡放送を受信できる。また、一部のネット局では一時的にネットから外れる時間帯がある。)
目次 |
[編集] 放送概要
現在のこの番組の参加局は日本テレビ系列30局と沖縄テレビ(FNN)の計31局である。佐賀県では全く放送されていないことになるが、実際には県民は隣県の放送を視聴することができる。また一部の地域では、フジテレビ、テレビ朝日とのクロスネットの関係等で一部時間帯は別番組が放送される。詳しくは下記の参加局の章をご覧頂きたい。
- チャリティー番組だが出演者にギャラが支払われていることについて批判されることがある。番組は視聴者から寄せられた善意の浄財を国内外の福祉活動に役立てる事を目的に行っているので「本当の主役はあなたです」(詳しくは後述)を謳い文句にしている。但し事前CMで流れる企業からの協賛金は募金ではなく、放送局の広告収入となっている。こうした番組のあり方から、「偽善番組」との批判を受けることもあり、ビートたけしや笑福亭鶴瓶・明石家さんま[要出典]らは出演を拒否している。
- 放送倫理・番組向上機構は、巷でのこのような指摘に否定的である[1]。
- 2000年前後から、開始当初の目的、趣旨は薄れ、人気タレントを多数起用するなど、視聴率狙いの内容になっている。
[編集] オリジナルTシャツ(通称:チャリTシャツ)
- 番組出演者、スタッフは必ずオリジナルTシャツを着用するが、第1回総合司会だった大橋巨泉はスーツ姿だった。他にも例外的に一部のコーナーでスーツやタキシード、ジャージなど別の衣装で登場する出演者もいる。ニュースコーナーでのアナウンサーもTシャツ着用である。
- 「ズームイン!!サタデー」、「NNN Newsリアルタイム(以前はNNNニュースプラス1サタデー)」、現在は終了した「TVおじゃマンボウ」といった土曜日の生番組でも出演者・キャスターがTシャツを着用している。また、24時間テレビの放送のないCS放送・日テレNEWS24でも24時間テレビの放送がある日にキャスター陣はオリジナルTシャツを着用している。ただし「ウェークアップ!ぷらす(ytv製作)」と「NNNニュースD」では着用されていない)。また金曜日の放送でも一部番組で出演者・キャスターがTシャツを着用する場合もある(ズームインSUPERの場合はニュース担当キャスターや辛坊治郎ytv解説委員以外着用している)。
- 基本的には黄色をベースにし、番組開始当初からしばらくの間は青い地球をイメージした番組ロゴマークをデザインしたものを使っていた。近年は芸能人デザインによるものが多く、1999年は新垣仁絵(SPEED)、2001年は飯田圭織(モーニング娘。)、2002年は工藤静香、2004年は大野智(嵐)らがデザインを担当した。
- 2005年は香取慎吾(SMAP)プロデュース、佐藤可士和デザインによる、「0524」(2005年の24時間テレビの意味)の大きいプリントを施し、その下に「LIVE! 24HOUR TV」とプリントされたTシャツを製作。その際、黄色以外に、新たに赤・青・白・黒のヴァージョンが取り入れられ(この5色の件については、試作品のTシャツを目の前に見た香取が「よく(上層部に)通ったね!」と驚いたほど、佐藤可士和の手による、今まででは考えられない斬新なアイデアであった。)、今までのTシャツの最高売り上げを記録した。(ただし基本色は今までどおり黄色でボランティアスタッフには黄色のTシャツが配布された。)
- 2006年は中丸雄一(KAT-TUN)プロデュース、スタジオジブリデザインのTシャツが販売され、通常の黄色のほか黄緑のバージョンが作られた。ちなみに、さまぁ~ずはフジテレビ「27時間テレビ」の「笑わず嫌い王決定戦」でこのTシャツを持ち込んでコントを行った。
- 2007年の第30回はこれまでの芸能人デザインを止めNIGO氏が手がけ、色は黄色に加え赤のバージョンが作られた。
[編集] 番組の歴史
[編集] 1978~1991年
- 24時間テレビは、1978年にスタートした。
- 番組開始の契機は、「その当時11PMのディレクターだった都築忠彦が、アメリカで大物タレントによるチャリティーショーを見て感銘を受け企画立案し、『日本テレビ開局25周年記念特別番組』として誕生した」とされている。
- しかし、当時の番組関係者や系列局幹部の話を総合すると、ニッポン放送で1975年からスタートしたラジオ・チャリティー・ミュージックソンの成功を受けて、「これは商売にできる」と判断した広告代理店社員が、ラジオ・チャリティー・ミュージックソンの発想をテレビ向けに翻案し、有力スポンサーをつけた上で、日本テレビに持ち込んだ、というのが番組開始の真相である。当時は、日本国内でも、ラジオ・チャリティー・ミュージックソンのほか、近畿放送(現在の京都放送)でも宮城まり子のチャリティーテレソンが既に行われており、これらの企画が、放送界のみならず、社会的にも高い評価を受けた後であり、日本テレビが影響を受けたことは明らかである。その証拠に、司会には“本家”ラジオ・チャリティー・ミュージックソンと同じ萩本欽一が起用されている。
- この時代の中心的なテーマソングは「この地球(ほし)をあなたに」(チャリティーソング、作詞は山川啓介、作曲は大野雄二が担当)、「愛はマジック」(キャンペーンソング、作詞は奈良橋陽子、作曲は「この地球をあなたに」と同じく大野雄二が担当)、「Try To Wake Up To A Morning」(第2回のみ使用、作詞は奈良橋陽子、作曲はミッキー吉野、演奏はゴダイゴ)「エバー・グリーン・ラブ」(第5回より使用、作詞・作曲は「この地球をあなたに」と同様、山川・大野コンビが担当)であった。
