黒柳徹子
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| 黒柳 徹子 くろやなぎ てつこ | |
| プロフィール | |
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テレビ番組『徹子の部屋』の司会や、日本最大のベストセラーである『窓ぎわのトットちゃん』の著者として知られる。その形状から「玉ねぎ」などと称される髪型もよく知られているが、大好きなマリー・アントワネットの髪型をモデルにしていると話している。
名前は、両親たちが男の子が生まれると思い「徹」と名づけていたのだが、実際は女の子が生まれたため「子」をつけて「徹子」とした。また、「黒柳」とサインを書くときには柳の異体字である「栁」を使う。
ちなみに、司会者でも有数の「鼻濁音の使い手」として有名である。
目次 |
[編集] 略歴
東京都港区乃木坂生まれ。大田区北千束で育つ。父は音楽家で、NHK交響楽団のコンサートマスターも務めたヴァイオリニストの黒柳守綱(旧姓田口)、母はエッセイストの黒柳朝。弟はヴァイオリニストの黒柳紀明、妹はバレリーナでエッセイストの黒柳眞理、伯父には日本ニュースのニューヨーク支社長やアメリカ・メトロニュースの極東代表を務めた田口修治がいる。
トモエ学園、香蘭女学校を経て、1952年東洋音楽学校(現・東京音楽大学)声楽科卒業。NHK放送劇団、文学座を経て女優デビュー。日本初のテレビタレントとしてテレビ黎明期から活躍する。
芸能活動以外にも、国際連合傘下のUNICEF(国際連合児童基金)親善大使としての活動が特に知られる。その他、社会福祉法人「トット基金」理事長、社会福祉法人「あゆみの箱」理事、日本ペンクラブ会員、世界自然保護基金日本理事、ちひろ美術館館長、東京フィルハーモニー交響楽団副理事長、日本チャップリン協会名誉会長、日本パンダ保護協会名誉会長、としても活躍している。ポーランド政府からコルチャック賞を贈られた。2006年、第54回菊池寛賞を受賞した。
[編集] エピソード
- 文学座研究生の出身だが、正座員には、宮口精二の反対で採用されなかった。
- 日本で初めてテレビ放送に顔が映った人物ともいわれる。本人の談によると、NHKの試験放送では顔の左右を青白に塗り分けて撮影されたという。その様子は斉藤由貴主演の映画『トットチャンネル』(1987年)でも再現された。
- NHK『夢であいましょう』で共演した渥美清と関係が深い。
- 共演当時、熱愛疑惑が持ち上がったことがある(本人談)。
- 渥美は1979年1月3日の『徹子の部屋』にゲスト出演している。
- 渥美の死去が公表されたのは黒柳自身の誕生日である8月9日。
- 映画『男はつらいよ』最終作となる予定だった第50作のマドンナ役に選ばれていた。
- 第47作では山田洋次に撮影現場を見に来てくれと言われて訪問している(BSスペシャル 渥美清の寅さん勤続25年より)。
- 1996年8月13日に開かれた「寅さんとのお別れの会」に出席。渥美の特集番組「渥美清の伝言」、「渥美清の肖像~知られざる役者人生」にも出演。
- プライベートでも仲が良く、普段は「お兄ちゃん」と呼んでいたが、そんな黒柳でさえ渥美の自宅や連絡先を知らず、渥美の家族にも「お別れの会」で初めて会ったと言う。(生前の渥美はプライバシー秘匿を徹底していたため)
- 久米宏と『ザ・ベストテン』(TBS系)で共演した過去があることから、2004年3月まで放送されていたテレビ朝日系の久米宏司会『ニュースステーション』にUNICEF親善大使として毎年ゲスト出演していた。
- ヨーガが得意で、「ザ・ベストテン」では着衣のまま水中浮揚を披露したこともある。因みにこの時、桑田佳祐に「そのまま成仏して下さい」と冗談(というより暴言)を言われた。
