豊中市
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| 豊中市のデータ | ||
| 国 | 日本 | |
| 地方 | 近畿地方 | |
| 都道府県 | 大阪府 | |
| 団体コード | 27203-5 | |
| 面積 | 36.60km² | |
| 総人口 | 387,334(388,526)▲1,192人 (2006年8月31日(2005年8月31日)増減) | |
| 隣接自治体 | 大阪府:大阪市、吹田市、 池田市、箕面市 兵庫県:尼崎市、伊丹市 | |
| 豊中市役所 | ||
| 所在地 | 〒561-8501 | 大阪府 |
| 豊中市中桜塚三丁目1番1号 | ||
| 電話番号 | 06-6858-2525(代表) くらしのガイド | |
| 外部リンク | 豊中市 | |
| 位置 | </td><td colspan="2" style="border-style: solid none none solid; border-color: #aaa; text-align: right;">||
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大阪都心から15km圏内にあり、大阪都市圏の近郊都市、ベッドタウンとして、昭和30年代から千里ニュータウンの開発が急速に進んだため、下水道などの都市基盤設備(インフラストラクチャー)の整備率は高い。交通面でも、阪急電鉄、北大阪急行電鉄と阪急バスによる公共交通網、中国自動車道 、名神高速道路、阪神高速池田線、新御堂筋をはじめとする幹線道路網、それに市北西部の大阪国際空港(伊丹)の存在など、至便の地である。交通については後述(1)。
概ね、阪急宝塚線の旧豊中エリア、地下鉄御堂筋線の延長である北大阪急行電鉄の千里地区に分けられる。高級住宅地の北部(東豊中・緑丘・上野坂)、中部(曽根・桜塚・長興寺)そして商業地の南部に分かれる。北東部の一角を日本初のニュータウン、千里ニュータウンが占める。
平成13年(2001年)4月1日、「地方分権一括法」によって「特例市」に移行した。
目次 |
[編集] 地理
地形的には北部が高く(千里丘陵に面している)、南部に行くに従って低地(大阪平野に面している)になっている。 古期洪積層で、大阪層群と呼ばれる主に海成の砂礫と粘土の互層からできている。 その西縁部に分布する標高50mから20mにゆるく傾斜した新期洪積層の段丘が豊中台地と呼ばれ、市街地の中心になっている。
大阪国際空港周辺の緩衝緑地帯などを除き、ほぼ市街化しており(都市計画では全域が市街化区域)、大阪府営の服部緑地が、貴重な緑を提供している。市南部では高川、天竺川など天井川が多い。
[編集] 歴史
- 市町村名の由来
- 豊島(てしま)の名が文献にみられるようになったのは和銅5年(712年)太安万侶が撰上した古事記中巻からで、その後、神護景雲3年(769年)称徳天皇が豊島の人15人に姓(カバネ)を賜わった記録が続日本紀にみられる。
- 明治維新を迎え、廃藩置県後、村々の行政機構は改革され、数次にわたる行政区画の編成替えなどが行われた。明治22年4月、地方自治制がしかれ、摂津国豊島郡新免村(てしまぐんしんめんむら)、南轟木村(みなみとどろきむら)、山ノ上村、桜塚村、岡町村の5ヵ村を合併して豊中村が置かれた。「豊中」の地名が生まれたのはこのときで、豊島郡の中央にあることから名付けたと伝えられている。
- 年表
- 和銅5年(712年) 太安万侶が撰上した古事記中巻に『日子八井(ヒコヤヰ)命は、茨田連(まむたのむらじ)、手島連(てしまのむらじ)の祖である。』と手島連(豊島郡の氏族)の名称が出てくる。
- 神護景雲3年(769年) 5月 称徳天皇が豊島の人15人に、姓(カバネ)を授けた(続日本紀)。
