麻生太郎
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 生年月日 | 1940年9月20日(68歳) |
|---|---|
| 出生地 | 福岡県飯塚市 |
| 出身校 | 学習院大学政経学部政治学科卒業 |
| 学位・資格 | 政治学士(学習院大学) |
| 前職・院外役職(現在) | 麻生セメント(現:麻生)社長 日本青年会議所会頭 |
| 所属委員会 ・内閣役職(現在) | 外務大臣 |
| 世襲の有無 | 五世 高祖父(牧野の父)・大久保利通 高祖父(牧野の妻の父)・三島通庸 曽祖父(父方)・麻生太吉 曽祖父(母方)・牧野伸顕 祖父(母方)・吉田茂 父・麻生太賀吉 義父・鈴木善幸 (初当選は父の引退から24年後) |
| 選出選挙区 (立候補選挙区) | 福岡8区 |
| 当選回数 | 9回 |
| 所属党派(現在) | 自由民主党(麻生派) |
| 党役職(現在) | 国家戦略本部副本部長 |
| 会館部屋番号 | 衆・第一議員会館210号室 |
| ウェブサイト | 麻生太郎オフィシャルサイト |
麻生 太郎(あそう たろう、1940年(昭和15年)9月20日 -)は、日本の政治家、実業家。自由民主党所属の衆議院議員。
麻生派(為公会)会長。家系は宇都宮氏の傍流麻生氏。実家は麻生財閥を形成した一族である。小泉再改造内閣から第3次小泉内閣まで総務大臣、第3次小泉改造内閣および安倍内閣で外務大臣等を歴任。射撃選手としての経歴を持ち、モントリオールオリンピック日本代表の経験もある。現在日本クレー射撃協会会長を務めている。『士志の会』の一員。日韓トンネル研究会九州支部顧問であり、党内では夢実現21世紀会議議長として日韓トンネルを推進。バスケットボール女子日本リーグ機構総裁。日本トップリーグ連携機構副会長。 2007年3月20日、衆議院議員在職25年を迎え衆議院より院議をもって表彰された。
2008年現在の首相である安倍晋三は遠縁の親戚(麻生の祖父吉田茂の娘婿のいとこが岸信介となるため)。
目次 |
[編集] 年譜
- 1940年(昭和15年)9月 - 福岡県飯塚市に麻生太賀吉と和子の長男として生まれる。小学3年生の頃上京し学習院初等科に通う。
- 1959年(昭和34年)3月 - 学習院高等科を卒業。
- 1963年(昭和38年)3月 - 学習院大学政経学部政治学科を卒業。
- 1963年(昭和38年)スタンフォード大学大学院に留学。
- 1965年(昭和40年)ロンドン大学政治経済学院に留学。
- 1966年(昭和41年)8月 - 麻生産業株式会社に入社。
- 1966年(昭和41年)11月 - 麻生産業株式会社の取締役に就任。
- 1973年(昭和48年)5月 - 麻生セメント株式会社の代表取締役社長(1979年12月まで)。
- 1978年(昭和53年)1月 - 社団法人日本青年会議所の会頭に就任(1978年12月まで)。
- 1979年(昭和54年)10月 - 衆議院議員に初当選。
- 1983年(昭和58年)11月 - 千賀子夫人と結婚、後に一男一女をもうける。
- 1988年(昭和63年)12月 - 文部政務次官に就任(1989年6月まで)。
- 1990年(平成2年)3月 - 自由民主党の文教部会長に就任(1990年12月まで)。
- 1991年(平成3年)1月 - 衆議院石炭対策特別委員長に就任(1991年11月まで)。
- 1991年(平成3年)11月 - 衆議院外務委員長に就任(1993年5月まで)。
- 1992年(平成4年)12月 - 自由民主党外交部会長(1993年8月まで)。
- 1996年(平成8年)11月 - 国務大臣経済企画庁長官に就任(1997年9月まで)。