- この頃の主な内容としては世界各地の取材映像の紹介以外に「ふれあいの旅」(萩本欽一が全国各地を生放送中に飛び回り募金活動の応援をするというもの)「チャリティー大行進」、「手塚治虫アニメ」(~1989年)、「グランド・プロローグ・ショー」(主に歌手たちによる同番組テーマソングの共演)、大阪・読売テレビ発のバラエティーショーやロックコンサートの中継等(~1992年)、テレビ放送の可能性を追求する試みが各コーナーで行われた。尚、「愛は地球を救う」という番組のサブタイトルと、2002年まで番組オープニングのちエンディングのスタッフロール終了後にクレジットされた「本当の主役はあなたです」というコピーは、コピーライターの糸井重里が考案したものである。
- この時期の末期になると、日曜日の17時半頃には笑点・チャリティー大喜利を放送するようになった。1988年~1992年は日本武道館〔1991年のみ日本テレビ(当時:社屋・現在:麹町分室)のスタジオ、1993年~1994年は日産銀座ギャラリー、1995年~2002年はお茶の水JCB、2003年から日テレホールで行われる〕。基本的には大喜利のみ放送しているが、回によってはゲストコーナーもあった。また、1994年の日産銀座ギャラリーで行ったときはステージの関係で笑点メンバーによるオークションを行った。
- 番組初期から屋台骨を支えてきた萩本欽一は1989年を以って同番組を降板している〔尚、総合司会などメイン出演者としての出演は1984年まで。翌年の1985年は萩本の休養宣言により出演を見合わせ、1986年から復帰したが、メイン出演者ではなく一出演者という形での出演となったため、総合司会・パーソナリティの欄には萩本の名前はない(詳しくは各年度の放送を参照のこと)〕。初期の中心的な出演者としては萩本のほか、黒柳徹子・タモリ(第7回まで)・アグネス・チャン(第13回まで)らがいるが、いずれも都築時代最後の年となった1991年までの間に同番組を降板している。
特に萩本欽一に関しては、1990年頃、一部週刊誌に「萩本欽一は24時間テレビの出演時に毎回1,000万円単位の出演料を貰っている」といった報道がなされた。この報道に起因して「ギャラを貰ってるヤツがチャリティーショーに出演する資格などはない」と自戒の念を述べて番組から完全降板してしまった、という逸話が残されていることでも証明されるように、「チャリティー」を謳い文句としていながら、出演タレントが総じてギャラを貰うという、商業主義的な行為が慣例化してしまった。このため、萩本と当時の主要スタッフとの間に深い亀裂が生じたことが、萩本降板の最大の理由であるとされている。一方、萩本は毎年出演交渉をする際に、局として賄える極度額を引き出した上で、その全てを番組の募金に充当していた、との話も伝えられている。これに従えば、実質的には募金に自らに支払われた全てのギャラを充てているとしても、形式的に見れば、ギャラを貰わなければ出演はできない、といった"素振り"を出演交渉時に行ってきた以上、スタッフは総じて「萩本欽一が他の番組と同様に、自分の稼ぎのために行っていることに過ぎない」という視点に立って自分の行動の一部始終を放送する訳になる。しかし、テレビを通じて見ている視聴者の側からすれば、このような事情が裏で生じていることなど全く知る術もなく、ただ純粋に「チャリティー精神に立って、無償で募金を呼びかけ続ける萩本欽一」という視点でのみ自らの行動、そして同番組全体を見ているわけであり、その限りで自分のこれまで行ってきた番組内での言動が善意の視聴者を欺いてきたことに他ならない。こういったところに、上記の降板発言の真意があると解することも出来る。いずれにせよ、現在も尚、何百万単位という高額なギャランティーが、司会者など主要出演者に対してはすべて支払われている模様であり、萩本降板により表面化したギャラ支払の問題は、依然として改善されていないのが現状である。日テレ側はギャラ支払いは「謝礼」という形ありで金額は少ないとしている(一部週刊誌では現在でも、毎年のように本放送が近くなってくるとこの点につき厳しく局や外部関係者を糾弾する記事を掲載するところもある)。
[編集] 1992年以降
- 1992年、番組開始時よりプロデュースを務めていた都築忠彦が同番組の製作を降板。日本テレビのバラエティー番組制作スタッフが製作の中心となり、大改編が行われた。1992年は「愛の歌声は地球を救う」というサブタイトルでチャリティーパーソナリティに当時人気急上昇であったダウンタウンを据えた。同年には、当時、B.B.クイーンズを解散したばかりだった近藤房之助がカンボジアの取材を行った。
- また司会者席もメインテーブルになり司会者やパーソナリティ(2000年代からスペシャルサポーター)は基本的には立ち進行(VTRの際は座りながら観る)となり、ゲストとトークしたり出入りするようになっている。これは1992年以後の「平成あっぱれテレビ」が最初でその後ウンナン・ハロプロメンバー中心の「平成あっぱれ開運祭」やTOKIO・笑点メンバー中心の「大笑点」でも同様に受け継がれている。
- 同年からは、以後目玉企画となるチャリティーマラソンを開催するようになった。これまで間寛平、山田花子、研ナオコ、杉田かおる、赤井英和、丸山和也らがランナーを務めた。24時間以上をぶっ通しで走り続けるため、ハプニングも多い(詳しくはエピソードを参照のこと)。しかし、近年ではマンネリ化に加え、「チャリティー」という番組コンセプトとの関連性に対する疑義がボランティア団体などからも少なからず示され、走行距離の短縮を行っているのでないか、などの疑惑も浮上するなどの問題を抱えている。
- また同年、番組中に視聴者から募集した歌詞を谷村新司が集約、加山雄三が作曲した。この曲が「サライ」〔作詞谷村新司、作曲弾厚作(加山雄三)〕。18:00台のコーナーで堺正章らが歌唱指導を行い、グランドフィナーレの各局リレーでは各地の出演者が口ずさむ様子が中継された。しかし一部のクロス局ではこのコーナーが放送されなかったため、誰も歌っていないシーンが全国中継されるという珍現象も起きた。
