西成暴動

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西成暴動(にしなりぼうどう)とは、1990年平成2年)10月2日からおよそ5日間、大阪府大阪市西成区釜ヶ崎労働者が起こした暴動。この地区では過去に複数の暴動が発生しているが、本項で記すのはそのうちの「第22次暴動」についてである(その他の暴動についてはあいりん地区を参照のこと)。

暴動の発端は、西成警察署刑事課の刑事暴力団から賄賂を受けていたことが発覚し逮捕されたという報道による。

事件自体は労働者達と直接関連はないが、西成署員に対して普段から快く思っていなかった労働者達や、自分達の日当を暴力団にピンはねされていた労働者達の怒りが爆発。この事件報道を受けて西成警察署前に集まり出し、謝罪と説明を要求。警察とにらみ合いの末に暴動に発展した。これを契機として、あいりん地区の各地に暴動が飛び火する事態となる。

さらには、報道で暴動騒ぎを知った区内外の若者たちも便乗して参加、火炎瓶の使用や投石、店舗からの略奪などを行って暴動をエスカレートさせた(これはそれまでの西成暴動には見られない出来事であった)。

西成警察は機動隊を配備し、放水車を使って暴動に対処。その後、各所の機動隊にも応援を要請。

暴動自体は発生から6日後に自然に鎮静化したものの、阪堺線南霞町駅が放火されて全焼したり、近隣店舗が破壊されるなど傷跡は深く残った。

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