- 1999年(平成11年)1月 - 自由民主党内で長年所属した宏池会離脱~元総裁河野洋平を会長に大勇会旗揚げ(学習院で初等科~政治学科卒業まで1年先輩の亀井久興も旗揚げ参加。亀井は後に会長代行となるが、05年8月離党し国民新党を結成、初代幹事長に就任)。
- 1999年(平成11年)3月 - 自由民主党副幹事長に就任(1999年11月まで)。
- 2001年(平成13年)1月 - 国務大臣経済財政政策担当大臣に就任(2001年4月まで)。
- 2001年(平成13年)4月 - 自由民主党総裁選挙に出馬し小泉首相、橋本元首相と戦い31票で3位(立候補届出人は相沢英之)。
- 2001年(平成13年)4月 - 自由民主党の政務調査会長(2003年9月まで)。
- 2003年(平成15年)9月 - 総務大臣に就任。
- 2003年(平成15年)11月 - 総務大臣に再任。
- 2004年(平成16年)9月 - 国民スポーツ担当が追加。
- 2005年(平成17年)10月 - 外務大臣に就任。
- 2006年(平成18年)9月 - 自由民主党総裁選挙に出馬し安倍官房長官、谷垣財務大臣と戦い136票で次点(立候補届出人は松本純及び稲田朋美)。
- 2006年(平成18年)9月 - 外務大臣に再任。
- 2006年(平成18年)12月 - 麻生派(為公会)を旗揚げ、会長に就任。
[編集] 人物像
- 麻生財閥の元社長。名門一家に育ったが、「首相の家庭なんて幸せなもんじゃねえ」「両親にほったらかしにされて育った」「生まれはいいが、育ちは悪い」と本人は語っている。
- 将来は経営者になるべく、アメリカの大学院へ留学する。しかし祖父の吉田茂にアメリカ英語の訛りを指摘され、半ば強制的に英国留学となる。アメリカで2年、イギリスで1年、会社の業務で西アフリカ・シエラレオネで2年、ブラジルで1年を過ごした。
- 射撃で日本を代表する選手としてプレー。モントリオール五輪に日本代表選手として出場(結果は41位)。第2回メキシコ国際射撃大会(クレー・スキート(個人・団体))では優勝。
- 政治評論家三宅久之によると、JC会頭の改選において麻生の認証無くしては決まらないという。
- 漫画が大好きで、漫画雑誌のほとんどを読み流していると語っている。好きな作品は『ゴルゴ13』、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』他多数。『NEWS23』出演の際は、「『ビッグコミックオリジナル』の『風の大地』が好き」と発言している。
- 先述の通り西アフリカのシエラレオネにダイヤモンド鉱山開発で2年間滞在するも、内戦・革命が勃発したことから帰国を余儀なくされる。
- クリスチャン(カトリック)であるが、毎年靖国神社に参拝している。終戦の日の8月15日ではなく、例大祭に合わせて参拝している(カトリックでは8月15日は聖母の被昇天という大祝日であり、この日に祝いのミサがあるという事情もある)。またA級戦犯が合祀されていることに対しては疑義を唱えているが、分祀賛成派というわけではない。
- 福岡県知事の麻生渡とは同姓であるが、縁戚関係はない。
- 地元の人々からは「太郎ちゃん」と呼ばれている。
- 血液型はA型である。
[編集] 家系
- 麻生家は、宇都宮氏の流れを汲む麻生氏の一族とされており、江戸時代には村の庄屋を務め、1868年大庄屋となった。
- 明治の始め曾祖父・麻生太吉が目尾御用炭山を採掘し石炭産業に着手、九州三大石炭財閥の一つに伸し上がり鉄道、電力、金融等幅広く事業を展開して大富豪となった。
- 元内閣総理大臣吉田茂は祖父、子爵加納久朗は祖母・夏子の兄。牧野伸顕、竹内綱は曽祖父、大久保利通、三島通庸は高祖父にあたる。
- 戦後麻生炭鉱は吉田茂の資金源となった。妻は元・内閣総理大臣鈴木善幸の三女。夫人との間に1男1女あり。弟・泰の妻は元・日本医師会会長武見太郎の娘。妹・信子は寬仁親王妃。
