大韓民国

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大韓民国</dt>
대한민국 (大韓民國)</dt>

国旗(国章)

</dd>

国の標語 : 널리 인간을 이롭게 하라
(韓国語:遍く人間を得にさせよ)</dd>
国歌 : 愛国歌</dd>
</dd>

公用語 韓国語
首都 ソウル
最大の都市 ソウル
大統領 盧武鉉
国務総理 韓悳洙
面積
 - 総計
 - 水面積率
世界第107位
98,480km²
0.3%
人口
 - 総計(2004年
 - 人口密度
世界第24位
48,598,175
493人/km²
GDP(自国通貨表示)
 - 合計(2005年

839兆825億ウォン
GDPMER
 - 合計(2006年
世界第12位
8,882億ドル
GDPPPP
 - 合計(2006年
 - 1人当り
世界第11位(2006年)位
1兆1,800億ドル
24,200ドル
独立宣言
日本統治の終了
憲法制定
1919年5月1日
1945年8月15日
1948年7月17日
通貨 ウォンKRW
時間帯 UTC +9(DST: なし)
ccTLD KR
国際電話番号 82

</dd>

大韓民国(だいかんみんこく、Republic of Korea、South Korea)は、東アジアにある朝鮮半島の南半部を領土としている。通称、韓国(かんこく)。首都はソウル特別市

目次

[編集] 概要

ソウル市内
漢江ソウルの夜景

軍事境界線38度線)を挟み朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の統治区域と対峙する分断国家であり、朝鮮民族国家としての統一は国民の悲願とされる。

日本海を挟んで日本と、黄海をはさんで中華人民共和国と国境を接する。韓国人口のほぼ半分は、世界で5番目に大きな大都市圏であるソウル都市圏(ソウル・インチョン周辺)のある京畿道で生活する。

日本による植民地統治からの解放後、再び連合軍によって日本統治下におかれる等紆余曲折を経て、1948年に建国される。その後、朝鮮戦争軍部出身大統領による独裁政権時代を経て、1980年頃より民主化運動が盛んになる。当初は光州事件での政府による民間人大量虐殺など、その運動は弾圧されていたが、1987年に自由選挙が実現された。現在は複数政党制の民主主義社会である。

北朝鮮とは建国以来敵対関係にあり、朝鮮戦争以降も小規模な軍事衝突がたびたび発生しており、常に緊張状態にある。金大中政権以降の北朝鮮に対する融和的な政策(太陽政策)により表面的には友好関係が築かれつつあるが、北朝鮮による核開発問題や拉致(拉北)問題など未解決の問題が山積している。また北朝鮮の経済的な破綻や人権問題などもあり、南北統一の実現には未だ多くのハードルが残されている。

日本とはおおむね友好関係にあるが、草の根的な国民感情として反日意識があり、ソウルオリンピック以降はライバル意識も高まった。反日感情の淵源は日本による植民地支配にあると解釈されるケースがほとんどである。自力で植民地解放を勝ち取れなかったことが対立意識を長引かせると予言した独立運動家もいた。しかしながら、当時植民地だった国で自力で解放を勝ち取れたという国は稀であり、それらの国が旧宗主国に対して大なり小なり反発感情はあるものの、韓国ほどではないことから、直接的な原因は、李承晩の反日教育にあるのではないかと思われる。また、大日本帝国による併合、朝鮮戦争などのことを乗り越えてきたため、大抵の韓国人は愛国心が強い。

米国とも基本的に友好関係にあるが、近年は太陽政策や在韓米軍問題などをきっかけに、反米感情が噴出し、現在では距離を置き独自路線を歩みつつある(親北反米)。

IT産業、自動車産業などを中心に世界で12番目の経済力を誇るが、中国の躍進や1997年アジア通貨危機、内需不振などにより経済は低迷傾向にある。また国民の間の経済的な貧富の格差社会問題となりつつある。

[編集] 国名

韓国語(朝鮮語)での正式名称は、ハングル表記:대한민국漢字表記:大韓民國。読みは、テハンミングク、Daehan Minguk。略称は、한국韓國、ハングク、Hanguk)。

日本語表記は、大韓民国。通称は、韓国。北朝鮮政府は、南朝鮮という呼称を使用している。日本においても、南朝鮮あるいは南鮮と呼ぶ立場をとるケースがある。英語ではRepublic of Korea通称、R.O.K. またはSouth Korea

「韓」は、古代朝鮮半島の南部にあった「三韓」と呼ばれる馬韓辰韓弁韓の国々の名称に由来する朝鮮民族の別名。日本との間で取り交わした下関条約の後の1897年に当時の大朝鮮国(朝鮮王朝)が国号を大韓帝国に改めたことで正式の国名となった。1910年日本による韓国併合後、この地域の呼称は朝鮮に戻された。のち、1919年李承晩(のちの初代大統領)・金九ら独立運動家が国外につくった大韓民国臨時政府は、亡命政権の名称として「大韓」の名を用いると同時に、初めて共和制国家としての名を採用した。

(注) 「朝鮮」という呼称は、北朝鮮を認め韓国を否定するものと理解されるため、韓国人は嫌っている。「朝鮮民族」や「朝鮮語」などの言葉が日常で使われることはほとんどなく、「韓民族」や「韓国語」と呼ばれる。背景には、北朝鮮が半島全土の呼称として「朝鮮」を用いていることや、韓国を「南朝鮮」と呼称していることなどがある。韓国では朝鮮半島を「韓半島」、朝鮮海峡を「大韓海峡」、朝鮮戦争を「韓国戦争」(「韓国動乱」、「6・25(ユギオ)」とも)と呼称するのが一般的である。北朝鮮を「北韓」、朝鮮人参も「高麗人参」という(「高麗人参」は土産物用、輸出用に限られ、韓国内では「人参」という。野菜のニンジンは「タングン」(唐根)という)。ただし、ホテル名や学校名、朝鮮日報のような新聞社名など、ごく少数の固有名詞で、植民地時代からの歴史のあるものや伝統的な語感を生かそうとしている名称には「朝鮮」が使用されることもある。

[編集] 歴史

景福宮。旧朝鮮王朝の王宮
朝鮮王朝の王宮

詳細は朝鮮の歴史韓国現代史年表を参照

大韓民国は、アメリカ軍による朝鮮統治によって国家基盤が形成され、成立した。
大韓民国成立後の歴史は、憲法による政体の相違によって、7つの時代に区分される。

[編集] 政治

詳細は第六共和国を参照

[編集] 内政

盧武鉉(ノ・ムヒョン)現大統領

建国以来、大韓民国は共和憲政体制を採用している。国家体制を定める憲法は、建国直前の1948年7月17日に最初の憲法を採択して以来、9回の改憲を経て現在に至っている。特に、国家体制を大きく変えた5回の改憲は韓国政体の歴史的な一区切りとされ、それぞれの時期に存続していた憲法は第一から第六憲法と呼称されている。それにともない、各憲法に基づいて構成されていた政体も、第一から第六共和国と呼称されている。

現在の憲法は第六共和国憲法と呼ばれ、1987年10月29日に採択された。この憲法は、5年毎の直接選挙による大統領の選出を定めている他、大統領の再選禁止なども盛り込まれており、韓国憲政史上最も民主主義的な体制を規定した内容とされている。第六共和国憲法に基づいた第六共和国は、1988年2月25日盧泰愚が大統領に就任して以来、今日まで持続している。なお、現在の大統領は2003年2月25日に就任した盧武鉉であり、2008年2月24日まで大統領職を務める予定である。同政権の支持基盤は脆弱であり、景気不振に対する不満等により、支持率は低迷している。

