蔵俊

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蔵俊(ぞうしゅん、長治元年(1104年) - 治承4年(1180年))は、平安時代後期の法相宗の僧。俗姓は巨勢氏大和国高市郡池尻の出身。教明房・菩提院上綱・菩提院贈僧正とも称される。

覚晴・教高に師事し、また良慶・定清・長有に法相教学を学んだ。学名が高く、しばしば藤原頼長に因明を講じた。1155年久寿2年)維摩会竪義(ゆいまえりゅうぎ)をつとめ、晩年元興寺別当興福寺別当を歴任した。その間、権律師から権少僧都に至った。鎌倉時代初期における興福寺の法相学匠はほとんどが蔵俊の門流であり、門弟等の奏上により1214年建保2年)に僧正法印位が追贈された。

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