- この年からは番組の終了時間が夜8時に変更。(ナイター編成時は夜7時30分まで、その後日曜夜7時枠のネット枠の終了時間が7時56分(1996年10月~1998年9月)→7時58分(1998年10月~現在)に変更されている。
- 番組開始当初から1991年まではクロスネット局やフルネット局でも他系列の遅れ放送のある局に配慮し各コーナーのスタート時間は毎時00分や30分など、通常番組編成と同じように定刻どおりの放送を原則としていたが、1992年以降はコーナーの進行状況によって発表された時間よりやや前後することもある。その一方で、日本テレビ以外のネット局での地元ローカル差し替えの時間帯は固定されているため、コーナーの途中で唐突に武道館から地元県内の募金基地に切り替わることもしばしばであり、最悪の場合にはコーナーの決着時に切り替わることもある〔その場合、差し替えを行った局の判断でコーナーの時差録画放送などの救済措置が行われることがある(※例として山口放送(自社製作番組の項)を参照)〕。もちろん、ローカルから全国ネットに復帰する際も唐突な場合が多い。2005年の放送ではやや改善されていた。これに伴って、1992年からはコーナーの切り替え(開始、終了時など)にある提供クレジットのアナウンサーによるコメントも行われず、スポンサーの表示(「ここからは(スポンサー名)の提供でお送りします」「ここまでは(スポンサー名)の提供でお送りしました」)のみが行われている(ネットセールス、各系列局出しのローカルセールス共通、2006年1月1日放送の「大笑点2006史上最強初笑い14時間生放送」も同様。〈札幌テレビなど一部系列局のローカルセールスのみ〉であるがこちらはアナウンサーによるコメントが行われている)。1991年以前は「このコーナーは~」のアナウンスがついていた。
- 番組開始時からチャリティードラマが放送されていたが、1992年の大改編により一旦ドラマ枠は消滅した。しかし、1997年から(1999年・2000年は「24時間テレビナイター」=巨人戦中継の関係でなし)土曜日の21時頃~の時間帯で再びドラマが放送されるようになった。毎年高視聴率を挙げている。特に、2001年の「最後の夏休み」(安倍なつみ主演)はその年の芸術祭参加作品となった。
- 2002年から放送終了時間が20:54に増大(その為日曜夜8時枠が休止)し、2004年を除き18:30~20:54の約26時間半になった(2004年は19:45~21:34の約26時間だった)。
- 一部視聴者では人気男子・女子タレント(アイドル)やグループがパーソナリティを務める点や都築時代の内容にしてほしいなどの意見が主張させる点が多くあると言われる。
[編集] 2003年以降の詳細
[編集] 2003年・あなたを一番愛する人…
山田花子が放送時間内にゴールの武道館に間に合わなかったため、24日22時からの10分間、緊急特別番組を放送した。また、この年から「日本全国ダーツの旅特別編」として視聴者へのインタビューを放送。
- タイムテーブル
- 8月23日18:30 オープニング DASH村ほか
- 20:40 義足の少年 限界への激走
- 21:30 スペシャルドラマ「ふたり」(長瀬智也、深田恭子、松浦亜弥)
- 23:30 テレビが生んだ HOT HIT 100
- NNNきょうの出来事、スポーツうるぐす挿入あり
- 24日3:50 日本 LOVE LOVE 大賞2003
- 5:30 日本列島モノにも愛を
- 9:30 日本一家族大集合
- 12:30 母にささげる車いすトライアスロン
- 14:30 コマネチ20年ぶりの復活
- 15:00 9人の小学校 最後の夏休みの宿題
- 16:00 賀来千香子、アフガニスタンを行く
- 17:20 笑点・チャリティー大喜利
- 19:40 北朝鮮拉致家族 悲痛な叫び
- 20:00 スーパーメドレー
- 20:41 グランドフィナーレ
[編集] 2004年・あなたの夢はみんなの夢
当初、放送枠は2004年8月21日19時30分~8月22日21時24分であったが、実際にはアテネ五輪野球中継が延長したこと、また杉田かおるのマラソンも延長したことから実際には21日19時45分~22日21時34分に放送された。 テレビ大分は通常19時から21時台に日テレ受けしており、16時の「プレオープニング」から放送し、21時の「プレミアムステージ」が「アテネ五輪・前半戦ハイライト」編成の為に放送せず、例年TOSでは短縮版として放送している「チャリティドラマ」をマイクロ受けで完全版での放送となった。その後翌16:55まで放送し、その後「SPARK ON WAVE」(自社制作)・「FNNスーパーニュース」(CX受け+自社制作)・「MUSIC FAIR 21」(CX受け・8月21日分)・「サザエさん」(CX受け)があり2時間中断し、19:00の放送再開以降はほぼNTV受けが目立った編成だった。
- タイムテーブル
- 16:00 - 30 プレオープニング・ローカルオープニング
- 16:30 - 19:40 アテネオリンピック 男子・野球/予選リーグ「日本VS台湾」解説・星野仙一&実況・村山喜彦
- 19:45 オープニング(アテネ五輪の野球延長の為に15分遅れてスタート!その時に会場中がブーイングの嵐)
- 20:05 杉田かおるの100kmマラソンスタート
- 20:30 ヤンキース松井がくれたゆうき
- 21:15 スペシャルドラマ「父の海、僕の空」(滝沢秀明)
- 23:20 夢を与えてくれたHOT HIT 100 (麹町分室・Gスタジオから生放送)
- 02:45 決定!憧れの芸人No1は誰だ!?大討論会 (汐留・S2スタジオから生放送)
- 司会:ロンドンブーツ1号2号、小池栄子
- 05:30 ふれあいの旅 めざせ武道館! 一流芸人への道
- 06:45 NNNニュースサンデー
