蔵王権現

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仏教

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蔵王権現(ざおうごんげん)は、日本仏教における信仰対象の一つ。インドに起源を持たない日本独自のほとけで、奈良県吉野の金峯山寺本堂(蔵王堂)の本尊として知られる。権現とは「権(かり)の姿で現れた神仏」の意。

目次

[編集] 縁起

蔵王権現は、役小角(えんのおづぬ、7世紀頃の山岳修験行者)が、吉野の金峯山で修業中に示現したという伝承がある。釈迦観音弥勒の三尊の合体したものとされ、今でも吉野の蔵王堂には互いにほとんど同じ姿をした3体の蔵王権現像が並んで本尊として祀られている。

[編集] 歴史的変遷

役小角自体が伝説的な人物であり、蔵王権現の造像が実際にいつ頃から始まったのかは判然としない。
滋賀・石山寺には、本尊・如意輪観音の両脇侍として「金剛蔵王像」と「執金剛神像」が安置されていた。これらの像は、正倉院文書によれば天平宝字6年(762)制作されたものであるが、正倉院文書には両脇侍の名称を「神王」としており、「金剛蔵王」の名称は平安時代の記録に初めて現れる。これらの像のオリジナルは現存していないが、「金剛蔵王像」の塑像の心木が現存しており、右手と右脚を高く上げた姿は、後世の蔵王権現像と似ている。

吉野から出土した、国宝の「鋳銅刻画蔵王権現像」(東京・西新井大師総持寺蔵)は、銅板に線刻で蔵王権現などの諸仏を表わしたもので、長保3年(1001)銘があり、この頃までには蔵王権現の図像も確立していたことがわかる。

神仏習合の教説では安閑天皇と同一の神格とされたため、明治時代神仏分離の際には、本山である金峯山寺以外の蔵王権現を祀っていた神社では祭神を安閑天皇としたところも多い。

なお、山形県と宮城県の県境にある日本百名山蔵王連峰は、古くからの山岳信仰の対象であり、平安時代中頃には空海の両部神道を唱える修験者が修行するようになった。吉野の蔵王堂より蔵王権現を勧請してもらい、蔵王山頂にある刈田岳神社と、麓の刈田嶺神社に併置したところから名前の由来がきている。


[編集] 全国の主な蔵王権現

[編集] 尊容

蔵王権現の像容は密教の明王像と類似しており、激しい忿怒相で、怒髪天を衝き、右手と右脚を高く上げ、左手は腰に当てるのを通例とする。図像上のもっとも顕著な特色は右脚を高く上げることで、このため、彫像の場合は左脚1本で像全体を支えることになる。(京都・広隆寺像のように両足を地に付けている像もある。) 代表作例としては、鳥取県三仏寺奥院(投入堂)の本尊像(平安時代、重文)が挙げられる。

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