盧武鉉公州市への行政首都移転の方針を打ち出している。これは忠清道での政権支持拡大をねらった側面もある。移転計画は2030年完成予定。

[編集] 南北関係・統一問題

建国以来、北朝鮮とは「朝鮮の正統な国家」としての立場を巡り、敵対的な関係が続いた。1950年におこった朝鮮戦争で朝鮮半島の分断は決定的となった。その後、韓国では民主化時代まで強度の反共主義が取られ、北のスパイや共産主義者に対して厳重な取締が行われた。

統一に向けた努力が幾度と試みられたが、実を結ぶには至っていない。1980年には、北朝鮮から高麗民主連邦共和国創設と、低い段階での連邦制を提示された。冷戦終結以後は雪解けが進み、韓国と北朝鮮の国連同時加盟や共同声明に結実した。韓国は金大中政権以降になって太陽政策をとり、初の南北首脳会談が実現するなど、国内に和解ムードが広がっている。一方で北朝鮮核問題韓国人拉致疑惑問題など未解決のいくつかの問題がある。

[編集] 国際関係

[編集] 米国との関係

第二次世界大戦後、東西冷戦体制が形成されるなかで、右派を中心とする大韓民国が成立した。1948年11月20日、国会で米軍の無期限駐留要請が決議されたように、大韓民国の成立と、朝鮮戦争での大韓民国の防衛には、アメリカ合衆国を中心とする国連軍が大きな役割を果たした。1953年米韓相互防衛条約締結によって韓国は米国の同盟国となった。

冷戦期には、韓国は軍事的、経済的に米国へ依存を余儀なくされてきた。多数の韓国人が米国に移住し、在米韓国人数は200万人に達している。またこの間、韓国政府は米政府の要請を受け、ベトナム戦争に軍を送ることを決めた。韓国は、ベトナム参戦を契機に急成長を遂げていく(漢江の奇跡)。<ref>韓国兵による戦闘は勇猛とも残虐とも言われ、多くのベトナム人から憎まれる要因となった。近年では韓国兵による混血児問題に焦点が当たっている。</ref>

1990年以降の東西冷戦体制の崩壊や韓国経済の躍進は、この構図を転換する要因となった。韓国はソビエト連邦中華人民共和国ベトナムと次々に国交を樹立し、これらの国々に対する経済投資も拡大している。1998年の金大中政権成立後は太陽政策によって北朝鮮との関係も金泳三政権期に比べて改善された。一方、1999年老斤里事件報道後、在韓米軍に対する反感が強まり、2002年に米軍車両が韓国人女子中学生を轢き殺した事件によって米軍に対する反感がいっそう高まった。同時に米軍兵器の近代化と展開能力の向上により、想定される戦闘の様相が、米軍が駐留し始めた頃とは異なってきているため、米軍が韓国に駐留する必要性は減少している。このため、米国も在韓米軍を削減する政策を打ち出している。

2006年に起きた北朝鮮の核実験では北朝鮮との宥和政策を推進する余り、露骨に親北反米政策を取ったため米国との関係は冷却化している。

[編集] 日本との関係

歴史的背景から日本に対する敵対意識・ライバル意識の強い国ながら、政治経済・文化などあらゆる分野で緊密な関係にあり近隣友好が模索されている。

第二次世界大戦が終わり日本の統治から解放され、李承晩金九ら右派民族主義者を中心として建国された当初、韓国と日本の関係は冷ややかなものであった。当時から韓国国内には日本が植民地化と植民地支配に関して謝罪や賠償を行わないことに対する批判があった。一方、日本国内には、韓国が竹島(韓国名は独島:독도)を武力によって不法に占拠したこと、韓国が日本海上に一方的に李承晩ラインを設定し、この線を越えて操業する日本漁船を拿捕し乗員を抑留することに対する批判があった。李承晩政権期は国交断絶状態であったが、朴正煕政権が成立して両国の国交正常化交渉が本格化した。国交正常化交渉の過程では請求権問題が最も紛糾したと言われている。韓国による対日請求権の主張に対して、日本側は植民地時代に朝鮮半島に投下した資本および引き揚げた日本人が残した財産(GHQ調査で52.5億ドル<ref>冨山泰『「韓国への戦後賠償はまだ済んでいない」と言われたら』諸君!2006年4月号、117頁。</ref>)を主張することで韓国側に対抗した。結局、国交正常化に伴い韓国は、「請求権資金」の日本による供与と引き換えに韓国側の対日請求権を放棄した。韓国はその資金を不足していたインフラの整備に充てた。

1997年アジア通貨危機により、韓国の経済は危機に瀕した。発足したばかりの金大中政権は国際通貨基金の支援とその経済政策を受け入れ、新自由主義的傾向をもつ構造改革政策によって危機を乗り切った。この時期、首相は金大中と立場を異にするものの同じく経済通と呼ばれた金鐘泌であった。IMF支援の際、日本は韓国に対するIMF緊急支援570億ドルのうち百数十億ドル分を負担した。 <ref>『我が国のアジア支援について』 - 財務省</ref>。 2003年盧武鉉政権が発足。盧武鉉政権は当初、歴史問題に言及しないと言明するなど両国関係は良好であった。しかし、両国政府関係は、島根県の「竹島の日条例」の制定をきっかけに、小泉純一郎前首相の靖国参拝歴史教科書問題もあり悪化した。民間交流のあり方は一様ではない。韓流ブームも影響してか民間交流は活発化しているが、2004年から2005年にかけては反日運動の影響により交流行事を韓国側からキャンセルするケースがいくつも出た。

経済面において日本と韓国の関係はたいへん深い。韓国にとって日本は携帯電話の高品質の一部部品の調達先である。また、特許使用権でも日本の占める割合は小さくない。日本にとっても韓国は、重要な輸出先である。韓国の対外輸出が増えるにともない、日本からの部品輸入や日本への特許使用権の支払い額も増加する傾向にある。戦後一貫して日本の対韓貿易は黒字が続いている。 李承晩政権時代には外貨流出や北送事業(北朝鮮帰国運動)への抗議を理由に二度にわたり通商断交を宣言したことがある。 その第1回は1955年8月~翌年1月、第2回は1959年6月~翌年4月である。 しかし、2回とも1年以内に通商を再開している。 2003年に両国首脳はFTA締結を目指すことで合意したが、交渉は難航している。

  • 韓国の建国以前の日朝関係、及びに日韓関係の詳細については、日韓関係史概観を参照のこと。
  • 盧武鉉政権は植民地時代・親日派問題の清算として「日帝強占下反民族行為真相糾明特別法」及び「親日反民族行為者財産帰属特別法」を制定し、反民族行為認定者の子孫の土地や財産を国が事実上没収する事を可能にし、適用がはじまっている。日帝強占下反民族行為真相糾明特別法及び親日反民族行為者財産帰属特別法を参照のこと。
  • 日本海の呼称に関する両国間の対立については、日本海呼称問題を参照のこと。

[編集] 中国との関係

1951年中国人民義勇軍朝鮮戦争に参戦し、一時はソウルを占領したことにより、韓国と中華人民共和国(以下、中国と略称)の関係は長らく敵対的なものとなった。韓国は中華民国台湾)と親交を深めた。しかし1979年の中国の対外経済開放政策や1990年の東西冷戦体制の崩壊を要因として、韓国の対中政策は転換した。盧泰愚大統領は1992年8月24日中華人民共和国との国交を正常化、中華民国とは外交的に断交した。これ以降、韓国では中国投資ブームが起こり、多くの韓国企業が安い労働力を求めて中国に進出した。現在では韓国の対中投資額は日本のそれを上回っている。とくに山東省青島遼寧省大連吉林省延辺朝鮮族自治州には、韓国企業の投資が累積している。また中国に留学する外国人学生数で、韓国はトップを占めるほどになっている。