- 07:00 曙太郎も応援 双子の兄弟が障害乗り越え40キロ川下りに挑戦
- 08:15 はなれて暮らす母へ…全盲の少年が挑戦!感謝のハンドベル
- 09:45 たとえ骨が砕けても…車いすの青年が挑戦 恋人の両親へ響け和太鼓
- 11:30 NNNニュースダッシュ
- 11:40 義足の少年がリベンジ!ニュージーランド大氷河に挑む
- 12:00 事故から10ヶ月 未来を開け!決定車いすのトライアスロン スタート/ろう学校の少年少女 夢の舞台武道館で嵐のバックダンサーに挑戦
- 12:30 Qちゃんとかわした約束 自閉症の少年が最後のレースで
- 14:00 なっちと一緒だよ。7人の小学生最後の夏休みにみんなで…
- 14:30 悪夢の交通事故!手足マヒの13歳少女 夢のピアノに挑戦
- 15:00 熱帯雨林を救え!平山あやがマングローブ植林どろんこ体験記
- 16:50 NNNニュース
- 17:00 夢はピアニスト 障害を乗り越えてピアノを弾きたい!
- 17:25 笑点チャリティー大喜利
- 18:00 秋雪くんの死を乗り越えて 夫婦が初めて笑った日
- 19:00 スーパーメドレー
- 21:00 クロージング
- なお、この回は番組の最後に「本当の主役は あなたです」というテロップが表示された。
[編集] 2005年・~生きる~
- この年は日本テレビの黄金期を支えた一人渡辺弘を制作指揮に、梅原幹・吉川圭三のWチーフプロデューサーを迎え入れ、ハプニングの多様化や例年の武道館のゲスト数の縮小などがあり、各パートでも18%~26%と高く、28日(日)19:00~20:54のPART10では関東地区での平均視聴率30.3%(瞬間最高視聴率は関東地区が午後8時46分の41.8%、関西地区が38.3%)をマークし、この回の平均視聴率が関東地区で19.0%、関西地区で16.6%(関東・関西共に史上最高)、また8時台の第3回募金集計では3億円近くに及ぶ2つの最高記録を樹立した(視聴率はビデオリサーチ調べ)。
- 恐らくは2003年のマラソン大失態や2004年のバラエティ制作班時代での最低視聴率があり、マンネリ化を懸念し大幅テコ入れをしたと考えられる。
- 前年は200人以上のゲストが出演したが、急な放送時期の変更などもあり例年よりゲストの数が少なく、「グランドフィナーレ」では日テレジェニックのメンバーも加っていた。
- この年はチャリティーサポーターは例年の全体通しではなく、時間別の交代制で、以下のタレントが参加した。
- オープニングのCG、提供時に出てくるCGやCM前のアイキャッチにも5色(黄色のほか、青、赤、黒、白。黒デザインは文字色が灰色、他は文字色・黒で、「0524 LIVE! 24 HOUR TV」という文字が書いてある、佐藤可士和デザイン)のTシャツが登場、CM前のアイキャッチには丸山和也弁護士が走るCG(行列のできる法律相談所より)も登場した。
- タイムテーブル
- 18:30 グランドオープニング
- 19:02頃 マラソンスタート
- 21:15頃 スペシャルドラマ「小さな運転士 最後の夢」(出演:阿部寛、和久井映見、中島裕翔、余貴美子、竜雷太、草彅剛他)※字幕放送・副音声解説
- 23:15頃 懐かしの名番組 夜の同窓会スペシャル(司会:爆笑問題、麹町分室・Gスタジオから生放送)
- この日は日本テレビの開局記念日にあたり日本テレビの人気番組「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」「スーパーJOCKEY」「お笑いスター誕生!!」「マジカル頭脳パワー!!」「電波少年」の関わりのあるタレントなどが集結・各番組の名珍場面、放送で無かった裏話を暴露。また暴露ゲストとしてT部長こと土屋敏男が生出演、11年ぶりに番組に携わった。
- コーナー冒頭(23:41頃)で、裏番組のSmaSTATION-4(テレビ朝日)が生放送。草彅は日テレ、香取はテレビ朝日からの中継で出演するコラボレーション企画も実現。SmaSTATION-4からは香取と元日本テレビアナウンサー福澤朗が出演。その際、香取と福澤のほかSmaSTATION-4の出演者全員がチャリティーTシャツを着ていた。
- (1:00前後 「スポーツうるぐす」)
- (1:38~1:42 NNNニュース - 鷹西美佳アナウンサー)
- 1:30頃 スポーツ世界記録に挑戦(挑戦者:中田大輔、有薗啓剛、古賀稔彦)
- 5:30頃 動物と一緒に天気予報(次郎・太郎、木原実気象予報士)
- 5:40 ネット局企画(随時放送)
- 6:45 NNNニュースサンデー
- 8:30頃 海のない“オキナワ”に生きる
- 余談だが、草彅と香取は10:00~11:45までフジテレビの『笑っていいとも!増刊号』に出演しているのにも関わらず、このまま休むことなく出演し続けた(いわゆる二重出演)。
- 11:17 NNNニュースダッシュ
- 11:27 【ローカル枠】
- 12:00頃 小さな運転士・もう一つの江ノ電物語
- 13:00頃 史上最大の生・仮装大賞
- 毎年正月・春・秋の3回放送されている「欽ちゃん&香取慎吾の新!仮装大賞」のスペシャル版。進行は「新!仮装大賞」と同様、1997年の第20回以来、実に8年ぶりの出演となる萩本欽一と香取が勤め、「仮装大賞」出場経験のある青木さやからが見守った。
- 15:15頃 史上最大のマツケンサンバII(長崎・武道館・万博会場)
- 16:54 NNNニュース(馬場典子アナウンサー)
- 17:00頃 カンボジア不発弾の村を行く!(出演:菊川怜)【系列局はローカル枠】
- 17:30頃 笑点チャリティ大喜利
- 大喜利前にはチャリティーサポーターのアンガールズがネタを行った。
- 草なぎ剛が座布団運びとして登場、座布団運び中にも関わず答えていた。
- 18:00頃 小さな命を救ったレスキュー隊全記録!
