軍用手票

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太平洋戦争中、蘭領インドシナで日本軍が使用した1グルデン軍票(1942年)

軍用手票(ぐんようしゅひょう)とは、戦争時において占領地もしくは勢力下にて軍隊が現地からの物資調達及びその他の支払いのために発行される擬似紙幣である。これは軍隊が所属する国家の通貨制度とは分離して使用するためのもので、略して「軍票(ぐんぴょう)」とも呼ばれている。このような制度を用いるのは、自国の通貨を使用すると通貨供給量が激増し、結果的にはインフレーションで経済破綻する恐れがあるほか、敵国に自国通貨が渡ると工作資金になる危険性があるなど、戦略面からの要請があるためである。

通貨のような体裁と流通形態をしていて、商品券のような物と誤解される場合があるが、法律上の扱いは法定通貨でも有価証券でもなく領収書であり、最終的には相手国政府当局に提出して現金化する事が必要である。あくまで物資や労働力などを軍が受領し、軍に対して債権を持つことを証明する領収書に過ぎないので、大蔵大臣日本銀行の許可は要らず、軍が勝手に印刷して流通させることが出来る。そのため、第二次世界大戦では日本軍の各軍団が勝手に軍用手票を乱発して経済的混乱を招く結果となった。 日本円以外にもペソやグルデンなどのさまざまな通貨単位の軍用手票が発行された。中には南方開発金庫などの日本が設立した現地金融機関が発行した場合もあった。


日本においては、西南戦争の際に西郷隆盛が使用した西郷札が軍票の最初であるとされ、その後日清戦争日露戦争などの対外戦争で日本政府が占領地で発行しており、太平洋戦争では中国および東南アジアの占領地各地で現地通貨建てのものが使用された。また戦後沖縄で使用されたB円も軍票の一種といえる。

連合国側も発行していたほか、第二次世界大戦後もアメリカ合衆国が世界各地の米軍基地の兵士の給料として米ドル建ての軍票を、1970年代ごろまで支給し使用していた。

第二次世界大戦中のアメリカではAllied Military Currencyという軍用手票が発行されていた。 第二次世界大戦後からベトナム戦争の終わりまでMilitary Payment Certificates(略称MPC)という米ドル立て軍用手票が発行されベトナムで流通していた。 1990年代になるとアメリカ軍は紙の軍用手票の発行を辞めプリペイドカード方式へと移行した。

[編集] 関連法律

ハーグ陸戦条約第52条に「現品を供給させる場合には、住民に対して即金を支払わなければならない」、「それが出来ない場合には領収書を発行して速やかに支払いを履行すること」と書かれており、この領収書として用いられているのが、軍用手票である。

「軍票による支払等の許可の申請手続に関する省令」により、日本人が日本から外国に対して軍票による支払いを行う場合には、財務大臣の許可を受ける必要がある。現在ではこの手続きはオンラインでも受け付けているが、オンライン申請された実績は無い。

[編集] 軍票問題

日本軍が発行した軍票は、敗戦により紙切れと化した。発行数量が多すぎたため、一部ではインフレで実質的価値が消滅したのもあった。特にインフレが激しかった地域では、タバコの巻紙に軍票が使われたといわれている。軍票に対する日本政府の支払い義務は、連合国がサンフランシスコ講和条約で請求権を放棄したため、消滅したとされている。

しかし、戦後もフィリピン香港で日本軍が発行した軍票に強制的に両替させられた住民による、戦後補償を求める訴えがある。香港では中国中に流通していた日本軍の軍票が一挙に流入させられたため、前述のように強制的に両替させられた住民は大きな経済的損害を受けた。実際に、日本の裁判所で日本政府に対する損失補填を求める民事訴訟が起こされたが、1999年6月17日東京地方裁判所は、当時の国際法で戦争被害に対する個人の損害を補償しないという原則と、軍票を交換する法律が存在しないことを理由に訴えを棄却した。

またフィリピン方面で日本軍が発行した軍票のうち、現存するものの中には日本に補償を求めるスタンプを押したものが存在する。これは軍票所持者から信託を受けた団体が受領書を交付し、団体ではスタンプを押して管理するというものであった。しかし、現在では元の所有者に返され、多くの紙幣収集家の手元に納まっている。

[編集] 外部リンク

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