その一方で韓国民の一部は、中国の超大国化によって韓国が飲み込まれるのではとの恐怖感を感じている。将来韓国が北半部を統一した場合、中国と国境を接する可能性がある。中国人民解放軍は、現段階では軍隊の規模は韓国軍よりも大きく、その上装備の近代化を進めている。

他方で、統一後は韓国が中国に対して上位に立つとする見解もある。全体的に見て中国軍の装備は、西側先進諸国の水準にある韓国軍に劣っている。また、有事の際、韓国軍は圧倒的な継戦能力を持つアメリカ軍による物資支援を受けるため、継戦能力においても韓国軍は優勢である。また、中国の経済はバブル経済で実際の成長はそれほどではないとの見方がある。

近年、旧間島問題とも関連して、高句麗が韓民族国家か中国の地方少数民族政権かという歴史論争が、韓国と中国の間で起きている。

近年、韓国の経済発展によって貿易総額が拡大、主要貿易相手国として中国が浮上している。輸出総額では、日本は中国、米国に次ぐ3位になり、日本の比重はやや低下している。輸出品でIT関連製品の占める割合が増大し、貿易は黒字基調が定着、IMF管理下に置かれた反省から外貨保有高は2000億ドルを超えている。

WTO香港ラウンドに於いて、韓国の農業従事者が香港で激しいデモ活動を展開した。香港の警察はデモを行った人々を拘束した。

2005年に中国産キムチより寄生虫の卵が発見された。韓国産キムチからも寄生虫の卵が発見され、韓国と中国の間で問題となっている。

同年11月、端午の節句が「江陵端午祭」としてユネスコに選定され、中国政府関係者が苦言を呈するなど、歴史、文化的な衝突もある。

[編集] ソ連・ロシアとの関係

この項目については、ソビエト連邦の外交関係も参照の事。

1945年第二次世界大戦終結で、朝鮮半島は北緯38度線を完全な境界線として米軍の南部とソ連軍(赤軍)の北部に分断占領された。1948年にアメリカ主導の南北統一総選挙が国連で決議されたが、北部を軍政統治するソビエト連邦が拒否し、南北分断が確定した。同年8月15日には南部単独で大韓民国が成立、追って9月9日には赤軍の士官として朝鮮半島に帰還した金日成を指導者とする朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が北部のみで成立したため、韓国は建国当初からソ連と敵対関係になった。

ソ連は朝鮮半島北部で朝鮮労働党の指導による社会主義国家の建設に成功し、朝鮮戦争では北朝鮮軍の南侵を支持したが、国連の安全保障理事会における欠席戦術を逆手に取られてアメリカを中心とした国連軍の編成と介入を許し、朝鮮半島全域への勢力拡大は失敗した。この際、ソ連軍は直接介入を控えたものの、軍事顧問団の派遣や兵器の供給で北朝鮮や中国の軍事作戦を支えた。その後のベトナム戦争では、アメリカの要請に応じてベトナムに出兵した韓国軍が北ベトナムを通じてソ連の支援を受ける南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)と激しい戦闘を行った。この東西冷戦の激しい時期では韓国とソ連の関係は絶たれていた。歴代の韓国の政権は反共主義を唱え、北朝鮮の背後にいるソ連や中国を強く警戒していた。金日成の個人独裁が強化された北朝鮮で親ソ派が一掃されても、ソ連は北朝鮮を朝鮮半島唯一の正統政権と認め、韓国とは全く外交交渉を行わなかった。

1981年、ソウルが1988年ソウルオリンピック開催都市に決まると、韓国はホスト国としてソ連を含む全ての国を安全に招待する義務を負った。しかし全斗煥政権は対ソ強硬姿勢と国内の民主化運動弾圧を継続し、1983年9月1日には大韓航空の旅客機がソ連領空を侵犯した後に撃墜された大韓航空機撃墜事件も発生して、両国間の関係は全く改善されなかった。

これが変化したのは、1985年に登場したソ連のミハイル・ゴルバチョフ政権が新思考外交による冷戦の緩和を訴えた以降である。韓国も1987年に成立した盧泰愚政権が民主化を進めつつソ連や中国との緊張緩和を目指す北方外交を提唱した結果、ソウルオリンピックはソ連や東欧諸国の参加を得て無事に開催された。この際に両国の接触が本格的に開始され、首脳会談を経て、1990年9月30日に韓国とソ連は国交を樹立した。1991年にはゴルバチョフが初訪韓(済州島を訪問)し、同年に韓国は北朝鮮と同時に国連加盟を果たした。また、第二次大戦後に旧日本領の南樺太(その後ソ連がサハリン州に編入)に取り残され、無国籍状態やソ連国籍になっていた残留朝鮮人の韓国訪問・帰還事業や、第二次大戦前にスターリンによって極東の沿海地方から中央アジアへ民族全員が強制移住させられたソ連国籍の朝鮮人(高麗人と称される)との交流が開始された。

1991年12月にソ連が崩壊してロシア連邦やその他の共和国が完全な独立国家として成立しても、韓国側からの積極的なアプローチは続いた。現代自動車はロシアの外国自動車市場で最大のメーカーとなり、LG電子も家電市場で3割のシェアを獲得したと伝えられている(ジェトロレポートより、[1])。巨大財閥以外の韓国企業もロシアに進出し、ウラジオストクを重要な拠点としてシベリア開発にも関与している。ロシアは社会主義体制を放棄した現在でも北朝鮮との友好関係を維持している事から、北朝鮮の核開発問題をめぐる六者会合への参加国に含まれている。

また、中央アジアで新たに独立したカザフスタンウズベキスタンにも韓国企業が進出している。両国には韓国からの直行便が就航し、高麗人への韓国語教育の支援などを含めた関係強化が進められている。

[編集] その他

2004年に、過去において韓国がウラン濃縮など核開発に結びつく研究を行っていた事実が公表され、IAEAの査察を受けている。

2005年には、同国の放射性アイソトープ販売企業であるキョンド洋行が、イラン企業のパトリス社に放射能物質であるニッケル63を売ったほか、フランスからは別の放射能物質である三重水素(トリチウム)を買い入れ、パトリスに売り渡していたことが、報道された。

[編集] 地理

韓国は朝鮮半島全域を領土とし、そのうちの南北軍事境界線(38度線)以南及びその属島を統治している。38度線以北は、実際には北朝鮮政府が統治しているが、大韓民国では、地域をさす表現としての「北韓북한 プッカン」が用いられている。なお、北朝鮮も同じく朝鮮半島全域を領土としており、韓国政府が統治する区域を、38度線以南の地域をさす意味で「南朝鮮남조선 ナムジョソン」と呼ぶ。

西には黄海、東には日本海に面し、朝鮮海峡対馬海峡西水道)を隔てて釜山対馬とは約50kmの距離である。

韓国と日本の間には、竹島(韓国名:独島)領有問題が存在する他、1990年代以降になって日本海(韓国名:東海)の国際的な呼称をめぐって韓国政府と日本政府が対立する等、いくつかの問題がある(参考 日本海呼称問題 李承晩ライン)。

大韓民国の範囲

半島部の緯度は日本の静岡県から宮城県と同じだが、冬は大陸からの季節風の影響を受け、日本の同緯度の地域に比べると寒冷である。例えばソウル福島県二本松市新潟県長岡市付近と同緯度にあるが、冬の寒さは札幌市と変わらず、また釜山千葉県南部や名古屋市と同緯度にあるが、冬は東京より平均気温が2、3度低い。この気候はオンドルを発展させた。しかし、三寒四温といって、日本と比べ雪が少なく、寒冷な気候がそれほど長く続くことはない。

