西武百貨店

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

株式会社西武百貨店
The Seibu Department Stores,Ltd.
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 171-8569
東京都豊島区南池袋1-28-1
電話番号 03-3981-0111
設立 1940年
業種 小売業
事業内容 百貨店業
代表者 代表取締役社長 大崎文明
資本金 60億円
売上高 4761億4300万円(2006年2月期)
従業員数 2451人(2006年2月28日現在)
決算期 毎年2月末
主要株主 ミレニアムリテイリング100%
関係する人物 堤清二
外部リンク http://www.seibu.co.jp/
西武百貨店・池袋本店(東京・池袋)(2006年5月撮影 )

株式会社西武百貨店せいぶひゃっかてん、The Seibu Depertment Stores,Ltd.)は、日本の百貨店の一つ。かつてのセゾングループ。現在は、そごうと共同のミレニアムリテイリンググループであり、セブン&アイ・ホールディングス傘下。本店は東京都豊島区南池袋1丁目28番1号。

目次

[編集] 概要

1940年に、西武鉄道の前身である武蔵野鉄道が、京浜電気鉄道系列の菊屋デパート(京浜デパート)池袋支店を買収し、武蔵野食糧を開設。終戦を迎えるも空襲で池袋は消失。1947年、帝都百貨店の吸収を行い武蔵野デパートと改称。1949年西武百貨店と改称した。1950年代前半に順次増改築が進み、関東初の大規模なターミナル型デパートとなる。

1955年堤清二が取締役店長に就任。父・堤康次郎は政治家になって実業を離れていたが、鉄道・流通一体となった「西武企業グループ」の全国展開を目論みいまだ手腕を振るっていた。しかし、父の死後は相続問題により「西武鉄道グループ」と「西武流通グループ」に分裂(1971年)。安定基盤である鉄道や不動産を失ったことで、流通グループは<西武>を名乗りながらも、いわば単独の道を歩み始める。こうした背景のもと、増田通二が開発した渋谷パルコの成功にヒントを得た「文化戦略」を打ち出し、「西武セゾングループ」と改称してからは急成長を遂げる。地方百貨店との提携店や、西友運営の西武店(LIVINの項目参照)などで店舗網を増やし、もはや西武沿線やコクド(現・プリンスホテル)の拠点を抜け出し、全国制覇が実現した。さらに<西武>を廃し「セゾングループ」と改称、独立色はより鮮明となった。

[編集] 日本一オシャレな百貨店へ

辻井喬のペンネームで小説家でもある堤清二は、日本でいち早く欧米の高級ブランドエルメスラルフローレンなどを西武百貨店に取り入れ、日本一ブランド力のあるオシャレな百貨店に成長させた。

また、パルコロフト無印良品コンラン卿と提携したハビタ館、WAVEリブロなどの異業態を作り、銀座セゾン劇場、渋谷パルコ劇場、セゾン美術館、パルコ出版などメセナ・文化事業も幅広く手掛けた。

中でも旗艦店の池袋店は、数多くの文化施設から次々に新鮮な企画が打ち出された。新進作家の小物を展示即売するクリエイターズスペース、ビデオ・舞踏・落語などのイベントが行われたスタジオ200、ソフトが豊富だったビデオポート、ビデオ制作のスタジオテック、出張撮影が依頼できるキネテック、貴重盤の多いディスクポート、演劇ショップのワイズフールなど、それは、セゾン文化と呼ばれ一世を風靡し、西武百貨店のブランド力を益々強固なものにすることに貢献した。

[編集] 国内2位の百貨店グループから日本最大の流通グループへ

1992年、和田繁明が会長に就任。カリスマ堤清二のもと管理機能が不在となり、あらゆる弊害が顕在化している現状を痛烈に批判した『西武百貨店白書』を公表。この中で「百貨店は構造不況」だと指摘している。