- 近藤真彦のファンであり、芸能界の母親代わりを自認している。
- 大のパンダファンとして知られ、『わくわく動物ランド』(TBS系)でパンダ特集の回にゲスト出演したところ、5問全問正解した。
- 『世界・ふしぎ発見!』(TBS系)などのクイズ番組の書き問題時には必ずと言っていい程、答えを縦書きで書く。
- 上記番組では野々村真と解答が同じになると「=(イコール)不正解」と感じるのか(※もちろん当てはまらない)露骨に嫌な顔をする。また、一度自身だけが不正解になった事があり司会の草野仁から感想をもとめられ「不愉快です!」と嫌悪感を表したエピソードがある。
- 舞台女優としても活躍しているが、海外の喜劇が多く、『徹子の部屋』のホステスとして、彼女自身のイメージを壊さないための配慮でテレビドラマ出演はここ20数年無い。しかし、例外的に2001年10月5日放送の『OLヴィジュアル系 完結編!!』(テレビ朝日系)、2007年2月11日放送の『和田アキ子殺人事件』(TBS系)には本人役で出演した。
- 「年に1、2回しかパチンコに行かない」と語っているが、テレビ朝日系の正月の特番での和田アキ子とのパチンコ対決では、パチンコ常連である和田に何度も勝利している。
- 元NHKアナウンサーで女優の野際陽子とは、NHK専属女優時代からの40年来の友人。
- 直木賞作家の向田邦子(故人)とも親交が深かったことで知られる。
- 1970年、関口宏に替わり「ステージ101」(NHK)の司会を半年ほど務めたことがあるが、そのときはヤング101のメンバーに合わせて、ミニスカート姿で番組に参加していたことがある。
- 1982年の園遊会に招待され、昭和天皇に『窓ぎわのトットちゃん』の説明をしたところ、「非常にお売れになって」と言われた。この一言により、まるで天皇に自著の自慢をしてるように映ってしまい、周囲から大爆笑され、本人は照れ笑いを浮かべるほかなかった。
- タモリとの関係も深く、黒柳はタモリの知名度を上げるきっかけを作った人物の一人でもある。
- 1984年3月14日放送のフジテレビ『森田一義アワー笑っていいとも!』の名物コーナー「テレフォンショッキング」に出演した際に、43分間しゃべり続けるという伝説を残した。そのため放送時間が無くなり、「テレフォンショッキング」の後に予定されていたレギュラーコーナー二つのうち一つを潰さなければならなくなり、双方の司会担当者がじゃんけんをして、潰す方を決めた。時は経ち2005年12月16日に21年ぶりに登場し、またも放送時間内で39分間しゃべり続けた。
- 「テレフォンショッキング」での出来事のためか1998年までフジテレビの番組には殆ど出演せず、それ以降も5回程度しかフジテレビに出ていない。
- タモリは、『徹子の部屋』の年末最後の放送にゲスト出演が恒例となっており、『トリビアの泉 ~素晴らしきムダ知識~』(フジテレビ系)でも共演した(事務所の人に「出たい」とお願いしていた)。
- 2006年2月22日放送の『トリビアの泉』において「『徹子の部屋』で美少女戦士セーラームーンのコスプレをしたことがある」、「30年以上いつもノーブラで過ごしている」と2本連続で紹介され、検証VTRに本人が登場して事実と認めた。
- 2006年10月からタモリが司会を務めている『MUSIC STATION』(テレビ朝日系)と黒柳徹子が社長(司会)を務めている『ドリーム・プレス社』(TBS系)が同じ金曜20時枠で放送されている。
- 1980年代までは黒柳が司会を担当していた『ザ・ベストテン』(TBS系)と並ぶ音楽番組であった『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系)の芳村真理とは犬猿の仲では、と伝えられていたが、実際はこの2人もまた、1960年代頃からの40年来の親友に当たる。黒柳・芳村のほかに、うつみ宮土理・楠田枝里子を加えた4氏については、一部のテレビフリークからは日本テレビ放送史上最高の「女司会者四天王」とも評されているが、相互に親交があり、ライバル視など全くしていない。