済州島和歌山県南部、高知県と同緯度にあり、韓国では最も温暖とされるが、冬は半島部と同様の北西季節風の影響、また(38度線以南の現在の)韓国では最高峰である漢拏山標高1950m)がそびえる地形的要因により、非常に風が強く緯度の割に寒冷で、北部は東京より寒い。

夏は半島部においては日本より湿気が少なく過ごしやすい。ソウルの夏の気温は30度を超えることもよくあり、冬の寒さがほぼ同じ札幌市に比べると高めで、また内陸の盆地にある大邱は韓国で最も暑いとされるが、湿気が少ないため熱帯夜になることはほとんどなく、エアコンがなくても寝苦しいということはない。

ケッペンの気候区分では、釜山など南・東部は温暖湿潤気候、ソウルを含む北西部は亜寒帯冬季少雨気候に属するとされる。

近年は中国の砂漠化の進行に伴う黄砂被害の拡大が問題となっている。

[編集] 行政区域

大韓民国の行政区分

詳細は大韓民国の地方行政区画を参照。

特別市(Teukbyeol-si、トゥクピョルシ)
1:서울(ソウル)特別市(ソウルとくべつし)
広域市(Gwangyeok-si、クァンヨクシ)
2:釜山広域市(プサンこういきし)
3:大邱広域市(テグこういきし)
4:仁川広域市(インチョンこういきし)
5:光州広域市(クァンジュこういきし)
6:大田広域市(テジョンこういきし)
7:蔚山広域市(ウルサンこういきし)
道(Do、ト)
8:京畿道(キョンギどう)
9:江原道(カンウォンどう)
10:忠清北道(チュンチョンブクどう)
11:忠清南道(チュンチョンナムどう)
12:全羅北道(チョルラブクどう)
13:全羅南道(チョルラナムどう)
14:慶尚北道(キョンサンブクどう)
15:慶尚南道(キョンサンナムどう)
特別自治道(Teukbyeol-jachido、トゥクピョルヂャチド)
16:済州特別自治道(チェジュとくべつじちどう)

[編集] 経済

ソウル世界貿易センター
ソウル駅
ソウルの地下鉄
ソウルの地下鉄
サイワールド(Cyworld)編集室
ソウルのオーマイニュース編集部

詳細は大韓民国の経済を参照

大韓民国の経済は、朝鮮戦争以降大きく立ち後れていたが、ベトナム戦争参戦を契機として所謂漢江の奇跡と呼ばれる高度経済成長を遂げ、以降も順調に成長を続けて今現在は世界で13番目の経済的な規模がある。主要な産業はIT、造船、鉄鋼、自動車など。新興工業経済地域(NIEs) の一つに数えられた時期を経て、1996年にアジアで2番目のOECD(経済協力開発機構)加盟国になった。また、ここ10年で特許が急増し米学術情報会社のトムソンサイエンティフィックによれば、韓国は世界で3番目に多い特許件数を保有していると明らかにした。特に半導体や通信分野での活躍が目立っているという。実際に、有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)分野で2006年、国内と米国、日本市場で登録された特許は合わせて2613件となり、このうちサムスンSDIやLG電子など韓国企業の特許が1364件と全体の52%を占めた。主要な企業としては、サムスン電子や、現代自動車LG電子ポスコ、現代重工業などがある。また、特許権・独占販売権のロイヤリティーとして海外から支払われた金額が20億ドルを超えた。


[編集] 建築・土木

韓国の建築・土木企業は世界に進出し、かつて世界一の高さを誇ったペトロナスツインタワーのうち、タワー2の建設をサムスン建設が請け負った。中東などでのインフラ整備にも受注が多い。

他方で、1990年代に崩落事故が相次ぎ、いずれも崩落により死者を出した三豊百貨店聖水大橋等が不実工事(手抜き工事)として問題となった。

国外でも2001年以降にシンガポールでサムスン建設の手によるビルが地盤沈下を考慮せずに設計施工されたために入居前であるにも関わらず傾いてしまったことがある。また、パラオにおいてもKBブリッジ崩落という事故が起きている。

その後、建築基準が強化され、マスコミの監視も厳しくなり、2005年には再建中の聖水大橋にも問題があると朝鮮日報で報道された。

[編集] 造船

[編集] 製鉄

ポスコ(POSCO=旧浦項製鉄)など、世界最大級の製鉄会社がある。ポスコは新日鐵から技術を導入した。近年、中国で粗鉄の需要が急速に伸び中国国内の調達だけでは間に合わないため、韓国から輸入するケースが出ている。ポスコは日本市場進出を計画している。 また、2007年、ポスコが次世代製鉄新技術「ファイネックス(FINEX)」を開発、世界で初めて、本格的な商用化に成功しており、すでに、年産150万トン規模のファイネックス商用化設備は完成している。このファイネックスの設備は、溶鉱炉とは違い、粉状の鉄鉱石と一般の石炭をそのまま使用する。溶鉱炉に比べると、投資額で20%、原価は15%削減できる。また、鉄の含有量が多い高品位鉄鉱石を主原料とする溶鉱炉と違い、割安な低品位鉄鉱石も原料として使うことができる。環境汚染物質の硫酸化物の排出量は従来の溶鉱炉の3%、窒素酸化物の排出量は1%だという。このことから激化する国際環境汚染規制をクリアできる画期的な技術であると注目されている。 また、この工法では焼結工場やコークス工場が不要で設備投資がこれまでの溶鉱炉の80%にしかならず、低価格の鉄鉱石と一般炭を使用するので鉄鋼生産の原価も溶鉱炉の85%に抑えられるため価格競争で非常に有利な立場となった。

鋼鉄の原料である銑鉄を作りだす技術は19世紀後半に英国で現在の溶鉱炉工法が登場して以来100年以上ほとんど変化がなかったため、このファイネックス工法は、世界の鉄鋼史を塗り替えた出来事だといえる。


[編集] 自動車

自動車は日本企業との提携が多く、現代自動車は三菱自動車、現代自動車の傘下に入った起亜自動車はマツダGM大宇トヨタルノー・サムスンは日産自動車と提携していた。デザイン的には日本車の影響が多かったが、今では独自のデザインを確立している。北米や欧米、アジア市場において、低~中価格帯の車種のシェアを獲得していて、06年の世界販売台数は、ホンダ日産自動車を上回っている。現代は高価格帯への参入を企図し、朝鮮日報によれば、現代は高価格帯に食い込むために、高級セダン「ジェネシス」を発表した。ジェネシスは、自動車専門誌として米国最高の発行部数と権威を持つモータートレンドに誌面上にて絶賛されている<ref>http://www.chosunonline.com/article/20070328000015</ref>。

また、同誌によれば、米韓FTAの妥結に伴い自動車部品産業が北米市場への進出を拡大していくことが予想される中、自動車部品メーカーの海外市場に向けた動きが活発化していて、北米およびヨーロッパのゼネラルモーターズ(GM)、プジョーシトロエングループ(PSA)やアウディフォルクスワーゲンなど世界の大手メーカーと相次いで商談が行われ、また、平和精工などのメーカーは日産USAとの納品商談会に参加するなど、日本の大手3社に納品するための土台作りに向けても一歩を踏み出した。北米GMは、これら部品メーカーとの間に実質的な取引関係が成立するよう各メーカーに少なくとも1件以上のプロジェクトを任せるとの内部方針を固めており、地域の自動車部品メーカーが北米GMに対し直接納品する機会は今後拡大していくことが見込まれている。一方、北米市場の一角を担っているカナダ地域についても、マグナグループなど3大ベンダーが来月に開催する商談会にテミョンなど6つのメーカーが参加する予定となっている<ref>http://www.chosunonline.com/article/20070427000019</ref>。

