黒竜江省

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黒龍江省
黑龙江省
略称: (拼音: Hēi)
省都 ハルビン市
最大都市 ハルビン市
省委書記 銭運録
省長 張左己
面積 460,000 km² (6位)
人口 (2004年)
 - 人口密度
38,170,000 (16位)
83/km² (26位)
域内総生産 (2005年)
 - 一人あたり
5510.00億 (14位)
14458.15 (10位)
人間開発指数 (2005年) 0.786 () (8位)
主な民族 漢民族 - 95%
満州族 - 3%
朝鮮族 - 1%
モンゴル族 - 0.4%
回族 - 0.3%
地級行政区 13
県級行政区 128
郷級行政区 1284
ISO 3166-2:CN 23
公式サイト
http://www.hlj.gov.cn/

黒竜江省(こくりゅうこう-しょう、ヘイロンチャンシェン、拼音: Hēilóngjiāng Shěng)は中華人民共和国行政区分の一つで、省都は哈爾浜(ハルビン、ハルピン)。吉林省の北、内モンゴル自治区の東に位置する。北部は黒竜江をはさんでロシア国境を接している。

目次

[編集] 地理

北はアムール川(黒竜江)を隔ててロシア連邦極東連邦管区ハバロフスク地方アムール州ユダヤ自治州と接し、東はウスリー川を隔ててロシア極東連邦管区の沿海地方と接する。南は中国の吉林省、西は内モンゴル自治区ホロンバイル市と接す。

人口の90%超が漢族でその他に満州族モンゴル族朝鮮族などが住む。

[編集] 歴史

先秦時期には、粛慎勿吉)、穢狛(濊貊)、東胡の三大民族系統の先住民がおり、粛慎は代には挹娄、には勿吉、には靺鞨代には女真と称し、代になって満洲の名が起こった。

黒竜江地区に最初に樹立された地方政権は穢狛系の扶余国で、後に高句麗が分かれた。には渤海が起こり、また北方には室韋都督府、黒水靺鞨都督府が置かれた。

契丹は渤海を滅ぼした後、東丹国を樹立した。王朝は会寧府(今のハルビン阿城市白城)に建都し、後に燕京(北京付近)に遷都した。代には開元路、水達達路が置かれて遼陽行省に属した。代には奴児干都指揮使司が置かれて女真族を間接支配し、初には寧古塔昂邦章京が置かれ、後に吉林に移り、吉林将軍と改称した。さらに黒竜江将軍が増設され、黒竜江流域の広大な地区を管轄した。

1680年代に清朝はロシア帝国ネルチンスク条約を結び、ロシアとの国境を画定したが、1858年アイグン条約1860年の中露北京条約により黒竜江以北、ウスリー川以東の領土を失った。20世紀初めまでに漢族が大量に移住し、1907年に黒竜江省が新設されるとチチハルに省会(省都)が置かれた。新中国成立後、省会は1954年ハルビンに移った。新中国では大慶油田が開発され、全国最大の生産を誇ったが、近年生産量は急激に低下した。

[編集] 行政区域

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12地級市と1地区からなる。

[編集] 友好提携地域

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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