- むしろ、世代は大きく異なるが犬猿の関係とされているのは釈由美子。黒柳は釈がレギュラー出演していた『わらいのじかん』の中で『釈子の部屋』なるパロディを演じていたことに立腹したらしく、実際、その後、釈はテレ朝の連続ドラマに多く主演しているのにもかかわらず、『徹子の部屋』には1度も出演していない。
- 2006年5月5日放送の『徹子の部屋』(ゲスト:ゴリエことゴリ)で、黒柳徹子の頭部に黒飴やせんべいを隠していることを徹子本人が自白した。
- 2006年5月17日放送の『ドリーム・プレス社』(TBS系)のロケで自由が丘を訪れた際、天丼とカツ丼は今まで一度しか食べた事が無いと告白。因みにこの時、人生二度目の天丼を食べた。また2007年1月26日放送の同番組では、親子丼は25年前に一度食べただけと発言し、番組内で作られた人生二度目となる親子丼を食した。
- 野球のことを全く知らないことで有名。『徹子の部屋』に野球関係者が出演したときは、「どうしてここで監督はホームランのサインを出さないのかしらと思った」とか、「サヨナラホームランを打ったのに引退しないのはどうして」、「野球の審判って大変ですよね。投手の投げた球をバッターが打ったら1塁まで走って行かなきゃならないんですよね」などと言った大ボケ発言を連発する。
- 2006年7月10日放送の『徹子の部屋』では、ゲストの春風亭昇太が前回出演した際、ソフトボール部に所属していた話をしたら、黒柳がソフトボールというスポーツそのものを理解できず、話が先に進まなかったVTRが放送されていた。しかし『世界ふしぎ発見!』で元プロ野球選手の板東英二とともにレギュラー出演しているが、番組中に野球の話題はほとんどないようである。
- 『徹子の部屋』でジャイアント馬場がゲスト出演した際に、ヒンズースクワットをすすめられ、現在も毎日行っている。馬場はこれからわずか2ヵ月後に亡くなり、黒柳徹子はスクワットは馬場さんの遺言といっている。
- 2007年3月10日放送の『チューボーですよ』にて、「鯛茶漬けを食べた事も無ければ、料理も初めて」と言いつつ司会の堺正章よりも上手に鯛の処理をやってのけた(結果は3つ星)。この放送では黒柳はいつものように周りの会話を無視するようなマイペースさを見せ、堺を振り回す格好になっていた。
- 同年4月6日放送の「徹子の部屋」はゲストを招かず、植木等の追悼特番となった。植木の生前の出演内容を放映するものであったが、番組の最後に「植木さん、貴方が居なくて本当に寂しいです。あなたが思っているいらっしゃる以上に、日本中ががあなたの死を悼んで悲しんでいます。本当に寂しくなりました。80歳であなたが逝ってしまうなんて思ってもいないことでした。ハナ肇さん、青島幸男さん、宮川泰さん、もう皆さんにはお会いになったでしょうか。こっちはどんどん寂しくなっていきます。でも、あなたの立派な生き方を見習って、私も歩いていきたいと思います。(中略)とにかく植木さん。あなたは格好が良かった。本当に今、そう思います。魅力的だったし。心からご冥福をお祈りします。本当に寂しい気持ちで一杯です。ありがとうございました」と、普段のリップサービス的な喋り方とは明らかに違う、恋愛中の乙女のような情熱的なメッセージを声を詰まらせながら送っていた。これは、テレビ時代の草創期に録画機能が無く、すべて生中継だったこともあり、クレージーキャッツとの共演で、厳しい環境下で兄弟の如くハードスケジュールを共にした関係があったこととも無縁ではなかろう。ちなみにこの「徹子の部屋」では7月頃と12月に亡くなれた著名人を追悼する特集も行っている。
- 放送のハイビジョン化が進むとハレーションが使えなくなるので、その時には引退するつもりである、と発言している。
