茨城中学校・高等学校
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茨城中学校・高等学校(いばらきちゅうがっこう こうとうがっこう)は、茨城県水戸市八幡町にある中高一貫教育を行う私立の中学校と高等学校である。
略称としては、茨城中学校については茨中(いばちゅう)、茨城高等学校については茨高(いばこう)と呼ぶのが一般的である。
| 茨城中学校・茨城高等学校 共通 | |
| 過去の名称 | 茨城中学校 |
| 国公私立の別 | 私立学校 |
| 設置者 | 学校法人茨城 (旧・財団法人茨城中学校) |
| 併合学校 | 水戸学院(昭和時代) |
| 設立年月日 | 1927年2月5日 (旧制・茨城中学校) 1841年 (水戸藩藩校 弘道館) |
| 建学の精神 | 報恩感謝 |
| 創立者 | 飯村丈三郎 |
| 創立記念日 | 10月3日 |
| 校長 | 大窪範光 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 中高一貫教育 | 併設学校無試験入学 ほぼ併設型 (正式な行政認定なし) |
| 教育課程の特例 | 行政指定はない |
| 茨城高等学校 | |
| 課程 | 全日制の課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 学科 | 普通科 |
| 所在地・連絡先 | |
| 所在地 | 〒310-0065 |
| 茨城県水戸市八幡町16番1号 | |
| 電話番号 | 029-221-4936(代表) |
| FAX番号 | 029-221-4923 |
| 外部リンク | 茨城中学校・茨城高等学校 |
目次 |
[編集] 概要
茨城県中央部においては、水戸第一高等学校に次ぐ、代表的な進学校である。
1990年代半ば過ぎまで、茨城中学校・茨城高等学校の両学校は、男子校であり、また、茨城中学校から茨城高等学校への進学は、原則として通常の入学者選考(入学試験)によった。両学校は、1995年(平成7年)から段階的に男女共学・中高一貫教育に移行した。ただし、茨城中学校・茨城高等学校とも女子の募集は、全体の3割である。
1995年(平成7年)に茨城中学校に入学した生徒から、茨城高等学校への無試験入学を開始し、茨城中学校の生徒は、原則として茨城高等学校に進学することになった。ただし、茨城高等学校においては、茨城中学校卒業生と教育課程を異にする高等学校からの入学生を募集している。中高一貫制の導入により、進学実績は飛躍的に伸びた。(2006年の大学入学者選考において国公立大学に現役で合格した者は106人で、創立以来、初めて100人を突破した。)
両学校を分割して概観すれば、茨城中学校は、茨城県内に10校程度しか存在しない私立の中学校の1つである。茨城高等学校は、全日制の課程に普通科を設置している。
[編集] 校風の変遷
茨城高等学校は、茨城県立水戸第一高等学校や茨城県立日立第一高等学校とともに生徒の要望によって、1972年に服装を自由化したことで知られていたが、1995年(平成7年)に中高一貫の生徒が茨城中学校に入学したことにあわせて、茨城中学校は制服を一新し、茨城高等学校は改めて制服を導入した。
中高一貫導入以前は、茨城中学校から茨城高等学校への内部進学は比較的容易ではあったが、形式的には入学試験を受ける必要があり、他方で外部の高校を受験するのは原則として自由であったため、茨城中学校を卒業予定の生徒の多くが、茨城県立水戸第一高等学校をはじめとする県立の高等学校を受験した。茨城大学教育学部附属中学校とならび、水戸一高に多くの合格者を出すことが一つの売りでもあったが、中高一貫導入により高等学校を進学校としてより充実させる方向に舵を切った。
なお、茨城高等学校の略称である「茨高」に言葉を掛けて茨城中学校と茨城高等学校を一緒にして、「茨城学校」の意味で「茨校」(いばこう)と呼ぶこともあった。これは、茨城中学校の生徒を中心に用いられていたが、茨城中学校や茨城高等学校の教職員はあまり用いなかった。現在では、生徒の間でも使われることはほとんどなくなっている。