- 弘仁6年(815年) 万多親王らが撰進した新撰姓氏録には、当地方の氏族として椋橋部連・天神・服部連・豊島連などの名が記されている。
- 荘園時代には、椋橋荘、原田荘、服部荘などができる。
- 院政期には豊島地方の多くは藤原氏の私領になり、藤原氏の氏神春日神社とも密接に結ばれた。
- 寿永2年(1183年) 源平合戦のとき、氏長者の近衛基通から春日神社へ寄進され、豊島郡は垂水西牧と呼ばれ、荘園の崩壊後も永く続いた。
- 承久3年(1221年) 5月 摂津国長江荘と椋橋荘の地頭が白拍子亀菊の領地を横領し、これがきっかけとなって後鳥羽上皇と鎌倉幕府の間に溝ができ、承久の乱が起こった(吾妻鏡、承久記(承久軍物語))。
- 建武3年(1336年) 2月6日 南北朝時代に北畠顕家、新田義貞らは摂津国豊島河原において足利尊氏との合戦が展開される(太平記)。
- 寛正2年(1461年) 6月 久米井用水をめぐって、原田郷と川辺郡田能村との間に相論が行われ、原田郷の勝訴となった。
- 1467年~1477年 応仁の乱には、豊中市域も戦乱のちまたになった。椋橋城などはその代表的なもので、東西両軍が秘術をつくした記録が数多く見られる。
- 戦国時代には刀根山城・勝部城・原田城・西市場城・今在家城・穂積堡など、地主、土豪が相次いで居城を築いたが徐々に姿を消す。
- 天正元年(1573年) 織田信長からその才を認められて荒木村重が摂津一国を与えられる。
- 天正6年(1578年) 11月 荒木村重が織田信長に謀叛をおこす。信長は刀根山城に拠る。
- 天正7年(1579年) 6月 信長に攻められ、伊丹城落城。村重は転々と居城を逃げ回る。
- 寛永3年(1626年) 上新田・下新田の開発が行われる。
- 江戸時代には大名青木氏(1万石)が麻田城を築いて政治を行った。上新田は淀藩の領地、桜井谷には安部藩の陣屋、その他に一橋藩領、保科藩領や代官支配地、公家領、旗本領、天領などが入り組んだ。これは徳川幕府が「入組支配」を行い、統一のないものにするための政策で、このため明治維新後も府県、郡村の離合集散が重ねられた。
- 元禄14年(1701年) 7月 岡町の4料理屋が多くの遊女をおいたので、年寄が差し止めた。
- 文政13年(1830年) 8月 阿波から始まった御蔭踊りの狂乱が、河内、大和、摂津の村から村へと伝わった。
- 慶応3年(1867年) 12月 豊中の各地に社寺のお礼が降った。
- 明治22年(1889年) 4月 町村制施行のとき新免村、南轟木村、山ノ上村、桜塚村、岡町村が合併し、豊島郡豊中村となる。人口2,267人。
- 明治29年(1896年) 4月 豊島郡と能勢郡の合併により、豊能郡豊中村となる。
- 明治43年(1910年) 2月 箕面有馬電気軌道(現阪急電鉄宝塚線)の開通。これを機に急激に発展する。
- 大正 2年(1913年) 5月1日 豊中グラウンド(豊中球場)が開設される。
- 大正 4年(1915年) 8月18日 第1回 全国中等学校優勝野球大会が豊中グラウンド(豊中球場)で行われる。
- 大正 8年(1919年) 10月 待兼山に府立大阪医科大学本科が設置される。
- 昭和 2年(1927年) 4月 町制施行。
- 昭和 4年(1929年) 十三-池田間に阪神合同バス(現阪急バス)が運転を開始する。
- 昭和 5年(1930年) 4月 岡町に豊中郵便局が開局する。
- 昭和 8年(1933年)10月 豊中町に都市計画法が適用される。
- 昭和11年(1936年)10月15日 豊中町、麻田村、桜井谷村、熊野田村が合併し、同時に市制を施行して豊中市となる。人口38,770人、世帯数7,977世帯。府下で4番目の市制施行(大阪府建制番号4)行政区域面積18.18Km²。
- 昭和13年(1938年) 8月 市役所旧庁舎落成。9月 市広報創刊。
