親日派
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親日派(しんにちは)とは、外国において、日本国や日本人に好意的な印象を持つ外国人からなる派を指す。
一方、大韓民国(韓国)、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)、中華人民共和国<ref name="shibunjinmin">人民日報2006年05月16日</ref>、そして一部の華僑などにおいては、場合によって強い非難の言葉として用いられることがある。
「日本に対して好意を持つ人」という本来の意味での「親日派」は、韓国と北朝鮮の場合、日本を深く理解する人と一緒に「知日派」としてひとまとめに呼ぶ。ただし「知日派」という語の発生起源が日本なのか朝鮮なのかは定かではない。中華人民共和国、中華民国(台湾)、そして華語文化圏では「哈日族」(ハーリィズゥ)と呼ぶがこれは日本文化に心酔している人間にも使われる<ref name="wiki">韓国語版WIKI 『[친일파]』を参照</ref>。
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[編集] 韓国における親日派
韓国で用いられる親日派(チニルパ)という用語は本来、1945年までに日本の植民地支配に協力した者をさしており、「日本に好意を持つ者」を意味していなかった。現在のように「植民地支配の肯定面を強調して述べる者」を指弾して言うための言葉でもなく、そのような用例も非常に少ない<ref>。金鐘泌は植民地支配による近代化論について指弾されたが、狭義の「親日派」とも疑う声もあったため、21世紀に入ってからの現象とは異質である。</ref>「親日派」の語義は非常に狭く限定されていたため日本語話者が「親日派」という漢字語から感じる意味合いとは大いに異なっている。「親日派研究」として李光洙等の研究が本格化するのは1990年代に入ってからである。
その後、「親日派」の語は用いられ方が拡散し、21世紀に入ってからは「日本による植民地支配の肯定面」を述べる者にも援用されたり、発言者自身が「親日派」を自称するケースが出るなどしている。親日派を自称する背景には、日本を好いているのではなく、自国の政策への批判と皮肉を表している場合も多い。中国語では「漢奸」と呼ばれる“売国奴”相当。
現在の日本に好感をいだいている、あるいは親しみを感じているという人は、少なからずいるとされ、日韓関係の改善により年を経るごとに増加中であるとされてきたが、現在では減少しているとの統計もある。<ref name="shibun2"> 韓国有力新聞中央日報調査による。 周辺5カ国で好きな国(2006-05-18) 。この調査では好きな国を一つしか挙げられないため、広義的な意味では、知日派はこれよりも多いと予想される。</ref>。 日本に好感を持つこと自体がタブー視されてはいないが、このような人たちは、「知日派」と呼ばれる<ref name="shinbun4">。日本を知る者という意味で使用される。 韓日戦、知日派選手の活躍に期待(2003.04.15) 外国人による日本語弁論大会 (第38回)でのスピーチ『隣の韓国人』を発表したリ・サンラク(李 尚洛)のスピーチでも知日派という使用がみられる。 </ref> </p>
親日派の派生として、「下半身親日」という言葉がある[要出典]。日本のアダルトビデオやAV女優にどっぷり浸かっていながら、口では反日を唱える韓国人のことを皮肉をこめてそう呼ぶ。彼らの存在は、文化交流が反日を鎮めるというよく言われる言説に疑問を投げかけている。
2004年3月2日には、それまで何度も不成立となった親日反民族特別法が成立し、日本ではネットの嫌韓派を中心とした勢力がこれを冷ややかに受け止めているが、これを過去精算の一環として支持するもの、または傍観するものなどもおり反応は様々である。
歴史的な人物に関しては李完用や、洪思翊中将などが親日派として有名である<ref name="chinil-1"> 以下の新聞記事による。
- 親日派名簿を公開 朴元大統領ら第1次3090人 (Worldtimes 2005/08/29)
しかし判定方法には以下の新聞記事によればいい加減な方法であるとの指摘もある。
- 親日派名簿 , 彼らばかりの宴(朝鮮日報 韓国語版 2005/08/19)
</ref>。 この法律に対して韓国のメディア(2005年4月19日の朝鮮日報)などから事後法ではないかとの批判が有る。「親日派」というのはほぼ市民権の剥奪に近いため、この法が適用される対象となる個人に対しては韓国国民も同情的である。経済に疎く、人気取り以外に威信浮揚の手段が無い盧武鉉政権の無為無策を覆い隠す為の施策という意見も強い。
また、2005年には親日派に認定された人物が植民地支配への協力によって『不正に』入手した財産を没収するための「親日反民族行為者財産帰属特別法」が成立している。これら親日派と認定された人物はそのほとんどが死去しており、実際にはその子孫からの財産没収となる。そのため、財産権の侵害や親族への連座制ではないかとの指摘もある。実質的には明らかに没収という刑事罰的内容を含んだ「事後法」であり、政府による弾圧ではないかと非難する意見も多い。背景には韓国の植民地政府協力者が軍政下で(時に過剰な)反日感情を煽ると同時に、政治的には日本の右翼・保守と協力していた(せざるを得なかった)例が少なくないという事があり[要出典]、解放後大韓民国の政治状況を象徴している。
『親日派のための弁明』を書き猛烈な非難を国中から浴びた上に名誉毀損と外患煽動の容疑で告訴され一時逮捕された金完燮や、『殴り殺される覚悟で書いた親日宣言』で番組降板の憂き目に遭った趙英男<ref>産経新聞による記事捏造と主張。朝鮮日報「発言の内容が歪曲された」参照。</ref>のように「親日派」を自ら名乗る者も現れた。これらの現象からも、「親日派」の指す意味あいが変化していることがわかる。つまるところ、左記のように親日派であるのを理由として迫害を受ける傾向にある。
2005年8月には、韓国の民間団体民族問題研究所とその傘下の親日人名辞典編纂委員会が独自に認定した日本統治時代の親日家3,090人の実名を記したリスト本が出版され<ref name="chinil-3"> 以下の新聞記事による。
- 親日派名簿を公開 朴元大統領ら第1次3090人 (Worldtimes 2005/08/29)
- 制憲議員過半が親日4,000人を 含む (京郷新聞 2005/07/06)
</ref>、このリストの中には大韓民国陸軍参謀総長、韓国首相、国会議長をつとめた丁一権、大韓民国軍初の大将白善燁、東亜日報の創立者金性洙、朝鮮日報の社長だった方應謨、大韓民国大統領朴正熙、太極旗を考案した李氏朝鮮の政治家朴泳孝、現行の1万ウォン札に使われている世宗の肖像画を描いた韓国画壇の巨匠、金基昶などが含まれており、実名を公表された人物や遺族から反発を受けている。
政府レベルとしては2006年12月6日、親日反民族真相糾明委員会が106人を記した名簿を確定し、2007年5月2日に日本の植民地統治に協力した「親日派」9人について、その子孫らが所有する土地などの財産(時価36億ウォン相当/日本円にして約4億8000万円)を没収することを決定した。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献及び外部リンク
- 韓国語・辞書にない俗語慣用表現 (著 チョ・ヒチョル)(白帝社) ISBN 4891745916
- 哈日族
[編集] 脚注
<references />
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