現在では、このような校風はほとんど見られなくなっているものの、茨城中学校における教科を細分化した時間割と評定(例えば、教科「社会」を「日本史」「世界史」「地理」「公民」に分割)、茨城高等学校における科目を選択する際の自由度の高さ(例えば、「政治経済」を8単位、かつ、「物理」を7単位という選択も可能)は、以前から大きな変化はない。
[編集] 両学校が継承している文化
茨城中学校・茨城高等学校は、水戸藩の藩校である弘道館やそこで形成された水戸学の流れを汲み、学校図書館は、弘道館の蔵書を引き継いでいる。明治維新後に弘道館の蔵書のほとんどが国有とされたが、1945年(昭和20年)8月1日から8月2日未明にかけての水戸空襲により焼失したといわれている。このため、茨城中学校・茨城高等学校がわずかに引き継いでいた1万あまりの史料が、現在残るものでは大半である。現在は、茨城県立歴史館が弘道館より引き継いだ史料を委託管理している。
[編集] 沿革
[編集] 経緯
1841年(天保12年)に設立された水戸藩の藩校である弘道館の流れを組んでいる。明治維新の後、伝統を保つために関係者が自彊舎を設立し、弘道学舎、水戸塾、水戸学院として昭和にまで存続した。1927年(昭和2年)に政界・財界で活躍していた飯村丈三郎(いいむらじょうざぶろう)が、水戸学院を引き継ぐ形で旧制私立茨城中学校を設立した。
第二次世界大戦後の学制改革により、1948年(昭和23年)に茨城中学校は「茨城高等学校」に改組して、同時に「茨城中学校」を併設した。(当初の名称は「茨城高等学校併設茨城中学校」。)学校法人茨城は、男女共学・中高一貫教育体制の導入を決定し、1995年(平成7年)から茨城中学校は男女共学になり、1998年(平成10年)には茨城高等学校も男女共学になった。
[編集] 年表
- 1927年(昭和2年) 飯村丈三郎が財団法人茨城中学校を設立、東京大手町の交通事故により飯村丈三郎没。
- 1932年(昭和7年) 旧・校歌作成、校長の本田文雄が作詞。
- 1948年(昭和23年) 「旧制・茨城中学校」を「新制・茨城高等学校」に改組、「新制・茨城中学校」を併設する。
- 1957年(昭和32年) 現校歌制定、創立30周年記念式典。
- 1966年(昭和41年) 中高一貫Aコース(1学級のみ)を開始。
- 1972年(昭和47年) 茨城高等学校の服装を自由化。
- 1983年(昭和58年) 茨城中学校・茨城高等学校の新校旗を制定。
- 1988年(昭和63年) 中高一貫Aコースを中断。
- 1995年(平成7年) 男女共学・中高一貫教育を導入し茨城中学校が共学化、茨城中学校・茨城高等学校ともに制服制定。
- 1998年(平成10年) 茨城高等学校が共学化。
- 2003年(平成13年) 創立者、飯村丈三郎の生誕150年を迎える。
[編集] 教育方針
建学の精神は、創立者の飯村丈三郎の精神に由来して「報恩感謝」となっており、これに基づく形で3項目の校訓がある。
- 建学の精神: 「報恩感謝」 (創立者・飯村丈三郎による)
- 社会報恩のため質実剛健で社会奉仕の念の強い人物の育成
- 校訓
- 仏教教育を行う学校ではないが、創立者・飯村丈三郎をしのび、入学式・卒業式、8月の登校日に、隣の祇園寺ある墓に墓参りをする。また、没日の10月3日を創立記念日とし、10月にひたちなか市市民運動公園にて創立記念マラソン大会(中学校6km、高等学校10km)を実施する。創立記念日の前日には、校長による飯村丈三郎の理念についての講話が全校放送によって行われる。
- 中高一貫教育を行なう学校だが、学校教育法に基づいて文部科学省により正式に中高一貫教育を認定された学校ではない。
[編集] 著名人
[編集] 出身者の著名人
- 橋本昌 (茨城県知事、新制・茨城中学校卒業)
- 鳥居泰彦 (元・学校法人慶應義塾理事長・慶應義塾大学学長、卒業生)
- 鶴田卓彦 (元・株式会社日本経済新聞社代表取締役、旧制・茨城中学校卒業)
- 加藤浩一 (水戸市長、新制・茨城中学校卒業)
- 大畠章宏 (民主党衆議院議員、茨城5区、新制・茨城高等学校卒業)
- 常井洋治 (自由民主党茨城県議会議員、新制・茨城高等学校卒業)
[編集] 保護者の著名人
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 茨城高等学校・茨城中学校 (学校法人 茨城)

