蒲原郡

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

蒲原郡(かんばらぐん)は越後国にかつて存在したである。古代の文献には「かむはら」の訓もみられ、また中世には「神原」と記載されることもあった。現在下越地方といわれている地域の南部、およそ信濃川阿賀野川の下流域がその範囲にあたる。

[編集] 歴史

当初は越中国に属していたが、大宝2年(702年)に頸城郡魚沼郡古志郡とともに越後国に管轄を移された。古代から中世にかけてのある時期に北部の沼垂郡(ほぼ後の北蒲原郡に相当する地域)を編入したが、その時期は明らかでない。

1878年明治11年)の郡区町村編制法によって北蒲原郡南蒲原郡西蒲原郡東蒲原郡中蒲原郡(約128年後の2006年1月1日消滅)、そして新潟区(現新潟市の中心市街地)が設置されたことにより、蒲原郡は消滅した。

[編集] 関連項目

ことばこって?

「ことばこ」は、歴史の人物から最先端テクノロジーまで、なんでも調べられるオンライン百科事典です。ウィキペディア財団が運営を行なっているwikipedia.orgから引用をしています。

おススメサイト
トラブログ
アレどう?
アフィリエイトB