他にも自動車の心臓部分に例えられ、車の価値を決める中心的要素といえるエンジン分野において、現代が開発したθ(シータ)エンジンが三菱ダイムラークライスラーに供給されており、現代は、そのロイヤリティーを取得している。

[編集] 半導体・電子部品

DRAMでは世界シェアーの約半数近くを占める。半導体技術力が向上し、大規模な投資をして高収益を上げ、その大半を再投資に振り向けて政府の後押しにより最先端生産ラインを増強した結果である。半導体技術力向上の一環として、世界中から人材を集めるのが特徴で、日本の技術者も高額の給料で雇われ、土日のアルバイトで働くものもいた。結果、1990年代まで日本が独占していたDRAM業界のシェアを韓国が塗り替えることになった。しかし、日本や他国の企業は技術流出の対抗策として、自社技術者の監視、生産技術の内製化を進めているため、この様な手法は今後取れないと見られる。 しかしながら、すでにサムスン電子LG電子を初めとする韓国企業の半導体・電子部品技術力は、日本企業の技術を必要とするまでもない水準に達しており、特にサムスン電子は、次々と新製品、新技術を開発して世界の半導体・電子部品技術をリードする存在となっている。

パソコンや携帯等で使われる汎用品の液晶パネルは世界トップのシェアを占めている。液晶テレビの国別シェアは日本、台湾に次いで3番目である。技術開発競争が激化し、価格競争により採算面(人件費の高騰)で厳しくなっていることが課題となっている。日本から特許侵害で提訴されるケースもあるため、韓国側からも対抗提訴が行われている。日本のメーカーの中には、シャープのように、技術流出を防止しようと製造現場をブラックボックス化する動きもある。他方で、ディスプレイ事業を持たないソニーがサムスンと提携しS-LCDを設立するなどの動きが出ている。

[編集] 電子機器

携帯型デジタルオーディオプレーヤーが韓国国内で数多く製造、販売されており、主な製品としてiRiverやiAudioなどがある。しかし、世界の携帯型MP3プレーヤー市場ではApple社のiPodシリーズが圧倒的なシェアを獲得しており、また日本国内においてもIPodの勢力が強い上、残りのシェアもSony、Panasonicなどが占有し韓国製品は大きなシェアを獲得するには至っていない。世界的に有名なパソコンメーカーとして韓国コンピューターメーカー社が合資した会社eMachinesがあり、低価格のパソコンが全世界で好評を博した。2005年にゲートウェイに買収された。

[編集] 情報・通信

携帯電話の分野では、第三世代携帯電話 (3G) を中心に韓国製のシェアが伸びている。サムスン電子ノキアモトローラに次ぐ世界第3位のシェアを握る。

朝鮮日報によれば、LG電子のチョコレートフォン(モデル名: LG-KG800)が、アジア最高のデザイン賞である「2006香港デザイン・アジア・アワード」で「プロダクトデザイン」部門のグランド・アワードを受賞した<ref>http://www.chosunonline.com/article/20061202000003</ref>。 今年で4回目を迎える「2006香港デザイン・アジア・アワード」は、プロダクトデザインの優秀性、アジア人のライフスタイルへの影響力とビジネスとしての成功という側面から製品を評価、賞を授与するイベントで、アジアで最高の権威を誇る。また、スーダンで開催されたオークションイベントで約288万円で落札された。<ref>http://www.chosunonline.com/article/20061210000009</ref>

他にも同誌によれば、北米最大級の情報関連イベント「CTIA Wireless 2007」を主催している米国のセルラー・テレコミュニケーションズ・アンド・インターネット・アソシエーション(CTIA)は「CTIA 次世代無線通信技術アワード」でサムスン電子のブラックジャックを「最高のスマートフォン」に選んだいう。 「CTIA 次世代無線通信技術アワード」は、IT専門家や報道人からなる選定委員会が米国国内で発売されたりサービスされている携帯電話や通信技術を対象に最高の製品を選ぶ携帯電話関連の授賞式である<ref>http://www.chosunonline.com/article/20070330000003</ref>。

基幹部品のフラッシュメモリーや液晶パネルのシェアーが拡大しているのが強みである。フラッシュメモリーは日本、米国にも相当部分輸出され、反面で、それらの国から部品も輸入し、水平分業が盛んである。CDMA技術など米国の会社に対する基本技術への特許使用料が増加しており、新規技術開発が急がれている。

インターネットの分野ではブロードバンドが普及しており、インターネット放送や通信型ゲーム、サイワールド(Cyworld)などのソーシャル・ネットワーキング・サービスオーマイニュース(OhmyNews)などの市民参加型インターネット新聞サイトなど多様なサービスを展開している。部分的には、IPマスカレードが法律で禁止されているため、ルーターをあまり使用せず、IPが不足するといった問題もある。これは電話会社との料金設定上の契約による。また、かつてはセキュリティに関心をもつ人々が少なくアンチウイルスソフトウェアをインストールする比率が低かったが、ウィルスにより国中のネットワークがダウンした以後、セキュリティに対する関心が高まっている。しかし、一方では全世界のスパムの約20%が韓国が発信元となっている(2005年10月現在:ウイルス対策会社ソフォスによる調査)など、全体としてのセキュリティ対策は十分とは言い難い現状もある。また、韓国国内ではネット上のマナーや倫理問題から、韓国内サイトでの発言は、匿名性を廃止し、個人名や国民番号を記載させる傾向にある。

[編集] 農業

第二次世界大戦以降、韓国の農業技術は向上した。韓国の農業関係者の努力と、日本の農業技術を導入したこと、等が要因である。 禹長春(ウ・ジャンチュン)博士の業績が知られている。

[編集] 医療・生命科学

近年、韓国は医療・生命科学技術を振興している。人間の細胞を用いたクローン技術をもつ国のひとつである。人間の細胞を用いることは倫理上の問題で研究が制限される傾向がある。韓国主導で「世界幹細胞ハブ」が進んでいる[要出典]が、卵子採取に際して倫理的な問題があるとして米ピッツバーグ大学のジェラルド・シャッテン教授が黄禹錫教授の共同研究チームとの決別を表明し、卵子採取がどのようなルートで行われたか問題となった。黄教授は当初問題は無いとしていたが、その後になって倫理的に問題があったものと認めた。ただし、韓国政府は倫理性の問題については触れずに、制度上の違法性は無かったと判断している。論文自体捏造であることが知れ渡り始めたので、この項目が正しいかどうか判らない。また、産業としての裾野が無いため、むしろこの分野では遅れている。

2005年10月19日、近代の医療技術により治療困難な重度の疾患をおった患者の細胞から胚性幹細胞(ES細胞)を作成して治療することを目的にした世界初の細胞バンク「世界幹細胞ハブ」(本部・ソウル大学)を立ち上げ、国を挙げてバイオテクノロジーを振興しようとした矢先の2005年12月、同所長に就任していたソウル大学の黄禹錫教授が2004年の2月に米科学雑誌Scienceに発表した世界初のヒトクローン胚からのES細胞作製に関する論文にねつ造の疑惑が浮上。捜査と再検証によりイヌクローン以外の論文は全てねつ造だという結果となり、ソウル大学を免職処分、さらには詐欺、横領罪により起訴されるに至っている。(事件の詳細は黄禹錫の項を参照)