- 柴本幸とは、文通しあう間柄で柴本のデビュー前から手紙のやり取りをしている。
[編集] 主な出演
- 『ヤン坊ニン坊トン坊』(NHK、声優、トン坊役)共演の里見京子、横山道代と共に、子供の声として大人の女性が起用された、日本では最初の例。脚本家の飯沢匡の発案。
- 『チロリン村とくるみの木』(NHK、1956.4~1964.3、声優、ピーナッツのピー子役)
- 『ブーフーウー』(NHK、1960.9~1967.3、声優、ウー役)
- 『サンダーバード』(NHK、レディ・ペネロープ役声優)
- 『徹子の部屋』(NET→テレビ朝日、1976.2~、司会)
- 『ザ・ベストテン』(TBS、1978.1~1989.9、司会)
- 『音楽派トゥギャザー』(TBS、1989.10~12、司会)
- 『世界・ふしぎ発見!』(TBS、1986.4~レギュラー解答者)
- 『夢であいましょう』(NHK、1961.4~1966.3、1965.4より結婚した中嶋弘子に代わりホステス役(司会)を担当)
- 『チョッちゃん』(NHK、1987.4~9、朝の連続テレビ小説、母・黒柳朝の半生をドラマ化したもの)
- 『13時ショー』(NET、1972~1976.1、「徹子の部屋」の前身番組、司会)
- 『繭子ひとり』(NHK、1971.4~1972.3 朝の連続テレビ小説、牟田梯三と夫婦役を演じた)
- 『火曜歌謡ビッグマッチ』(TBS、1973.4~1974.3、司会)
- 『輝く!日本レコード大賞』(TBS系、1977年度、1978年度、1991年度、1992年度司会)
- 『日本歌謡大賞』(TBSを除く民放各社持ち回り、1974年度司会)
- 『NHK紅白歌合戦』(NHK、1958年(第9回)、1980~1983年(第31~34回)、紅組司会)
- 『ステージ101』(NHK、1970~1971年、司会)
- 『音楽の広場』(NHK、1977年(昭和52年)~1984年(昭和59年)、芥川也寸志とともに司会)
- 『徹子のきまぐれコンチェルト』(NHK、司会)
- 『魔法のじゅうたん』(NHK、1961年(昭和36年)4月~1963年(昭和38年)10月、司会)
- 『若い季節』(NHK、1961年(昭和36年)4月9日~1964年(昭和39年)12月28日、出演者)
- 『お気に召すまま! おしゃべり春一番!!』(ニッポン放送、2006年(平成18年)2月21日)
- 『ドリーム・プレス社』(TBS、2006.5~、司会)
- 『和田アキ子殺人事件』(TBS、2007年2月12日)
[編集] 著作
- 『チャックより愛をこめて』
- 『黒柳徹子の動物劇場1』
- 『黒柳徹子の動物劇場2』
- 『窓ぎわのトットちゃん』
- 『トットチャンネル』
- 『トットのマイフレンズ』
- 『トットの欠落帳』
- 『トットちゃんとトットちゃんたち』
- 『小さいときから考えてきたこと』
- 『不思議の国のトットちゃん』
- 『徹子と淀川おじさん人生おもしろ談義』(『徹子の部屋』内での淀川長治との対談を纏めた本)
- 『憲法を変えて戦争へ行こう という世の中にしないための18人の発言』(共著)
[編集] 関連項目
- 東京都出身の有名人一覧
- 淀川長治
- 渥美清
- 沢村貞子
- 山岡久乃
- 向田邦子
- 森光子
- 小林宗作
- 不破万作
- 近藤真彦
- 永六輔
- 小沢昭一
- 中村メイコ
- 愛川欽也
- 芳村真理
- 久米宏
- 森進一
- 野際陽子
- 山本陽子
- 安住紳一郎
- 東和薬品(CMに出演)
- オプラ・ウィンフリー(黒柳と同じく午後の帯番組を持っている事や、慈善活動にも熱心な事から、度々比較対象にされている)
[編集] 外部リンク
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