バブル崩壊に伴う過去の不動産への過剰投資が重荷となり、パルコ等セゾン文化の中で養われた独自ブランドを手放し、更に最大の収益力を誇る池袋本店を不動産投資信託化して一千億以上の資金を調達するなどして再建に取り組んだ。この手腕が買われ、2000年民事再生法の適用を申請し経営破たんしたそごうの社長に和田が抜擢された。和田は、西武百貨店の経営手法を多く取り入れる手法で(しかし、西武百貨店とそごうとの資本提携は行わずに)そごうの経営再建を進めた。このことが、図らずも、のちに西武百貨店とそごうが経営統合するにいたる大きなきっかけとなった。

西武百貨店の再建に明るい兆しが見えて来た所で、セゾングループの経営危機が表面化。傘下にあった西武百貨店にも経営不安がささやかれた。このとき、西武百貨店を救済したのが、西武百貨店の経営手法を取り入れて経営再建したばかりのそごうを傘下に収めていた「株式会社十合」であった。2003年から2004年にかけて十合が西武百貨店の第三者割当増資を段階的に引き受け、さらに株式交換を行う形で、西武百貨店を完全子会社化した結果、そごうと西武百貨店の経営統合が実現した。なお、その過程の2003年6月1日に、株式会社十合はミレニアムリテイリングに商号変更し持株会社となっている。高島屋に次ぐ国内2位の巨大百貨店グループが誕生することになったこの経営統合が、双方ののれん(屋号)を維持しながら経営の合理化を実現した点で、のちに行われた大手百貨店どうしの経営統合に少なからず影響を与えている。

その後、再建を確かなものとするために野村証券グループなどを引受先とする増資を行い、連結子会社として株式上場を目指していたが、野村プリンシパルファンドと西武百貨店の間で上場時期を巡る意見の対立が顕在化したことに加え、敵対的買収防衛策の観点から、ミレニアムリテイリンググループはセブン&アイ・ホールディングスの傘下入りを決めた。その結果、かつてのセゾングループに匹敵する、国内最大の流通グループが誕生した。

なお、関西地区の西武百貨店は1976年(昭和51年)に開店した大津店を皮切りに西武百貨店関西によって運営されていたが、業績不振により西武百貨店(本社)へと統合された。しかし、その後も関西地区での業績は伸びず、関西の西武百貨店のシンボル的存在でイトマン事件の舞台になった「つかしん(塚新)店」(尼崎市1985年開店)が2004年5月9日に閉鎖される遠因ともなった。

[編集] 店舗

沼津西武

[編集] かつてあった店舗

とでん西武

西武百貨店が運営していたことのある店舗。西友が運営していた店舗はLIVINの項目を参照のこと。

[編集] 計画のみで出店に至らなかった店舗

[編集] セゾンカードの勧誘

  • クレディセゾンはセゾンカードを発行している。
  • とかく西武に限らずクレジットカードの勧誘合戦がスーパー・百貨店を問わず激しいものになっているが、とくに西武の勧誘がしつこいとの批判の声が上がっていたことがあるといわれる。具体例では「通路を歩いていたら声をかけられ、断ってもなかなか引き下がらない」「クラブオンカードのポイントを買物券へ引き換える際に担当者から切り替えをしつこく迫られた」などである。
 この記事は、中立的な観点に基づく疑問が提出されています。

[編集] 出身著名人

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

日本の大手百貨店
伊勢丹 | 西武百貨店そごうセブン&アイ系 | 大丸 | 高島屋
松坂屋 | 三越 |阪急百貨店阪急百貨店グループ系

日本の百貨店のページで「全国的に展開」とされているものを掲載。

ことばこって?

「ことばこ」は、歴史の人物から最先端テクノロジーまで、なんでも調べられるオンライン百科事典です。ウィキペディア財団が運営を行なっているwikipedia.orgから引用をしています。

おススメサイト
トラブログ
アレどう?
アフィリエイトB