[編集] 生活家電

朝鮮日報によると、韓国の生活家電事業が世界市場に急浮上しているという<ref>http://www.chosunonline.com/article/20061101000039</ref>。また、韓国メーカーは、新技術とデザインを施した製品を次々に発売し、「今や斜陽産業」と呼ばれた家電市場の再復興をリードしていると評価されているという。

サムスン電子LG電子、大宇エレクトロニクスなどの韓国メーカーは、欧州の2ドア冷蔵庫市場を席巻しているという。フランス、ドイツ、スペイン、スウェーデンなどの主な市場における韓国メーカーの市場シェア率を合計すると、60‐80%に達している。韓国メーカーは2000年に欧米市場に参入した。欧州生まれのドラム洗濯機を北米市場で販売したのも、米国式2ドア冷蔵庫を欧州に初めて紹介したのも韓国メーカーであった。LG電子は現在、世界洗濯機市場(全体で7000万台前後)でシェア13%。ワールプール(18%)とエレクトロラックス(15%)に続き3位、エアコン市場で世界1位である。

また、LG電子は2001年、国内市場で初めて発売したパステルカラーの取り付け型エアコンが人気を呼び、02年に欧州市場でもカラー製品を発売した。それ以降、家電は白という従来の観念を覆し、欧州では家電のカラー化が急激に進んだ。 他にも洗濯物は必ず水で洗わなくてはならないという固定観念を覆したサムスン電子開発のエアウォッシュ洗濯機などがある。

このように韓国メーカーは、斬新なデザインや新素材を使った家電を次々と市場に送り出している。これに刺激されたスウェーデンのエレクトロラックスは、「白に対する戦争」を宣言し、多様なデザインの家電開発に全力を注いでいるという。

他にも同誌によれば、サムスン電子の「ジペル(ZIPEL)」冷蔵庫が、発売10年目にして世界50カ国で市場占有率1位を獲得するという記録を打ち立てたという。サムスン電子が発表したところによると、ジペル冷蔵庫はフランス・イタリアなどヨーロッパ連合(EU)所属の13カ国の左右両面開き冷蔵庫市場で1位を占めたという。他にもロシア・インド・中国などの新興市場やサウジアラビアなど富裕層が多い中東の主要国家市場でも同分野の1位をキープしているという。 ジペルは2006年1月、世界最大家電ショー(CES)で「最高革新賞」を受賞し、米タイム誌でも「必ず手に入れるべき製品」として紹介されるなど、世界市場で相次いで注目を浴びているという。発売から10年、現在までの累積販売台数は500万台に達するという。

[編集] 軍事

詳細は韓国軍を参照

[編集] 国民と社会

詳細は大韓民国の国民を参照

[編集] 民族構成と言語

民族構成は、そのほとんどは現代では均質化された韓民族(朝鮮民族)である。他にはごく少数ながら中国系住民(華僑華人)も存在する。韓国に永住権をもつ外国人の大半は華人であるが、華人に対して排外的な風土と諸施策が影響し、過去数十万人いたが現在では数万人以下に減少している。外見的には日本人や他の東アジアの人々と区別が難しいが、顔は面長で目がやや小さい。

公用語はソウル方言の韓国語(朝鮮語)を話し、文字はハングルを用いる。「韓国語」とは外国向けの表現であり、彼ら自身では「我が国語」(ウリマル)と呼ぶ。最近ではハングルのみで読み書きするための教育を受けた世代が多くなり、古文書を扱う公務員や教育関係者など一部を除き、多くの国民はほとんど漢字を読むことができない。最近は再び、学校での漢字教育も重視すべきとされているが、全般的に漢字表記は少ない。W杯を前後し、東アジアの漢字文化圏からの観光客への便宜及び同地域の国際交流推進を目的に、交通施設の標識などに漢字が増えてきている。

北朝鮮の公用語と韓国の標準語ソウル方言をベースとしたもの)は、日本での標準語と関西弁以上の差があり、北朝鮮出身者はすぐに分かるといわれる。また、標準語と釜山大邱方面の方言も、日本での標準語と関西弁程度の差があるほか、釜山・大邱方面と全州光州方面の方言も、日本で言えば東北弁九州弁程度の差はある。また済州島の方言は日本で言えば津軽弁鹿児島弁に相当する難解な方言で、半島部の人は理解できないといわれている。

[編集] 社会の特徴

1961年から1987年までは、軍事政権による言論統制が続き、新聞業界の再編などが行われた。放送局は民放2局が公営のKBSに統合され、残った民放のMBCも65%の株式をKBSが保有した。1987年以降は言論の自由が一応は保障され、新聞社が増大した。しかし政府が報道内容に干渉することも多く、本格的な言論の自由は1998年以降である。最近もKBSとMBSは、日本のNHK以上に政府の影響力が強く、テレビ報道の内容は政府よりである。しかし民放のSBSもあり、ケーブルテレビ局の放送も増えている。

1990年代以降には地方自治選挙もあるが、それ以前の広域自治体の首長は政府の任命、基礎自治体の首長は知事や特別市長、直轄市長による任命であり、現在でも役人の権限が非常に強い役人社会である。また日本同様、晩婚化や少子化が問題となっており若年人口は減少傾向である。徴兵義務や就職難のため、優秀な若者は海外への脱出を目指す傾向も強く、貧困者も目立ち社会状況は厳しい。全ての男性には26ヶ月以上の兵役義務があるが、近視等の身体的問題や、その年度の予算不足のため免除や短縮勤務となる者もある。現実には政治家の息子や有名俳優、スポーツ選手など、軍幹部への働きかけにより徴兵逃れをしている者もいる。

冬の気候が寒く強風も多いため、南部を除き多くの大都市は海から離れたところに作られる。首都のソウル特別市ピョンヤンも海からは距離がある。地震は九州から伝わるものを除きほとんどなく、活火山もまったく存在しない(済州島鬱陵島火山島だが活動していない)が、国土は山がちである。少数の温泉はある。地震がないため比較的安価に高層マンションが建設可能で、暖房設備の問題もあり最近では一戸建てよりも人気がある。2000年頃から高層マンションブームであり、不動産価格は高騰している。

1997年アジア経済危機の後、韓国経済は大きな危機に直面し、大量倒産や失業と財閥解体が起こった。2000年頃には一時期、経済の立ち直りがあったものの、政府の不適切な金融政策のためクレジットカードを大量に発行した余波もあり、2003年頃には個人破産が急増し国内での信用不安が高まったため、金融恐慌状態となり、2005年以降も国内消費の低迷がある。大学卒業生は卒業後に数年間は就職できないことが、現在でもごく普通であり若年失業率が高い。このため国を離れて米国や日本の企業に就職する若者が多くなっており、頭脳流出が懸念されている。その一方、輸出産業は好調であり富裕層も多く不平等が拡大し、社会では「二極化」という言葉がよく使われるようになり、日本と同様、社会の不平等拡大が問題となり政府が批判されている。

[編集] 地域対立と不平等

詳細は韓国の地域対立を参照

人口の85%は都市部に住んでいる。特に首都のソウル特別市には全人口の2割に当たる約1000万人が住んでいる。また一般に首都圏として扱われるソウル、仁川、京畿道の合計人口は全人口の半分近くにのぼり、非常に強い人口の一極集中がみられる。人々の方言や、価値観や意識は地域間の差が大きく、現在でも地域対立は強く選挙などへの影響も強い。これは伝統的なものとされる。

軍事政権時代は朴大統領の出身地である慶尚北道大邱市慶州周辺に多額の予算が投入される一方、光州市など全羅道は、予算配分でも就職など社会においても、様々な差別があったことも、地域対立の原因である。大邱地域と慶尚道の出身者はTKとよばれ社会のあるゆる面で優遇された。嶺南圏(ヨンナムコン)といわれる慶尚道と、湖南圏(ホナムコン)といわれる全羅道の、東西での対立感情は今でも強い。ただし、この地域対立がいつから発生したのかについては諸説あり、実際には詳細がわかっていない。