- 昭和14年(1939年) 3月 市章制定。
- 昭和14年(1939年) 9月 庄内村が町制を施行し、庄内町となる。
- 昭和19年(1944年) 3月 市立豊中病院開設。
- 昭和21年(1946年) 10月 市制施行10周年を記念して、豊中市歌を公募。
- 昭和22年(1947年) 2月 自治体警察として豊中市警察署が発足。
- 昭和22年(1947年) 3月15日 中豊島村、南豊島村小曽根村を編入。人口76,314人、世帯数18,020世帯。行政区域面積28.14Km²。
- 昭和22年(1947年) 4月 教育制度の改革により第一、第二、第三中学校を開設。
- 昭和23年(1948年) 2月 豊中市消防本部及び豊中消防署が設置。
- 昭和24年(1949年) 4月 市議会事務局設置。
- 昭和26年(1951年)12月 広報「とよなか」創刊。
- 昭和28年(1953年) 7月1日 三島郡新田村大字上新田を編入。人口100,631人、世帯数22,484世帯。行政区域面積32.36Km²。
- 昭和30年(1955年) 1月1日 豊能郡庄内町を編入、現市域となる。人口127,678人、世帯数29,251世帯。行政区域面積36.60Km²。
- 昭和33年(1958年) 3月 米軍伊丹基地が返還され、大阪空港開港。
- 昭和33年(1958年) 5月 千里ニュータウン開発を決定。
- 昭和33年(1958年) 9月26日 関西最初のスーパーマーケット「山二ストアー」が庄内(旧三屋)に開設される。売り場面積は450m²。
- 昭和34年(1959年) 7月 大阪国際空港が第一種空港の指定を受ける。
- 昭和36年(1961年) 1月 住民登録人口20万人。
- 昭和36年(1961年) 7月 千里ニュータウン起工式。
- 昭和37年(1962年) 5月2日 市役所庁舎(現第一庁舎)完成(落成式)。
- 昭和38年(1963年)10月 サンマテオ市と姉妹都市提携の調印式が行われる。
- 昭和39年(1964年) 1月 住民登録人口25万人。
- 昭和41年(1966年) 2月 住民登録人口30万人。
- 昭和41年(1966年) 4月 千里ニュータウン構想に基づき新千里北町が完成。
- 昭和41年(1966年)10月 市制施行30周年、キンモクセイ、バラが豊中市の木と花に決まる。
- 昭和44年(1969年) 5月 猪名川ショートカット完工。
- 昭和45年(1970年) 3月 日本万国博覧会開催(~9月)。北大阪急行開通。
- 昭和45年(1970年) 9月 千里中央駅開業(北大阪急行電鉄)。
- 昭和45年(1970年) 9月 千里川ショートカット完工。
- 昭和48年(1973年) 4月1日 豊中市の電話市外局番を「06」に統一。
- 昭和48年(1973年) 11月1日 オイルショックの時に千里ニュータウンのトイレットペーパー騒動が全国に広がる。
- 昭和49年(1974年) 11月3日 沖縄県沖縄市と兄弟都市宣言。
- 昭和52年(1977年) 4月 人口40万人を超える。
- 平成2年(1990年) 6月 大阪モノレールが営業開始。
- 平成4年(1992年) 11月 豊中市役所第二庁舎が完成。
- 平成7年(1995年) 1月 阪神淡路大震災で南部を中心に甚大な被害を受ける 9名死亡
- 平成9年(1997年) 11月 柴原町に新市立豊中病院オープン。
- 平成13年(2001年) 4月 豊中市が特例市に移行。
[編集] 行政
[編集] 歴代市長
| 在職期間 | 氏名 | 就任回数 |
|---|---|---|
| 昭和12年3月16日 ~昭和15年9月28日 | おくむら やすすけ 奥村 泰助 | 2期 |
| 昭和15年10月19日 ~昭和20年12月28日 | なかがわ たねじろう 中川 種治郎 | 2期 |
