西宮神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

<tr> <td colspan="2" style="padding:0;background:#fff;text-align:center"></td> </tr> <tr> <th>位置</th> <td style="background: #fff">北緯34度44分09秒
東経135度20分04秒
</td> </tr> <tr> <th style="white-space:nowrap">社格等</th> <td style="background: #fff">県社・別表神社</td> </tr> <tr> <th style="white-space:nowrap">例祭</th> <td style="background: #fff">9月22日</td> </tr> <tr> <th style="white-space:nowrap">主な神事</th> <td style="background: #fff">十日戎
おこしや祭
誓文祭</td> </tr>
西宮神社
所在地 兵庫県西宮市社家町1番17号
主祭神 西宮大神(蛭子命)

西宮神社(にしのみやじんじゃ)は、兵庫県西宮市にある神社である。日本に約3500社ある、えびす神社の総本社である。地元では「西宮のえべっさん」と呼ばれる。

目次

[編集] 祭神

第一殿に「西宮大神」として蛭子命を祀り主祭神とする。第二殿に天照大神大国主大神、第三殿に速須佐之男大神を祀る。

祭神の蛭子命は伊耶那岐命伊耶那美命との間に生まれた最初の子である。しかし不具であったため葦の舟に入れて流され、子の数には数えられなかった。ここまでは記紀神話に書かれている内容であり、その後の蛭子命がどうなったかは書かれていない。当社の社伝では、蛭子命は西宮に漂着し、「夷三郎殿」と称されて海を司る神として祀られたという。

[編集] 歴史

創建時期は不明であるが、平安時代には「えびす社」として当地で既に篤く信仰されていたことが記録に残っている。

西宮神社は、その成立において「南宮社」と呼ばれていたと言う記録がある。これは市内中部の、廣田神社を本宮と見て、その南に成立する神社と捉えることができる。西宮神社は長らく広田神社摂社であった。廣田神社との関係から、神祇伯の白川伯王家との関係も深く、たびたびその参詣を受けていた。

境内末社の式内社大国主西神社は延喜式神明帳では兎原郡となっており西宮神社がある武庫郡とは一致しないが現在のえびす神は大国主であったという説もあり、明治初年には西宮神社を大国主西神社と称していた時期がある。 神人として人形繰りの芸能集団「傀儡師」が境内の北隣に居住しており、全国を巡回し、えびす神の人形繰りを通してその神徳を説いたことにより、えびす信仰が全国に広まった。境内に祀られる百太夫神は傀儡師の神である。中世に商業機構が発展すると、海・漁業の神としてだけでなく、商売の神としても信仰されるようになった。

江戸時代には、徳川家綱の寄進により本殿を再建し、また、全国に頒布していたえびす神の神像札の版権を幕府から得、隆盛した。

[編集] 十日えびす

毎年1月10日前後の3日間で行われる十日えびす(戎)では、開門神事福男選び、大マグロの奉納、有馬温泉顕湯式などの行事とともに、たくさんの屋台が軒を連ね、開催三日間で百万人を超える参拝者で賑わう。

[編集] 日程

  • 1月9日 - 宵えびす 有馬温泉献湯式 宵宮祭
  • 1月10日 - 本えびす 十日えびす大祭 開門神事福男選び
  • 1月11日 - 残り福

[編集] 福男選び

この節は、書きかけです。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。

正式には「十日戎開門神事福男選び」と呼ばれる。

西宮神社周辺では古くから1月9日夜「忌(居)篭り」と呼ばれる家から外出してはならない風習(その間に"えべっさん"が市中を廻られるら)がある。神社では1月10日午前4時から十日えびす大祭が執り行われ午前6時ごろに終わり、それと同時に門が開かれる。その忌篭りの状態が解かれた後、氏子たちが一斉に家から神社まで駆け抜ける風習がルーツとされる。神社側の記録によれば、1940年(昭和15年)以前のはっきりとした記録は定かでなく、郷土史研究家等が収集した資料によっても大正時代以前の記録はほとんど分からない。また、なぜ1940年から記録が残っているかについては、当時の新聞の戦意高揚記事とかけ合わせて、その年の一番福に褒美としてお守りを授けたからではないかとしている。

当日は未明から多数の人が表大門の前に集合し、午前6時の開門とともに230メートル先の本殿を目指して駆け出す。そして3着までにゴールした人間(待ち構えている神主に抱きつくことが条件になる。)が、その年の福男となる。尚、一般に福男と言われているが、老若男女いずれの人も走ることが出来る。しかし、女性の一番福は未だに出現していない。参加者は毎年2000人程に及ぶ。

南宮神社前のカーブ
コースには3箇所のカーブと本殿に駆け上がる際の木の坂が障害物のように立ちはだかり、毎年のテレビ取材ではこの4箇所を中心に大小のカメラを設置されている。猛スピードで駆け抜けるので制御がままならず、下が石畳なのでスピードがつきすぎカーブを曲がりきれず滑って転倒したり、最後の坂で足が絡まって転倒する者もおり、うまく制御出来た者が一番福~三番福の栄誉を獲得できるといえる。
1946年(昭和21年)から数年間は、前年に神社が空襲で焼失したため中断。1966年(昭和41年)と1967年(昭和42年)は、1965年(昭和40年)に場所取りを巡って乱闘が発生したことに伴い自粛。
2004年(平成16年)には後日一番福になった男性の同僚が他の参加者を妨害したことが分かり、結局男性は一番福を返上するという騒動になった。

そのため、2005年(平成17年)は事前の場所取りを禁止し、10日午前0時の閉門時に集合の参加者でくじを行い前列108人のスタート位置を決める方式を取るようになった。2007年(平成19年)にはくじ引きの当選者の顔写真を撮影して開門前に照合するという一部報道もあったが、神事であるので実際には行われなかった。

三番福までの賞品は以下のとおり。

  • 一番福:認定書、木彫りのえびす様(大)・副賞えべっさんのお1俵・日本酒4斗樽
  • 二番福:認定書、木彫りのえびす様(小)・副賞えべっさんのお米1俵
  • 三番福:認定書、黄金のえびす様大黒様・副賞八喜鯛

また開門前に待っている先着2000名には、開門神事参拝証が授与される。

[編集] 奉納マグロ

1970年(昭和45年)から毎年始まっている大マグロの奉納は、近くの漁業組合によって行われ、非常にたくさんの人が小銭をマグロに貼り付けて参拝する。尚、終了後は解体され、関係者により刺身などにして食される。

[編集] 文化財

重要文化財(国指定)
  • 大練塀 - 室町時代初期再建、全長247m、日本最古の築地塀、日本三練塀の一つ
  • 表大門 - 安土桃山時代(慶長9年)再建
県指定文化財
  • 社叢
市指定文化財
  • 銅鐘

[編集] 交通

なお、十日えびすの時期には阪急伊丹駅JR西日本西宮駅阪急西宮北口駅から臨時バスが増発される。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ことばこって?

「ことばこ」は、歴史の人物から最先端テクノロジーまで、なんでも調べられるオンライン百科事典です。ウィキペディア財団が運営を行なっているwikipedia.orgから引用をしています。

おススメサイト
トラブログ
アレどう?
アフィリエイトB