被差別階級はとくに目立たないが(かつては白丁という被差別階級が存在した)、職業差別は根強く、とくに食堂や売店など人と接する職業は汚れているか身分の低いものとされる。そのため日本のように老舗は少ない。この価値観のため、韓国の自営業は長くは続かないことが特徴である。また歌手や俳優などは、もともと貴族に仕えるための職業で、ホステスや水商売に近いイメージがある。そのため、親戚に歌手がいる場合、恥ずべきこととして隠すことが多い。しかし最近では、そのような価値観も変わりつつある。韓国の経済成長期は、大量の人口が農村部から都市部へ移り、女性も工場労働者として、長時間労働により経済発展を支えたのだが、女性が働くことも身分が低いこととして差別感が強い。最近では高学歴女性など積極的に働く人も多いが、女性の社会進出は遅れぎみであり伝統的な性別役割意識も強い。中国東北部(主に朝鮮族)や東南アジア中央アジアなどからの外国人労働者が最近は増え、仁川広域市などには中華街もある。また、2006年の地方選挙では外国人参政権が認められた。しかし、韓国国会は2002年2月28日、永住外国人に選挙権を与えるのは「主権は国民にあり」という大韓民国憲法第1条に反すると決議した。

[編集] 宗教

高学歴層を中心に人口の約4分の1はキリスト教徒であり、4分の1は仏教徒だがこれはやや庶民が多い。残りのほぼ半数は無宗教者だが、祖先崇拝や法事は熱心に行う。キリスト教徒の多くはプロテスタントで、とくに長老派メソジスト派が多い。シャーマニズムが、日本では神道や天皇制として形式化されたが、韓国では庶民の宗教として残り、キリスト教の中でも聖霊の考え方と似ていたため、とくに長老派やメソジスト派が信者を増やしたと言われる。また米軍の宣教師の影響も強い。ただし、朝鮮戦争後の、キリスト教の急速な普及の背景には、併合時代に日本仏教界の援助を受けて復興した韓国仏教界が、独立により援助がなくなり低迷した隙を突いたと言われる。また経済成長期に、多くの人口が都市部へ移動したことは日本と同様であり、故郷を離れ孤独な人々が宗教組織に入ったという事実もある(詳しくは韓国のキリスト教を参照)。

1994年に行われた統計庁の社会統計調査では、50%が無宗教、24.4%が仏教、24.1%がキリスト教(カトリック・プロテスタント)という結果となった。韓国のキリスト教は、しばし土着的なシャーマニズムとの融合が指摘される。土着信仰の巫女・ムーダンの入信、御利益信仰的な祈祷、カリスマ牧師、独特の終末論などである。これについては、韓国独自の風土や文化にあった信仰があっても良いとする人々、異端視する人々など、評価はさまざまである。韓国のこのような宗教的土壌の上に新興宗教(統一協会等)もいくつか生まれている。

なお、韓国で基督教(キドッキョ 기독교:キリスト教)といえばプロテスタントを指し、カトリックは天主教(チョンジュギョ 천주교)と呼んで区別している。教会(キョフェ 교회)はプロテスタントの教会を指し、カトリックの教会は聖堂(ソンダン 성당)と呼ぶ。

[編集] 人材

梨花女子大学校(Ewha Womans University)

初代大統領の李承晩が、プリンストン大学で博士号を取った人物ということもあって、アメリカの一流大学で博士号を取得する学生が尊ばれた。政府高官や大学教授などの高い地位が約束されていて、1970年代後半までは、新聞に顔写真と経歴が掲載される程だった。また、企業や奨学財団も、アメリカ留学を積極的に推し勧めた。そのため、厳しい受験競争を勝ち抜いたトップクラスの学生は、アメリカ留学へと向かった。1980年代以降は、博士号取得者が増加し、その数は1998年までで3万人に達するといわれている。今では単にアメリカで博士号を取ったぐらいでは、大学教員として迎え入れられることはなくなっているという。こうした人材が経済発展の礎となった。

[編集] 教育

詳細は大韓民国の教育韓国における入学試験を参照 日本同様の6-3-3-4制の学校制度を持つ。日本以上の学歴社会と言われる。

[編集] 文化

「韓服」。朝鮮の伝統衣装。

チョゴリないし韓服、キムチに代表される韓食、オンドルに代表される住居などに伝統文化が息づいている。韓国の伝統社会では、地理的な関係から中華文明の影響が大きかった。

[編集] 人間関係と価値観

人間関係における文化も急速な変容の最中だが、儒教の影響で宗族秩序などの影響は未だ色濃く残っている。上下関係に厳しく、現在でも目上の人の前での喫煙や、許可を得ないままの飲酒は礼儀違反とされている。親戚同士の結束は強く、6親等以内の親戚は助け合うべきだとされる。これをユックチョン(六寸)というが、現実に親戚づきあいは非常に多く、初対面の親戚でも就職や進学時の世話をすることは普通である。学校の同窓生等の結束も強いが、見知らぬ他人と広くつきあうことはあまり好まず、人間関係は日本と比べてもやや閉鎖的である。

植民地統治により、韓国という国は一度消滅した歴史があり、二度とそのようなことがないよう、韓国人にとって国の誇りや愛国心は非常に重要なものと教育されている。社交の場において遠慮はあまり歓迎されず、明確な主張を好む。また、お互いに迷惑をかけあい他人を思いやることが良しとされ、食事の際も割り勘という習慣はなく、目上の者や気分が良い者がすべて払うことがごく普通である。

[編集] 大衆文化

大衆文化については、韓国の歌やドラマ・映画などが、東アジア東南アジアで広く受け入れられる韓流と呼ばれる現象がブームとなっている。また韓国のインターネットは早くからブロードバンド化が進み、2000年に高速回線利用者が1千万人を突破した。インターネットテレビのストリーミング放送やミュージックビデオの無料閲覧が早くから実現するなど特色あるインターネット文化を構築している。

ブロードバンドを各家庭に引く形態に加え、街中にPC房(PCバン)と呼ばれるネットに接続されたパーソナルコンピュータを安価に利用できる店が至る所で見られ、ブロードバンドの恩恵を手軽に享受することが出来る。

また、国内映画の上映割合を義務付けるスクリーンクウォーター(割当)制や国・地方自治体レベルでアニメーション産業を育成するなど様々な大衆文化保護育成策を実施している。

[編集] 世界遺産

韓国国内には、ユネスコ世界遺産リストに登録された文化遺産が7件ある。詳細は、大韓民国の世界遺産を参照。

[編集] 表現の規制撤廃の動き

南北和解が進展するにともない、共産主義的な書籍の発行、共産主義的な言論を規制の対象としてきた「国家保安法」の改正が論議されているが、まだ同法は実行力をもっており、さまざまな規制と自主規制をもたらしている。 親日的な言論に対する法的な規制はないが、国内の反日感情により親日的な発言をした(と見なされる)人物は、自粛や弁解をする傾向にある。

また、国境なき記者団による世界報道自由ランキング2006において、168カ国中31位であった。(フランス35位、日本51位)

民主化運動に関わってきた人権派弁護士出身の盧武鉉政権が発足し、司法改革が行われている。国家保安法廃止案が国会に上程され、軍事政権時代の冤罪などの再調査が行われ、言論の自由、表現の自由は拡大された。一方で、朴正煕元大統領が親日派であったとしてその歴史的評価が揺れている。