- 18:30頃 イラクに散った戦場カメラマン
- 19:00頃 日本全国ダーツの旅的インタビューwith稲垣吾郎
- 19:50頃 長嶋茂雄からメッセージ、SMAPスペシャルライブ(曲目:「BANG! BANG! バカンス!」・「Triangle」)
- 20:30頃 グランドフィナーレ
- 円広志(1978年以来)27年ぶりに日本武道館で熱唱(円自身も「飛んで回った」)
- 全国30局と通し企画会場を繋ぐネットリレー「サライ」大合唱(本来のエンディングテーマだが、今回は丸山弁護士のゴール直前に行われた。)
- エンディングは「世界に一つだけの花」大合唱
- 番組最後のテロップは、番組冒頭のCGにもあった番組テーマだった。(「本当の主役はあなたです」をキー局が番組中一切語らなかったのは史上初)
- なお、この直後には「行列のできる法律相談所」にて、丸山弁護士ゴール”緊急生放送”特番が放送された(一部地域は除く、到着が遅くなったときの対応とも考えられる)。内容はゴール直後の丸山へのインタビューと過去の未放送VTRであった。
- さらに、SHOW-YAの寺田恵子が丸山弁護士のことをブログで語っていた。
- 24時間テレビマラソンの様子は翌々日(日本時間2005年8月30日21:00~22:54の放送予定だったが、プロ野球延長のため20分遅れ。火曜サスペンス劇場のネット局同時放送だが副音声の解説放送はなし)放送。火曜日にチャリティーマラソン特集番組が放送されるのは、1997年以来8年ぶり。
- ※11:27~12:27、16:59~17:23まで各局ローカル企画(STV、CTV、YTV、RNC、FBSは8:39~9:39にも各局ローカル企画また、NKTも、この時間帯に、20分程度、ローカル企画を放送した。)
- また、2005年8月29日のスポーツ報知によるとコラボレーションの企画に協力したフジテレビとテレビ朝日も募金に協力した。(テレビ朝日ではチャリティーTシャツを100枚購入し、局舎玄関に募金箱設置。いくつかの番組においてチャリティーTシャツ着用、募金呼びかけを行った)
- 主なゲスト
- アナウンサー出演者
- 西尾由佳理(総合司会者)
- 阿部哲子(深夜企画司会者)
- 蛯原哲(深夜スポーツ企画)
- 小野寺麻衣(出演者の過去)
- 河村亮(深夜スポーツ企画)
- 古閑陽子(日産ギャラリー)
- 新谷保志(NNNニュースサンデー 、NNNニュースダッシュ)
- 菅谷大介(深夜スポーツ企画)
- 杉上佐智枝(24時間マラソン)
- 鈴江奈々(スポーツうるぐす)
- 鈴木健(熊本県にてトライアスロン)
- 鈴木崇司(スポーツうるぐす、愛知県名古屋市の愛・地球博にて真島茂樹と中京テレビのパーソナリティ、赤井英和を中心にマツケンサンバIIIを生中継)
- 鷹西美佳(NNNニュース)
- 中野謙吾(日産ギャラリー)
- 馬場典子(NNNニュース)
- 藤井貴彦(深夜スポーツ企画)
- 船越雅史(深夜スポーツ企画)
- 町田浩徳(長崎県にて松平健を中心に老人施設の人とマツケンサンバIIIを生中継)
- 松本志のぶ(24時間マラソン応援、24時間テレビ終了後は引き続き生放送で行列のできる法律相談所にて丸山和也の祝福番組の司会)
- 宮崎宣子(深夜スポーツ企画)
- 村山喜彦(大阪府大阪市のツイン21にて読売ジャイアンツ監督の堀内恒夫からよみうりテレビのパーソナリティ、吉岡美穂へ募金贈呈)
- 森圭介(芸能人誘導)
- 森麻季(日産ギャラリー)
- 山本真純(広島県にて石原良純と坂本龍馬の沈没船のお宝発掘)
[編集] 2006年・絆~今、私たちにできること~
- 2001年以後続いた「チャリティーサポーター」を廃止。代わって2002年以来4年ぶりに「チャリティパーソナリティ」が、2004年以来3年ぶりに「番組パーソナリティ」を復活した。
- 提供バックCGは、オープニングのCG同様、黄色と緑色の「絆」Tシャツ(中丸雄一デザイン・スタジオジブリ協力)が浮かび上がり、視聴者側に向かって消えていくパターンがあった。CM前後のCGもアンガールズCG以外が、2色の「絆」Tシャツだった。
- 番組内容 ほか
- 番組宣伝番組/2006年8月19日12:55~14:20、2006年8月26日16:30~18:00(24時間テレビ直前スペシャル)
- 通し企画
- スポーツ世界記録に挑戦・間寛平、陸上十種競技に挑戦
- 芸能人社交ダンス部がサポート!盲目のダンサーが集結!世界初ブラインドダンス選手権生放送
- 伝説の宝島は日本に存在した!海賊キッドの財宝を探せ!(石塚英彦 ほか)
- 絆のチカラ
- 日本列島ダーツの旅的全国1億人インタビュー(ゲストダーツ旅人:久本雅美・柴田理恵・くりぃむしちゅー・次長課長)
- 24時間開催中!絆写真で作る巨大フォトモザイクアート展(走るアンガールズと日本武道館、アンガールズ田中の頭にテーマの「絆」の巨大アート)
- 中継担当(武道館応援隊):次長課長