- なお、現職の外務大臣に関して述べるならば、牧野・吉田はいずれも外務大臣経験者であり、世襲が多い日本の政界でも極めてまれなケースである。
- 従兄弟にキャプテン・フューチャーの翻訳家として知られる野田昌宏がいる。
橋本龍太郎 ┃ ┏加納久朗━━━━━久次━━━━━━━久美子 ┗夏子 ┃ 小川平吉┳━こと ┃ ┃ ┣━━━━━━━宮沢喜一 ┃ ┃ 宮沢裕 ┃ ┃ ┃ ┗━平五━━━━━━━敦子 ┃ ┃ ┃ 鈴木善幸━━━━┳鈴木俊一 ┃ (首相) ┗千賀子 ┃ ┃ ┃ 野田健三郎 ┃ ┃ ┣━━野田宏一郎 ┃ ┃ ┏ツヤ子 (野田昌宏)┃ ┣━━━━━━┻太賀吉 ┃ 麻生賀郎━太吉━━━━太郎 ┣━━━━━━┳麻生太郎 ┏和子 ┃~~~~~~~~ ┣吉田健一 ┣次郎 竹内綱━━━吉田茂 ┣正男 ┃ ┣━━━━━━╋江子 ┣雪子 大久保利通━牧野伸顕┳━雪子 ┗桜子 ┃ ┃ ┗━利武子① ┃ ┃相馬和胤(旧相馬中村藩第33代当主 ┃ ┃ ミングオブジャパン社長) ┏━━さわ━━━━━吉田寛 ┣旦子 ┃ ┃ ┃ ┃ ┏松岡洋右 ┃荒船清彦(駐スペイン大使) ┃ ┗藤枝 ┃ ┃ ┣━寛子 ┣信子(寬仁親王妃)② 佐藤信彦╋━━松介 ┃ ┃ ┃ ┃ ┗麻生泰(麻生セメント社長) ┗━━茂世┳佐藤栄作 ┃ ┃ ┃ ┗岸信介━洋子 ┃ ┣━┳安倍晋三 ┃ ┃ ┗岸信夫 ┃ ┏安倍晋太郎 ┃ ┗西村正雄 ┃ ┃ 利武子① ┃ ┣━━━━━━━英子 ┃ 秋月種英 ┣━━━━━━┳和子 ┃ ┗武見敬三 武見太郎(日本医師会会長) 明治天皇━大正天皇┳昭和天皇━━━┳今上天皇 ┃ ┃ ┃ ┗常陸宮正仁親王 ┃ ┃ ┃ 津軽義孝━━┳華子 ┃ ┗美枝子━るみ ┃ ┃ ┃ 中内功━中内正 ┃ ┃ 麻生信子(寬仁親王妃)② ┃ ┣━━━━━━━━━━┳彬子女王 ┣三笠宮崇仁親王┳寬仁親王 ┗瑶子女王 ┃ ┃ ┗高松宮宣仁親王┗近衛甯子 ┃ ┃ 徳川慶喜━━━慶久┳喜久子 ┃ ┃ ┃ ┗慶光━真佐子 ┃ ┃ ┃ 平沼赳夫 ┃ ┃ 近衛文麿━温子 ┏近衛忠煇 ┣━━━━━┫ 細川護貞 ┗細川護煕
[編集] 過去の言動
[編集] 外交関連
- 2006年1月9日、福岡県飯塚市で開いた集会で、シドニーで予定されていた日米豪閣僚級安全保障対話が延期されたことに関連し「シャロン首相の容態が極めて悪く、会議途中でそのままお葬式になると意味がないので延期ということになった」と述べ、配慮を欠くとの批判を浴びた。
- 2006年7月8日に広島市内で行なった公演で、北朝鮮がミサイルを撃ち、主要国が重大な関心を持ったことについて、「金正日に感謝しないといけないな」と発言した。
- 2006年10月、中川昭一自由民主党政務調査会会長が核武装も選択肢として考えておくべきだと発言したのに対し、「隣の国が持つとなった時に、一つの考え方としていろいろな議論をしておくことは大事だ」「日本は言論統制された国ではない。言論の自由を封殺するということに与しないという以上に明確な答えはない」と発言し、核武装を容認するものとして批判される(本人は非核三原則を堅持すると明言はしている)。この発言が北朝鮮の核保有を正当化しかねないと問題になり12月に民主、社民、共産など野党4党から外相としての不信任決議案を提出された。
- 2007年1月26日、第166回通常国会衆議院本会議の外交に関する演説において「近隣諸国に目を転じますと、まず中国との間には、1日1万人以上、 年間400万人を超す相互の往来があり、経済関係がとみに緊密な現状を物語っています。 本年も政治と経済の両輪を力強く回します。 共通の戦略的利益に立脚した、互恵関係を築いてまいります。」「日本と韓国は、互いにとって最も近く、基本的価値を共にする大切な民主主義国同士であります。そのような間柄にふさわしい、未来志向の関係を打ち立てます。」「ODAは、我が国外交の重要な手段であります。国際社会の一員としての責務を果たし、かつ、自らの繁栄を確保していくために、ODAを一層戦略的に実施します。 「自由と繁栄の弧」形成のためにも、ODAを活用していきます。 そのうえで、ODA事業量の100億ドルの積み増し、また対アフリカODAの倍増など、対外公約を達成すべく努めてまいります。」と述べた。一方、親日国家であるパラオ(ベラウ)や中華人民共和国と敵対している台湾に関してはコメントは無かった。
