隼人塚

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隼人塚(はやとづか)は鹿児島県霧島市隼人町内山田にある国指定史跡

隼人塚の由来は、熊襲の祟り鎮めのため和銅元年(708年)に作ったという説と、養老4年(720年)の隼人の乱における死者の慰霊のために作ったという説がある。しかしながら江戸時代の地誌記録『三国名勝図会』によると隼人塚は国指定史跡隼人塚より約4km北東の国分重久付近にあるとされており、さらに国指定史跡隼人塚から「旧正国寺蔵石仏」(隼人塚史跡館所蔵、鹿児島県指定文化財)と同じ康治元年(1142年)の銘を持つ石仏が出てきたことから、現在の国指定史跡隼人塚平安時代後期に正国寺(廃寺)の前身寺院として作られたという説が有力になっている。ちなみに正国寺は『三国名勝図会』によると尼寺であったとされ、大隅国分尼寺後裔という説もある。

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