- チャリティーマラソンの様子を第2日本テレビで追跡動画レポート
- タイムテーブル
- 2006年8月26日18:30 - グランドオープニング…最初のオープニングVTRから番組のタイトル表示まで、去年と全く同じ形になっていた。
- 通し企画会場・ネット局リレー中継(北海道・名古屋・大阪・高知・福岡)
- マラソンスタート…スタート直後応援していた観客がコースに侵入し、後方にいたアンガールズ山根の進路を妨害するハプニングが発生した。その後もアンガールズに無意味に触る観客が続出し、総合司会の徳光和夫が走者に触らないようにと注意を促す場面もあった。
- 19:50頃 - スポーツ世界記録に挑戦
- 潜水世界記録に挑戦
- 21:15頃 - スペシャルドラマ「ユウキ」
- 23:27頃 - 超貴重映像が今夜限りの大量流出!!芸能人見られたくないお宝ベスト100(汐留・日テレタワーS1スタジオから生放送)
- 哀川翔、レイザーラモン、ほしのあき、品川庄司、インパルスほか出演。
- 内容は、芸能人のお宝映像を100位から発表するコーナー、出演している芸能人に対しボタン入力による匿名アンケートをとるコーナー(絆チェック)、出演者の元相方が登場し、その時のエピソードを暴露するコーナー(深夜の絆コーナー)などである。また、「スーパージョッキー」の名物コーナーであった「熱湯コマーシャル」もスタジオで再現され、前年と同様に夜明けまでこのコーナーを行い、合間でスポーツ会場の中継を入れていた。またハプニングとして、明け方に時間調整のため急遽熱湯コマーシャルのルーレットを使い、ルーレットに当たった出演者(芸人)が最初に作ったネタを披露するというコーナーも登場した。
- 23:30~日付が変わり27日になるまで、コーナーMCのくりぃむしちゅーが出演できなかった関係(実際は裏番組「くるくるドカン」出演と武道館からの移動の時間稼ぎ)で代理司会を、有田芳生&KAT-TUNの上田竜也の「くりぃむしちゅーと苗字が同じコンビ(上田と有田)」でつないだが、実際の進行役は千野志麻(元フジテレビアナウンサー)だった。くりぃむしちゅーの有田哲平は出てくるなり、自身の裏番組出演を「お台場冒険王行ってきました」とネタにしていた。(有田は実際に裏番組出演時にお台場冒険王にいた。2006年8月14日収録のサブタイトル「男気は地球を救う~有田と掟ポルシェの絆~」)
- 深夜帯に出演したインパルスの板倉など芸人数名が寝転び休憩をとっているアンガールズの顔を見て(寝転んでいるアンガールズの顔が疲れのせいで、何ともいえない表情になっていた為)「姿慎めよ」「霊」などと発言したと指摘され当該映像がネットに流出されて一部で問題になっている。
- スポーツうるぐす(江川卓、鈴木崇司)毎年恒例の江川に質問・江川秘蔵映像(コケる江川他)
- 2006年8月27日5:30頃 - 綾小路きみまろの漫談天気予報でズームイン!(STV・CTV・YTV・FBS)
- きみまろの前にも天気中継先でも、老女達が群がっていた。
- 6:45 - NNNニュースサンデー
- 8:30頃 - 脊髄損傷した元高校水泳チャンピオンが20歳のチャレンジ!車いすトライアスロンに挑戦【系列局はローカル枠】…車椅子トライアスロン初となる100キロでの挑戦となり、見事、完走を果たした。
- 9:15頃 - 目指せ!!もうひとつのWBC!!障害者野球少年の挑戦
- 9:55 森昌子の絆(この5分後FBCはサンデープロジェクトを放送するため飛び降り)
- 10:00頃 - 婚約者からの遺書~特攻隊員に捧げた60年愛~安倍なつみ(福井のみサンデープロジェクトを生放送のため飛び降り)
- 余談・裏番組のサンデージャポンではスタッフが「絵」Tシャツ(サンジャポ専属画伯が「カオナシ」によく似た絵を描いた)を着ていた。
- 11:17 - NNNニュースD(福井は11:30から放送)
- 11:27 【ローカル枠】
- 13:00頃 - 伝説の名企画が15年ぶりに復活!高校生制服対抗ダンス甲子園2006
- 優勝は神奈川県の「OUT LIVE」(自前ダンス曲:作曲・編曲:OUT LIVE、ジャンル・アニメーション)
- 14:00頃 - ウリナリ芸能人社交ダンス部と視覚障害者が踊る!ブラインドダンス大会…東京ビックサイトで開催されたブラインドダンス大会に出場。結果、見事、全ペアが入賞を果たした。ウリナリ芸能人社交ダンス部メンバーが入ったペアの最高位は小池栄子ペアの2位。また、この企画で、12年ぶりに南原清隆が24時間テレビに登場した。
- 14:30頃 - もうひとつのダンス甲子園!ダウン症少年少女とKAT-TUNの熱き友情ダンス
- 15:00頃 - 車椅子の男性がロボットスーツでアルプス登山に挑戦
- 15:30頃 - 日本中が修二と彰!1億3千万人の青春アミーゴ…期間限定ユニットであった修二と彰が復活し、全国の募金会場と中継を結んで日本武道館を中心に「青春アミーゴ」を熱唱した。
