西アフリカ

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この項目ではアフリカの区画について記述しています。かつてあった仏の領土についてはフランス領西アフリカをご覧ください。
西アフリカ

西アフリカ(にしアフリカ)は、アフリカの西部地域、具体的には、サハラ砂漠の南側で、かって西スーダンと呼ばれた地域と、中央スーダンの一部、大西洋ギニア湾に面する「上ギニア」の国々が含まれる地域を指す。モロッコアルジェリアは、地理的のみならず文化的にも北アフリカとして位置づけられ除外される。 西アフリカは、黒アフリカ史において最重要地域のひとつであり、アフリカ美術の起源でアフリカ鉄器時代のさきがけのひとつとなったノク文化が、ナイジェリア、ジョス高原において紀元前5世紀頃若しくはそれ以前から繁栄し、8世紀以前からガーナ王国をはじめとしてマリ帝国ソンガイ帝国など強力な王朝が、ニジェール川流域に16世紀まで次々と興亡を遂げた。これらの強力な王朝は、世界遺産にもなっているモーリタニアシンゲッティウアラタティシットウアダンなどのオアシス都市とともに、岩塩の取引によって繁栄した。ギニア湾岸のベナン共和国は、ダホメ王国が繁栄した場所であり、すばらしい青銅美術とポルトガルからのの輸入で強大化したナイジェリアのベニン王国からその名前をとっている。また、アメリカ解放奴隷によって1847年に建国されたリベリアは、西アフリカで最も古い独立国として知られている。

19世紀から20世紀にかけ、ヨーロッパ帝国主義による植民地化の波が押し寄せ、イギリスドイツフランスなどの列強の支配下に置かれた。特に北アフリカから侵攻したフランスは、黄金海岸などを除いた大半の西アフリカを植民地とした。これらの地域は、第二次世界大戦後、1960年を中心として次々と独立していった。

西アフリカ地域では、西アフリカ諸国経済共同体Economic Communitiy of West African States, 略称: ECOWAS)を結成し、西アフリカ諸国が密接して経済発展に寄与する機関を設置している。 リベリアの内戦時、ECOWASは平和維持軍(ECOMOG)としてナイジェリアやガーナを始めとする西アフリカ諸国を中心にリベリアへ派兵し大きな役割を果たした。

[編集] 独立国

☆は西アフリカ諸国経済共同体加盟国を表す。

[編集] 関連項目

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