| 昭和21年6月14日 ~昭和21年11月13日 | たなか よしはる 田中 嘉治 | 1期 |
| 昭和22年4月6日 ~昭和26年4月4日 | ふじい こうたろう 藤井 廣太郎 | 1期 |
| 昭和26年4月25日 ~昭和30年4月14日 | つかもと しげぞう 塚本 重蔵 | 1期 |
| 昭和30年5月2日 ~昭和41年3月27日 | ふじと たすく 藤戸 翼 | 3期 |
| 昭和41年5月15日 ~昭和49年5月14日 | たけうち よしはる 竹内 義治 | 2期 |
| 昭和49年5月15日 ~平成2年5月14日 | しもむら てるお 下村 輝雄 | 4期 |
| 平成2年5月15日 ~平成10年5月14日 | はやし みのる 林 實 | 2期 |
| 平成10年5月15日 ~平成18年5月14日 | いっしき さだてる 一色 貞輝 | 2期 |
| 平成18年5月15日 ~ | あさり けいいちろう 淺利 敬一郎 | 1期目 |
[編集] 市章
市章のイメージ
一般公募1707点の中から選ばれ、昭和14年(1939年)3月30日に制定された。
図案化した豊中(トヨナカ)の頭文字「ト」を4個組みあわせて「トヨ(豊)」ともじり、全体の形を「中」と見たてて、「豊中(トヨ中)」とした。
4つの突起は、豊中市が四方八方に発展することを象徴している。
[編集] 行政機構
[編集] 市役所出張所・サービスコーナー
- 庄内出張所
- 新千里出張所
- 庄内市民サービスコーナー
- 利倉西市民サービスコーナー
- 豊中市民サービスコーナー
- 服部市民サービスコーナー
- 螢池市民サービスコーナー
- 桃山台市民サービスコーナー
[編集] 議会
[編集] 市議会
定数は36人。
[編集] 構成
| 会派 | 議席数 |
|---|---|
| 公明党 | 10 |
| 日本共産党 | 7 |
| 新政とよなか | 5 |
| 市民クラブ | 4 |
| 自民党 | 4 |
| ネクスト豊中 | 3 |
| 無所属 | 3 |
[編集] 産業
昭和30年代前半には、市街地面積が2割、農地・山林が7割程度であったが、千里ニュータウンの開発とともに急激に人口が増加し、現在では、市街地が7割以上、農地・山林は5%以下と大幅に低下している。 そのため、産業は、急激な人口の増加にともなって、主に商業、サービスを中心として発展してきた。 現在では、バブル期以降の地価の下落とともにマンションの建設が増えてきているが、人口も就業者数も安定からやや減少の傾向を示している(特に1995年の阪神・淡路大震災により南部地区を中心に被災したことから人口が減少に転じた)。 阪神間の工業地帯に隣接し、交通の便などの立地条件が良いため、南部には一定製造業も集積している。 近年は、大阪大学(医学部・工学部等は吹田キャンパス)や彩都(国際文化公園都市)に近いこともあり、情報やライフサイエンス関係の産業も若干みられるようになってきた。
[編集] 電話市外局番
大阪府豊中市(庄内地区を除く)及び吹田市(旧新田村に限る)の市外局番は昭和48年3月31日まで068だったが、局番変更が下記のように行われた。いずれも平成11年1月1日に市内局番が4桁化されている。
- 06-391~393、398-FGHJ→06-331~333、334-FGHJ→06-6331~6336-FGHJ
- (但し神崎川以北の豊中市域が対象。豊中庄内局完成による。6335、6336は06化以降に新たに追加された。6398局は現在は大阪市淀川区(大阪三国局)内で再割り当てされている)
- 068-31~33-FGHJ→06-831~833-FGHJ→06-6831~6837-FGHJ
- (6834~6837は06化以降に新たに追加された)
- 068-41、43、44-FGHJ→06-841、843、844-FGHJ→06-6840~6846、6848~6850-FGHJ