- 16:18 - 恫喝事件(東京都世田谷区新町2丁目の玉川通りにて、お年寄りの女性が、走っているアンガールズに軽くタッチし激励の言葉をかけた。これに伴走スタッフの男性が「触らないで!!」と詰め寄り大声で怒鳴り散らした。)…これは、上記(マラソンスタート時)の事や、ランナーに触れる人達が急増した事において、マラソンスタッフがピリピリしていたために、とった行動だと思われる。これは、沿道で応援していた方達のモラルがなかったために起きた事だと周りからは言われているが言葉を使い間違えているのではないかと議論を生んでいる。実際ランナーに触れることは転倒などの危険があるため推奨できない。
- 16:54 - NNNニュース(豊田順子アナウンサー、豊田アナはニュース後の笑点レポートの為に汐留ゼロスタ広場に直行)
- 16:59 【ローカル枠】
- 17:30頃 - 笑点チャリティ大喜利 (桂歌丸司会、演芸ゲスト・ナポレオンズ)
- 18:00 - 「天才!志村どうぶつ園」が人と動物の絆をリポート(志村園長プロジェクトと題し、ベッキーの動物病院レポート)
- 20:40頃 - グランドフィナーレ
- アンガールズがゴールした後、アンガールズの田中が「ゴールしたら、海に連れてってやると、(おぎやはぎの)小木さんと約束した。」と喋る。また、徳光和夫が「サライを歌っている時にゴールするかと思ったが、こんなに早くゴールして、サライをちゃんと歌うのは、アンガールズが初めてでしょう!」と言っていたが、過去、サライを歌っているマラソンランナーは何人かいる。(山口達也、森田剛、杉田かおるなど)
- 前年は出演者が裏番組に出ているケースもいくつか見られたが、今回は社交ダンスに出演していた勝俣州和(TBS系アッコにおまかせ!出演。事前収録)や、深夜のコーナーに出演していたくりぃむしちゅー(フジテレビ系くるくるドカン~新しい波を探して~出演)など、裏番組出演時は基本的に同番組には出演しなかった。
- エンドロールからも分かる通り、今回からスタッフの体系が変わった。(チーフディレクターの導入や、武道館スタッフの出演者フォローという担当の導入、データコンテンツ部門の導入など…)
- 平均視聴率は関東地区で17.2%(歴代第2位)、関西地区で16.1%(歴代第4位)と高視聴率を記録した。瞬間最高視聴率は、最後のサライ合唱のシーン(午後8時52分)で、関東地区32.8%、関西地区28.1%であった(ビデオリサーチ調べ)。
- アンガールズはマラソン前は「2人いっしょにゴールする」と言っていたが、実際は田中のほうが先にゴールしてしまった。後日大スポんちゅで語っていた。
- また、今回から募金金額発表の表示方法が長年親しまれたドット式の電光掲示板表示(同局でよく見られるフォント)からマルチビジョンに変更した。
- 出演者
- メインパーソナリティ
- チャリティパーソナリティ
- 番組パーソナリティ
- マラソン
- アンガールズ
- 総合司会
- 主なゲスト
- 東山紀之(少年隊)
- 相葉雅紀(嵐)
- TOKIO、KinKi Kids(VTRのみの出演)
- 山下智久(NEWS)
- ジャニーズJr.(修二と彰バックダンサー)
- 間寛平
- 志村けん
- 平原綾香
- 次長課長
- 丸山和也
- 清水まさみ
- 綾瀬はるか
- ゴスペラーズ
- 優香
- ダチョウ倶楽部
- 松浦亜弥
- 安倍なつみ
- Berryz工房
- 押切もえ
- 中川翔子
- 華原朋美
- 大黒摩季
- 谷村新司
- 加山雄三
- 小林旭
- 柴田理恵
- シャ乱Q
- 米米CLUB
- 吹石一恵
- 谷垣禎一
- 小池百合子
[編集] 2007年・~人生が変わる瞬間(とき)~
- 放送日
- 出演者
- メインパーソナリティ
- チャリティパーソナリティ
- 番組パーソナリティ
- マラソン
- 総合司会
- 主なゲスト
[編集] エピソード
- 第一回のフィナーレで総合司会の大橋巨泉はカメラに向かい「確かに人々の好意でこれだけの金額が集まりました。しかしテレビの前の政治家の皆さん、自民党のみなさん。これは本来あなたたちがやらなければいけなかったのですよ!」と政治家の福祉政策を批判した。
- 1989年のNNN昼のニュースのコーナーでは、大阪管区気象台からの中継が入った(室戸沖に台風が上陸したため)。
- 1991年は日本武道館が改修工事中だったため移転間もない東京都庁をメイン会場とし、また日本テレビが独占放映した世界陸上選手権東京大会の中継のため7月に前倒しして開催した。
- 1992年の初めてのチャリティーマラソンでは、出発地を公開してしまった為に走者の間寛平を応援しようとファンが殺到、交通の妨げになるとして途中棄権という形をとった(以後出発地とルートは原則非公開)。
- 1994年はサッカーJリーグヴェルディ川崎対横浜マリノス戦(等々力陸上競技場、チーム名は当時)が中継されたが、荒天と落雷の影響により試合が中断した。中断の間、一旦武道館に戻り、大なわとび世界新記録を狙う小学生の模様などを放送。また深夜企画・第2部(出演:ナインティナイン、飯星景子、コント赤信号ほか)は予定していた開始時間が遅れ、放送枠が縮小された。
