西田修平

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男子 陸上競技
1932 棒高跳び
1936 棒高跳び

西田 修平(にしだ しゅうへい、1910年3月21日 - 1997年4月13日)は、日本の陸上競技選手である。那智村(和歌山県那智勝浦町)出身。ベルリンオリンピック銀メダリスト。早稲田大学卒業。

[編集] 略歴

和歌山中学校(現在の和歌山県立桐蔭高等学校)卒業後、織田幹雄に感化されて早大理工科に進学。棒高跳びのエキスパートとして知られ、在学中にロサンゼルスオリンピックに出場。銀メダルを得た。卒業後は日立製作所に入社。ベルリンオリンピックでは大江季雄と2・3位を分け合い、帰国後にお互いのメダルを切断して「友情のメダル」を作成したことはつとに有名。このエピソードは、道徳の教科書に掲載されたこともある。ベルリンオリンピックでの勇姿はレニ・リーフェンシュタールによる記録映画『オリンピア』にも収録されているが、実際の競技が夜にまで及び撮影ができず、後に撮影しなおしたものである。競技生活を終えた後も審判・監督職で活躍し、1959年には、日本陸上競技連盟理事長に就任した(後に日本陸上競技連盟名誉副会長に)。日本オリンピック委員会委員としては、1980年5月24日「モスクワオリンピック」参加不参加を問うJOC総会の投票で不参加に投票した。1989年には日本オリンピック委員会よりオリンピック・オーダー銀賞を受賞した。1997年4月13日心不全のため死去。87才。現在も「西田修平・高橋公一記念国際室内棒高跳競技大会」が毎年開催されている。

[編集] 外部リンク

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