- 2007年2月3日、外相就任中、京都市内の講演で「ドンパチが終わった後が大変だというのがイラクで分かった。(アメリカがイラクを)占領した後のオペレーションは非常に幼稚」とアメリカのイラク政策を批判した。
[編集] 歴史認識関連
- 2003年5月31日、東京大学学園祭において「創氏改名は朝鮮人が望んだ、日本はハングル普及に貢献した」と述べた。当該項目も参照。
- 総務大臣在任中の2005年10月15日、この日に開館した九州国立博物館の開館記念式典での来賓祝辞の中で「一文化、一文明、一民族、一言語の国は日本のほかにはない」と発言。アイヌ民族や琉球民族などには独自の文化、民族、言語がある(詳しくは概要、住民の民族性、言語、アイヌ、琉球の項を参照)との批判が巻き起こった。また、中国や朝鮮半島との交流の中で日本文化が形成されてきた歴史を展示する同博物館の趣旨をも理解していないと、関係者の中には落胆する者もいた。なお、同博物館は選挙区は異なるものの彼の地元である福岡県内にある。
- 2006年2月4日の福岡市での講演において、日本が植民地台湾の義務教育に力を入れたと指摘した上で「台湾はものすごく教育水準が上がって識字率などが向上したおかげで今極めて教育水準が高い国であるが故に、今の時代に追いつけている」「我々の先輩はやっぱりちゃんとしたことをやっとるなと正直そのとき思った」と述べた。
- 2007年2月19日、衆議院予算委員会において米議会に提出された従軍慰安婦問題をめぐる対日非難決議案にある「日本軍による強制的な性奴隷化」といった記述について、「客観的な事実にまったく基づいていない。はなはだ遺憾だ」と述べた。
- 2007年3月21日、長崎県時津町で講演。日本独自の中東和平外交として、ヨルダン渓谷の開発を進める「平和と繁栄の回廊」構想に触れ、「米国人にできないことを日本がやっている。日本人というのは信用がある。青い目で金髪だったら多分駄目よ」と述べた。「われわれは幸いにして黄色い顔をしている。そこ(中東)で搾取をしてきたとか、ドンパチ、機関銃撃ったとか一回もない」と語った。
[編集] 靖国神社問題
- 2006年1月28日、名古屋で行われた公明党議員の会合で、「英霊は天皇陛下のために万歳と言ったのであり、首相万歳と言ったのはゼロだ。天皇陛下が参拝なさるのが一番だ」と述べた。「(天皇が)公人か私人かという論議のため参拝できなくなったが、解決の答えはいくつかあるはず」と付け加えた。外交問題に飛び火した首相の参拝について「中国が(参拝を中断しろと)言えば言うほど行かざるを得ない」とし、「これはたばこを吸うなと言うと吸いたくなるのと同じだ」と述べた。
- 2006年5月26日に都内ホテルで開かれた国際交流会議「アジアの未来」で講演し、「23日に自分がカタールで中韓の外相と会談したので関係改善の流れが出て来た」と発言。これに対して韓国産業資源部長官は、「アジア共同体形成に関して各国間合意は出来たが、韓中日の共同体構築努力が他地域に比べ足りない、原因は一部政治家の靖国参拝や歴史問題だ、ヨーロッパがいかにしてこれを克服したか考えて欲しい」と講演した(日経26日夕刊記事)。
- 2006年8月8日に靖国神社を非宗教法人化する私案を朝日新聞に発表した。
- 2006年8月21日、自民党総裁選に立候補することを正式に表明する。総理総裁になったときには、靖国神社を上で述べられているように非宗教法人化、最終的には特殊法人国立追悼施設靖国社にすることを公約に掲げた。