- (6840、6842、6845、6846、6848~6850は3桁時代に新たに追加された)
- 068-52~55-FGHJ→06-852~855-FGHJ→06-6852~6858-FGHJ
- (6856~6858は06化以降に新たに追加された)
- 068-62~64-FGHJ→06-862~864-FGHJ→06-6862~6868-FGHJ
- (6865~6868は06化以降に新たに追加された)
- 068-71~73、75~78-FGHJ→06-871~873、875~878-FGHJ→06-6871~6873、6875~6879-FGHJ
- (6879は06化以降に新たに追加された)
[編集] 姉妹都市・提携都市
[編集] 国内
[編集] 海外
[編集] 地域
[編集] 教育
[編集] 小学校(公立)
[編集] 中学校(公立)
[編集] 高等学校(公立)
[編集] 私立学校
- 私立大商学園高等学校
- 私立学校法人履正社
- 私立梅花学園
- 梅花幼稚園
- 梅花中学校・高等学校
- 私立箕面自由学園
[編集] 養護学校
[編集] 大学
[編集] 公共施設
[編集] 体育施設
- 豊中ローズ球場
[編集] 隣接している自治体
[編集] 交通
[編集] 鉄道路線
市西部を南北に結ぶ阪急宝塚本線、東部(吹田市との境界付近)を南北に結ぶ北大阪急行電鉄があり、拠点間を阪急バスが結ぶネットワークが形成されている。市北部を大阪高速鉄道(大阪モノレール)が東西方向に結んでおり、大阪国際空港や千里中央にも至っている。広域的には東海道・山陽新幹線の新大阪駅(大阪市淀川区)からも近く、交通至便の地である。
- 代表駅:豊中駅
- 阪急電鉄
- 北大阪急行電鉄
- 南北線 緑地公園駅 - 桃山台駅(吹田市) - 千里中央駅
- 緑地公園駅は府営服部緑地公園への最寄り駅であるが、駅東側の商業施設が吹田市にもまたがるなど、境界にも近いので、吹田市西部の住民も利用する。
- 桃山台駅の駅施設は完全に吹田市内に位置しているが、北端と西端とは豊中市との境界に接しているため、豊中市北東部の住民の利用も多い。駅の西にあるバスターミナル=吹田市=は、かつて両市の境界錯雑地であった。また、北大阪急行が経営する駅西の商業施設「アザール桃山台」=吹田市=の2階には、豊中市役所のサービスコーナーがある(アザールに対面している道路が市境であり、道路を渡れば豊中市である)。→外部リンク・アザール桃山台
- 千里中央駅は箕面市との境界にも近く、豊中市側の商業施設に連続して、市境を越えた箕面市側には「船場繊維団地」が成立している。
- 南北線 緑地公園駅 - 桃山台駅(吹田市) - 千里中央駅
- 大阪高速鉄道
-
- 大阪空港駅は、かつて国際空港だった伊丹空港への最寄り駅である。
- 蛍池駅は、阪急宝塚線との結節点であり、伊丹空港-大阪市内への鉄道最短ルートを形成する。最近は、阪急宝塚線の急行も停車するようになり(特急と通勤急行は通過)、利便性が向上している。
- 柴原駅は、市立豊中病院(1997年、阪急豊中駅南東より移転)や、大阪大学豊中キャンパス(法学部、理学部、基礎工学部など)の最寄り駅となる。
- 少路駅は、豊中市医療保健センター(医師会、歯科医師会、薬剤師会の合同会館、市の休日急患診療の拠点)、在大阪ロシア連邦総領事館や、創価学会関西戸田記念講堂に近い。また、この駅の西方の少路北交差点から箕面市境(箕面高校の南)付近までの府道43号豊中亀岡線(新道、旧称は市道曽根箕面線)はロマンチック街道と呼ばれる人気エリアになっている。
- 千里中央駅からは、北大阪急行電鉄-大阪市営地下鉄御堂筋線の直通ルートが、新大阪駅(東海道・山陽新幹線)、梅田駅(阪急、阪神)、淀屋橋駅(京阪)、難波駅(近鉄=難波・奈良線=、南海)、天王寺駅(近鉄南大阪線大阪阿部野橋駅)、中百舌鳥駅(南海高野線、泉北高速鉄道)といった主要な鉄道結節点を結んでいる。