[編集] 祝祭日

日付 日本語表記 現地語表記 備考
1月1日新正신정「新暦(太陽暦)の元日」という意味
12月30日 (旧暦)
1月1日 (旧暦)
1月2日 (旧暦)
旧正月(ソルラル)구정(설날)旧正月、こちらの方が韓国で言う正月
3月1日三一節삼일절三・一独立運動が起こった日(1919年
5月5日子供の日어린이 날日本のこどもの日と同じ日
4月8日 (旧暦)釈迦誕生日석가탄신일日本の「花まつり」に相当
6月6日顕忠日현충일殉国者に敬意を払う日
7月17日制憲節제헌절憲法記念日
8月15日光復節광복절日本統治からの解放を祝う日
8月14日 (旧暦)
8月15日 (旧暦)
8月16日 (旧暦)
秋夕(チュソク)추석韓国のお盆
10月3日開天節개천절開国記念日(檀君説話に基づく)
12月25日聖誕節성탄절クリスマス
  • 休日が集中していた10月初旬の「国軍の日(국군의 날)」(10月1日)と「ハングルの日(한글날)」(10月9日)は、休日の多さが経済発展に悪影響を及ぼす懸念から1991年より公休日でなくなった。
  • 植木日(식목일)」(4月5日)は2006年より公休日でなくなった。
  • 「三一節」「制憲節」「光復節」「開天節」「ハングルの日」の5つを「国慶日(국경일)」と呼ぶ。「ハングルの日」は2006年より国慶日となったが、他の4つの国慶日とは異なり公休日ではない。また、「制憲節」は2008年より公休日でなくなることが決まっている。

[編集] 文化の日韓関係

ソウル・ワールドカップスタジアム

韓国では、長い間「国民感情を害する」との名目により、日本の大衆文化が流入することを事実上禁止してきた(倭色を参照)。過去には日本映画ドラマ音楽などは公には禁止で、日本人アーティストが訪韓しても日本語で歌うことは許されなかった。例外として、ソウルオリンピックや大田エキスポなどの時には日本語の歌が公の場で披露されたことはあった。かつて、日本の楽曲が禁止されていることを逆手にとって、日本の歌を盗作していたアイドル・グループが、盗作していることを暴露されて自殺に追い込まれるという事件もあった。

実際には、韓国民は限定的ながら日本の大衆文化に接してきた。釜山や日本海側沿岸部の一部では日本の地上波放送の電波が届くため、日本のテレビ放送の視聴が可能でありこれらを鑑賞する、あるいは書籍は規制の対象外であるため輸入書籍を購読する、大使館施設という治外法権により70年代から公に日本文化に触れることができた在韓日本大使館公報文化院を利用する、台湾からの輸入CDや海賊版を購入することなどがあった。また、韓国のドラマ、アニメ、音楽、漫画、ゲームなどで日本の作品が盗作されるケースがかなり多くみられた。盗作はこういった物だけでなく、菓子などの食品類に至っているケースがあり、日本のテレビ局が食品の盗作元に取材した所「たまたま似てしまっただけ」と答えている<ref>2007年7月1日放送 フジテレビ系列番組 新報道プレミアA 企画「爆笑!日本のお菓子ソックリさんが韓国に」</ref>。司法判断も不適切な例がいくつかみられた。例えば、角川歴彦によれば、ガンダムの商標権をめぐる争いでは、「『ガンダム』はロボットの一般的な名称であるから問題ない」とする韓国側の主張が認められ、一審で勝訴したとされる(詳細は韓国の知的財産権問題を参照のこと)。その反面で、日本の出版社が韓流スターの肖像権を侵して提訴されるなどの現象も起きている<ref>産経新聞 ENAK 文春側が勝訴 ヨン様写真集めぐり ソウル地裁</ref>。

韓国には大衆文化に限らず『日本で成功したものは必ず韓国でも成功する』という神話ジンクス)があり<ref>文献資料;『私は韓国人。でも日本文化がスキだ!』 P.209 - 金智龍ISBN 4915977706〕</ref>、そのことから、特に大衆文化の分野において、実に様々な日本の事物が直輸入され『韓国風』への改装を経て韓国の市場に放たれてきた。金大中政権によって『日本文化開放』が提案された折には、支持の理由として『実現されれば韓国の根深い日本剽窃問題がなくなるから好ましい』との意見を表明する韓国人も多かった<ref>文献資料;『私は韓国人。でも日本文化がスキだ!』 P.176 - 金智龍 〔ISBN 4915977706〕</ref>。

1998年に発足した金大中政権以降、日本の大衆文化開放が段階的に4回実施されている。現在では、インターネットの普及に伴い、韓国民は直に日本の大衆文化に触れられるようになった。韓国デジタル衛星放送・スカイライフや多くのケーブルテレビ局が、韓国の総代理店(スバルコリア)を通じてNHKに使用料を支払い、NHKワールドプレミアムの再送信を行っている。しかし、未だ著作権侵害と疑われる事例が後を絶たない。

また、歴史教科書問題に関連しての開放の延期、国内業界の保護のためと称する劇場用アニメーションの開放の延期、日本のバラエティ番組の地上波放送に対する規制、日本映画のCMですら地上波のCMで日本語を流せない、日本語歌謡をフルコーラス流せないなどのテレビ局側の自主規制などの、いくつかの制限は残っている。

日本においてはBoAなどが歌謡界で活躍するほか、韓国TVドラマ『冬のソナタ』がNHKで放送され、40~50歳台の女性を中心としていわゆる「韓流ブーム」が起きたとされている。多くの韓国製のドラマ映画が放送、上映され、韓国芸能人がワイドショーや女性週刊誌などでたびたび取り上げられるなど、報道主導の流行の発生が試みられた。が、2006年には連続ドラマの視聴率低迷による韓国ドラマ枠の廃止。韓国映画の興行収益の悪化のため輸入の激減などがあり、2007年現在では沈静化したと見て良い状況になっているている。

2001年1月、駅のホームから転落した日本人男性を助けようとした2名が共に列車に轢かれて死亡した(新大久保駅乗客転落事故)。この2名のうち1名が韓国人留学生であった。この件を基にした映画『あなたを忘れない』も製作された。

2002年には日韓ワールドカップ=サッカーワールドカップが日本と韓国により共同開催され、日韓国民交流年として850件を超える交流行事が行われた。

近年は日本のアーティストのCDも正式に発売されるようになり、2005年8月には、日本のロックバンドのL'Arc~en~Cielが、公式に大規模なライブを行っている。

国交正常化40周年にあたる2005年には、盧武鉉大統領と小泉純一郎首相の合意の下に「日韓友情年2005」と題し、様々な文化交流行事が行われる予定であったが、韓国の一部の地方自治体が日韓交流行事を中止もしくは延期するケースが出ている。しかし、韓国政府は政治は政治、文化交流は文化交流という方針を打ち出しているが、韓国側の行事は自主的に中止され、日本で行われる行事については、それほど影響を受けていない。

[編集] 文化の関連項目

[編集] 脚注

<references/>

[編集] 関連項目

[編集] 参考書籍

  • 有田伸『韓国の教育と社会階層』(2006年、東京大学出版会
  • 服部民夫『韓国社会と日本社会の変容 ―市民・市民運動・環境』(2005年、慶應義塾大学出版会
  • 深川由紀子『図解韓国のしくみ version2』(2002年、中経出版
  • 小針進『韓国と韓国人』(1999年、平凡社新書)
  • 重村智計『韓国ほど大切な国はない』(1998年、東洋経済新報社
  • 重村智計『韓国人は本当に日本人が嫌いか』(1987年、講談社)
  • 佐藤早苗『誰も書かなかった韓国』(1974年、サンケイ出版

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