[編集] 漫画関連
- 自身のサイトに『ビッグコミックオリジナル』2003年7月2日増刊号のインタビュー(麻生太郎 コミックを語る)が収録されているが、それによると週10~20冊の漫画雑誌を読み『ジパング』や横山光輝版『三国志』、『風の大地』、『ジョジョの奇妙な冒険』、『ゴルゴ13』、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』などがお気に入りで、必ず自分の車内には最新の週刊コミック誌を置いているほどであるという。
- 同インタビューで、「今は、アニメーションなんかで、かなりオタクで、わかんないものってありますけど」とも発言している。
- 漫画『ローゼンメイデン』の読者である噂が立ち、実際にインタビューを受けた事から、ネット上などで話題となった。そのため「ローゼン閣下」「ローゼン麻生」などの愛称で呼ばれる事もある。この事は『メカビ Vol.1』(講談社で創刊された雑誌)の「麻生太郎 直撃! ローゼンメイデン疑惑」という記事で掲載されている。ただし、「少女漫画」と呼称するなど、実際に読者であるかは疑問が残る。また、実際に目撃されたといわれる場所で読んでいたか、とあるイベントで原作者PEACH-PITのサインを受けたか(原作者ブログより、ただし麻生宛の記述は無し)も適当にお茶を濁されただけであった。
- 手塚治虫の生前、彼に国民栄誉賞を贈るよう当時の中曾根首相か、後藤田官房長官のいずれかに進言したが、勲章(勲三等瑞宝章叙勲を指すと思われる)に落ち着いたという。
- 小林よしのりの『新・ゴーマニズム宣言』中に登場したことがある。
- ネットでは漫画好きと目されており、一部からは漫画文化のよき理解者として非常に人気が高い。一方、1989年 - 1991年に掛けての「有害コミック」騒動では、「有害コミック」を規制する立場から1991年「子供向けポルノコミック等対策議員懇話会」を結成し、会長となった。
- 今一番好きな漫画は『風の大地』と発言している。
- 『名探偵コナン』を使った外務省のPR冊子作成時には「漫画を通じ外務省を身近に感じてもらえたら」と出来栄えに満足していた。[1]ちなみにこの際、『名探偵コネン』と読み間違えている。
- 2007年5月30日からウィーンで開催される核拡散防止条約(NPT)運用検討会議の第1回準備委員会で、日本政府代表団は広島の被爆体験を描いた漫画『はだしのゲン』の英訳版を加盟国に配布するになった。これは麻生の肝いりで実現したもの。外務省が英語版30冊を出版社から譲り受け、今後も「漫画外交」を活発に展開させる予定。(時事通信、2007年4月29日)
- 2007年5月22日、海外の漫画家を対象とした「国際漫画賞」を創立することを発表。本人は「漫画のノーベル賞のようなものを作りたい」と述べている。
[編集] 差別発言関連
- 被差別部落出身の野中広務に対し差別的発言をしていたのではないかと疑惑がある。魚住昭『野中広務 差別と権力』によると、麻生が過去に「野中のような部落出身者を日本の総理にはできないわなあ」という旨の差別的発言をしたとして、2003年9月の麻生も同席する自民党総務会において、野中広務に批判された。
- 2005年2月22日、衆議院総務委員会の議論でも取り上げられたが、麻生は「そのような発言(=野中に対する差別的発言)をしたことは全くありません」と答弁している。
- 2006年12月13日、シンポジウム「今こそ部落問題を語る」にて、講師として招聘された野中が、麻生の差別的発言について語った。それによると、外務大臣当時の麻生が大勇会の会合で「野中のような部落出身者を日本の総理にしていいのか」と発言し、野中は大勇会会員3名からその発言内容を確認したという。