[編集] バス
-
- 大阪空港~宮川原橋 間が豊中市域になる。
- 23系統(クリーンスポーツランド前~神津~JR伊丹・阪急伊丹 間)
- 豊中市域はクリーンスポーツランド前のみ。
[編集] 道路
大阪高速鉄道に沿う大阪府道2号大阪中央環状線及び中国自動車道、阪急宝塚線に沿う国道176号、その西を並走する大阪府道10号大阪池田線及び阪神高速道路11号池田線、北大阪急行電鉄に沿う国道423号(新御堂筋)、南部を東西に貫く国道479号及び名神高速道路が幹線道路網を形成する。一方で大阪府道145号をはじめ市南部を東西に結ぶ支線道路には、未だ2車線以下で歩道も無いものが多く、いつもクルマであふれ返っている。また路上駐車も、大阪市と同じく深刻な現状にある。
[編集] 高速道路
[編集] 一般国道
[編集] 主要府道
[編集] 一般府道
[編集] 空港
- 大阪国際空港
- 関西国際空港が出来てから、一時、相対的に地位が下がったが、大阪都心から10km圏内の地の利の良さが見直され、関西国際空港から、国内線の主要路線が移転。再び、国内線の主要空港となっている。空港敷地の大部分が兵庫県伊丹市にあることから、伊丹空港とも呼ばれているが旅客ターミナルは豊中市にある(豊中市蛍池西町)。
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
- 大阪府立服部緑地公園
- マチカネワニ 待兼山も参照。阪大とマチカネワニ
- 待兼山古墳、石塚古墳、稲荷山古墳、高塚古墳、桜塚古墳群
- 大阪大学総合学術博物館(大阪大学豊中キャンパス内)
- 高校ラグビー・高校サッカー発祥の地
- 夏の全国高等野球大会発祥の地
- 全国中等学校優勝野球大会(現・全国高等学校野球選手権大会)の第1回と第2回は、現在の豊中市玉井町3丁目付近で開催された。グラウンドは現存せず、モニュメントが設置されている。
- 夏の全国高校野球大会発祥の地
- 豊中グランド跡地のレリーフ
- とよなか百景
- 服部天神宮(豊中えびす)
- 大阪国際空港
- 伊丹スカイパーク
- 東光院 萩の寺 - 新西国三十三箇所観音霊場第12番
- 桜塚古墳群 (大阪府)
[編集] 豊中グランド跡地の記念公園
[編集] 出身有名人
- 新宮晋(アーティスト:動く立体造形)
- 遠藤章造(お笑い芸人、ココリコ)
- 田中直樹(お笑い芸人、ココリコ)
- 長江健次(タレント・スノーボードインストラクター)
- 中田なおき(お笑い芸人)
- 大平サブロー(タレント、お笑い芸人)
- 藤井隆(お笑い芸人、吉本新喜劇)
- 矢井田瞳(シンガーソングライター)
- 松本孝弘(ミュージシャン、B'z)
- 手塚治虫(漫画家・「鉄腕アトム」「火の鳥」などの原作者)
- 堤抄子(漫画家)
- 新谷かおる(漫画家・アニメ「エリア88」の原作者)
- 河井リツ子(漫画家・アニメ「とっとこハム太郎」の原作者)
- 田中寅彦(将棋棋士、元棋聖)
- 峠三吉(詩人・詩碑冒頭部『にんげんをかえせ』のくだりは著名)
- 生後間もなく広島に移住・28歳で被爆、平和公園内に件の詩碑が建立された
- 大黒将志(サッカー選手、イタリア・トリノ)
- 村井嘉浩(宮城県知事)
- 清水章夫(プロ野球選手、オリックス・バファローズ)
- 藤岡好明(プロ野球選手、福岡ソフトバンクホークス)
- 山井大介(プロ野球選手、中日ドラゴンズ)
- 元木大介(元プロ野球選手、元読売ジャイアンツ)
- 宝生舞(女優)
- 大西結花(女優、元アイドル歌手)
- 辻岡正人(映画監督・俳優)
- 田中裕子(女優)
- 竹内都子(お笑い芸人、女優、ピンクの電話)
- 木南晴夏(女優)
- 加藤成亮(俳優、NEWS)
- 浜中文一(アイドル歌手、関西ジャニーズJr.)
