高輪
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高輪(たかなわ)は東京都港区の地名。当地域の人口は、18,781人(2007年6月1日現在、住民基本台帳による。港区調べ)
高輪は山手線内の高級住宅街の一つとして知られている。江戸時代に諸藩の下屋敷が多く置かれたことから、明治時代以降も邸宅の立ち並ぶ地となった。
泉岳寺をはじめとして由緒ある寺社が数多く点在し、都心にありながら緑地に富んだ閑静な住宅街である。それでいて国道1号、国道15号に挟まれる位置となっているため交通の便も申し分ない。そのためグランドプリンスホテル高輪を初めとした諸高級ホテルが数多く立ち並ぶ。
坂の多い地形で、全体に南北に長い丘陵地の形をしている。東側はかつては海に面した斜面で、斜面の下を海沿いに東海道が通っていた。東海道は現在の国道15号であり、江戸の玄関口である高輪大木戸の跡が残されている。西側に下ると国道1号を境に白金と接する。
都営浅草線の高輪台駅、JR・新幹線・京急各線の品川駅や東京メトロ南北線・都営三田線の白金高輪駅・白金台駅両駅も近い。
[編集] 歴史
この地名は室町時代中期には「高縄」という形で登場している。丘陵の中心部を南北に走る二本榎通りが、あたかも高いところに張った縄のようであったからと伝えられる。
吾妻鏡にて文治5年7月19日(1189年9月1日)の奥州征伐の際鎌倉から御供した人物の一人として挙がっている高鼻和太郎は高輪出身の者だと考えられている。
1524年(大永4年)には高輪原の戦いがあり、北条氏綱と上杉朝興の両軍がこの地で衝突し、氏綱が江戸城を勝ち取った。
[編集] 旧町名と現町名の対照
1967年7月1日の住居表示実施に伴う町名変更により、高輪一丁目~高輪四丁目ができた。それ以前の旧町名は以下の通り。
- 高輪一丁目
- 芝高輪西台町、芝君塚町、芝白金丹波町、芝二本榎本町、芝二本榎一丁目の一部、芝三田松坂町の一部、芝伊皿子町の一部、芝白金志田町の一部、芝白金三光町の一部、芝三田台町三丁目のごく一部
- 高輪二丁目
- 芝車町、芝高輪台町、芝伊皿子町の一部、芝高輪北町の一部、芝二本榎一丁目の一部、芝二本榎二丁目の一部
- 高輪三丁目
- 芝下高輪町、芝高輪北町の一部、芝高輪南町の一部、芝二本榎二丁目の一部、芝二本榎西町の一部、芝白金猿町の一部
- 高輪四丁目
- 芝高輪南町の一部