- 1995年のマラソンでは、同年1月17日に起こった阪神・淡路大震災からの復興を願うため、神戸をスタート地点として、東京まで約600kmを間寛平が一週間で走破した。寛平も大震災で築後2週間のマイホームを失っている。マラソンの途中、寝転がっていた寛平は足を車の後輪に轢かれた。
- 1996年には、チャリティーマラソン走者赤井英和の到着が遅れたため放送時間が15分延長された。そのため、後番組の「超・天才たけしの元気が出るテレビ!!」は冒頭15分が放送されなかった。2003年にも、その年の走者山田花子が遅れた。しかし、こちらは1時間以上の遅れだったため、放送時間を延長せず、次番組の行列のできる法律相談所を通常放送し、午後10時から10分間の臨時番組を放送するにとどまった(「おしゃれカンケイ」以降の番組を10分繰り下げ)。また武道館の使用時間の関係上、ゴール地点が武道館の前となった。これは、チャリティーマラソン13回の歴史の中で初の出来事であった。徳光はこの時間帯で「世界ウルルン滞在記」の司会を務めていたが、このときは「世界陸上2003パリ」で休止していた。
- 1999年と2000年は東京ドームでの巨人戦のPRIDE&SPIRIT(日本プロ野球)プロ野球ナイター中継のため18:00から放送開始、19:00から野球中継を試合終了まで中継した(以前から「24時間テレビナイター」と題して放送していた)。翌日日曜日の中継もあったため19:30で終了している。
- 2001年の第24回の放送では徳光が放送直前に手術をしたため、深夜~翌昼の時間帯は立教大学の後輩であるみのもんたが司会を務めた。このときのチーフプロデューサーが城朋子(当時「ズームイン!!朝!」のプロデューサー)で6時台のニュースヘッドラインはNSヘッドラインのスタイルをとり、また、中継の切り替えのときにズームイン!!でつかっていた音を使った。
- 2004年は「アテネオリンピック」の野球予選・日本対台湾が延長となり、開始時刻が27回目にして初めて15分遅れた。しかし、当年度のランナーの杉田かおるのマラソンゴールに合わせて時間延長(10分)をしたため、総放送時間は5分短縮となった(ニューススポット・あすの天気以降は10分繰り下げ、クロスネット局のテレビ宮崎はテレビ朝日発のアテネオリンピック放送を優先し、「NNNきょうの出来事」を縮小した)。
- 土曜深夜~日曜早朝は、初期には浅草国際劇場やメイン会場である日本武道館での音楽ライブを放送したり(ゴダイゴや爆風スランプがメインアクトとなっていた)、1981年当時ロサンゼルスにあったA&Mレコードのスタジオからカーペンターズやディーヴォのライヴを放送していた。近年は主にバラエティ企画を日本テレビのスタジオ(2004年のみ一部を麹町分室のGスタジオ・二部を汐留のスタジオ)から放送している。五歩一勇(「今夜は最高!」のプロデューサー)によるタモリと赤塚不二夫のろうそくショーや、1992年の菅賢治(「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」プロデューサー)によるダウンタウンの企画で松本人志がヘルメットを被っている吉田ヒロにチェーンソーを当てようとしたコーナー(「ミッドナイト大喜利」)、1994年の土屋敏男(「ウンナン世界征服宣言」「進め!電波少年」プロデューサー)によるウッチャンナンチャンの企画で出川哲朗が人間水車のエジキとなり岡本夏生の暴露話をするというコーナーなど、過激な内容が放送されていた時期があったが、番組の趣旨と乖離するなどの理由で1995年からは深夜企画を見直し、以上のプロデューサーは以後24時間テレビに関わっていない。さらにタモリ・ダウンタウン・ウッチャンナンチャンも以後番組に参加していない。しかし、土屋敏男は2005年の「懐かしの名番組 夜の同窓会スペシャル」で「電波少年」の同窓会ということで出演、11年ぶりに番組に携わった。またその裏で1999年にはUFOを呼ぶ女性がUFOを呼び、「スポーツうるぐす」の放送中に中継会場に本当にUFOが来たり、2003年にジョーダンズの三又がスタジオで結婚発表し、その後新妻が登場したのもあった。
- 2004年に仙台市内のチャリティー会場で、臨月の妊婦が見に来たのだが、中継中に陣痛が起こり、病院に搬送されるという事件がおきた。その後その女性は無事に赤ちゃんを産んだ。その時仙台にいたのは内山信二で、出産から1年経った2005年も内山信二が会場にきたので、女性は「この子ここの会場で陣痛が起きたときの子なんです」というと、内山はしっかりと覚えていたようで、「24時間テレビ君と名づけたんですか?」とボケて見せた。その後も内山と女性の家庭との間に交流があるという。
- 1997年から2004年の8回は毎年8月第3土曜・日曜に放送日を固定したが、2005年と2006年には8月最終土曜・日曜に繰り