- 山下風雅(アイドル歌手、関西ジャニーズJr.)
- 山碕薫太(アイドル歌手、関西ジャニーズJr.)
- 岡俊祐(アイドル歌手、関西ジャニーズJr.)
- 真矢みき(女優、元宝塚歌劇団)
- 紺野まひる(女優、元宝塚歌劇団)
- 谷嵜なおき(プロレスラー)
- NAOKI(コナミデジタルエンタテインメント専属コンポーザー)
- 森大輔(シンガーソングライター)
- 佐藤直丸 (アーティスト)
- 源石和輝(東海ラジオアナウンサー)
[編集] 歌枕 待兼山(まちかねやま)
待ちくれて、うつつに見えし、おもかげの、夢もつれなき、山風の音
名の起こり:ある娘が会いに来ない恋人を待ちかねて詠った歌より
- 「 山は 小倉山。鹿背山。三笠山。このくれ山。いりたち山。忘れずの山。末の松山。かたさり山こそ、いかならむとをかしけれ。いつはた山。かへる山。後瀬の山。朝倉山、よそに見るぞをかしき。おほひれ山もをかし。臨時の祭の舞人などの思ひ出でらるるなるべし。三輪の山、をかし。手向山。待ちかね山。たまさか山。耳成山。 」(枕草子)
- 「津の国の待兼山のよぶこ鳥なけど今来(いまく)といふ人もなし」(古今和歌六帖)
- 「こぬ人をまちかね山のよぶこ鳥おなじ心にあはれとぞきく」(肥後[詞花])
- 「夜をかさねまちかね山の時鳥雲井のよそに一声ぞきく」(周防内侍[新古今])
- 「明くるまで待ちかね山の時鳥けふもきかでやくれんとすらむ」(藤原顕綱[続後拾遺])
[編集] 万葉集 島熊山(しまくまやま)
万葉集12巻、3193番
玉勝間 嶋熊山之 夕晩 獨可君之 山道将越
[一云 暮霧尓 長戀為乍 寐不勝可母]
玉かつま、島熊山の夕暮れに、ひとりが君か山路越ゆらむ [夕霧に、長恋しつつ 寝ねかてぬかも]
たまかつま しまくまやまの ゆふぐれに ひとりかきみが やまぢこゆらむ [ゆふぎりに ながこひしつつ いねかてぬかも]
島熊山の夕暮れに、一人で君が山路を越えるであろうか。 [一に言う、夕霧に、長恋と恋思って寝られぬことかな]
千里丘陵の高峰として知られた島熊山(132m)は万葉集にも詠まれ、昭和37年に豊中市緑丘2丁目に建てられた豊中不動尊境内にこの歌碑が建てられている。
「摂津名所図絵」(1800年)に 「島熊山 熊野田村の北にあり 一名鬼ヶ嶽