- 2006年、週刊現代の取材に対し、麻生太郎事務所は「衆議院総務委員会で説明しており、それ以上のコメントはない」と回答している。
- 2006年、麻生太郎事務所の回答を受けた週刊現代の取材に対し、野中は「事実無根だなんて。その会議(=差別的発言があったとされる大勇会の会合)におった人間が言ってますよ。河野さん(=河野洋平)も言っているし。」と発言した。
[編集] その他
- 10月20日にはホームレスに対しての発言が、差別的であるとして、各地の日雇い労働者及び野宿者支援組織などから抗議を受けた。[2]
- 2003年の総務大臣就任記者会見の場で、ITの発達で役所から書類が不要となり、「全てフロッピーで済むようになる」旨の発言を行い、「フロッピー」を連発した。特にインターネットコミュニティー上では「今時フロッピーかよ」との批判があった。
- 谷垣禎一前財務相との「安倍晋三首相にはむかっても何もできない。だからオレと組め。その代わり、オレに総理を先にやらせろ」という会話内容を、谷垣が述べたが、これは大袈裟に話を膨らませただけで、麻生はこれに対して「こっちはまだ解答をもらっておらず、そういうこと(会話内容)を全然関係ないところでしゃべって、マナーとしていかがなもんか」と述べた。
- 世界有数の大富豪であるマイクロソフトのビル・ゲイツ会長が来日した際、国会議事堂の安いカレーライスを奢った事がある(2003年2月25日に来日中のゲイツを自民党本部に招いて講演を行ってもらった[3][4]のでこのときと思われる)。
- 3年10ヶ月の国民年金保険料未払い期間があったことが、2004年9月に判明した。菅直人が「未納3兄弟」と呼称したうちの一人である。詳細は政治家の年金未納問題を参照のこと。
- インタビューで、円周率を10桁言ったことがある[要出典]。
- 元衆議院議員の糸山英太郎とは不仲であるされる[要出典]。
- 『週刊少年マガジン』に連載中の久米田康治作『さよなら絶望先生』に、毎週一コマだけ登場している。
[編集] 統一教会との関係
勝共推進議員であり、勝共連合から送り込まれた統一教会員秘書を一人受け入れ、1988年の勝共推進議員教育報告書や1988年の統一協会総支部活動報告所にも名前を連ね、統一協会支部結成貢献ランクはBと評価されていた、などと一部メディアにおいて報道された。<ref>『週刊現代』99.2.27号</ref>
近年は統一協会系のNPOである日韓トンネル研究会九州支部顧問に就任したとされ、党内では夢実現21世紀会議議長として日韓トンネル研究会の役員からヒアリングを行うなどして、日韓トンネルを推進している。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 広瀬隆 『私物国家 日本の黒幕の系図』 光文社 2000年 191、333貢
- 佐藤朝泰 『豪閥 地方豪族のネットワーク』 立風書房 2001年 451、500貢
- 神一行 『閨閥 改訂新版 特権階級の盛衰の系譜』 角川書店 2002年 31、42-44貢
- 魚住昭 『野中広務 差別と権力』 講談社 2004年06月29日 ISBN 4062123444
- 『メカビ Vol.01』講談社 2006年06月02日 ISBN 4061795910
- 「野中広務元官房長官『山崎拓衆院議員は『週刊文春』を部落問題で恫喝した』」『週刊現代』49巻1号、講談社、2007年1月13日、46-47頁。
[編集] 外部リンク
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
カテゴリ: 出典を必要とする記事 | 福岡県の政治家 | 福岡県出身の人物 | 飯塚市 | 日本の実業家 | 日本の国会議員 | 日本の閣僚経験者 | 日本のオリンピック選手 | 表現規制問題に関連する人物 | 馬主 | 1940年生

