良心的兵役拒否
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良心的兵役拒否(りょうしんてきへいえききょひ、英:conscientious objection)とは国家組織の暴力、とりわけあらゆる形態ないしは特定の状況下の戦争に参加することや義務兵役されることを望まないこと。当人の良心に基づく信念であり、拒否した者を良心的兵役拒否者(conscientious objectors=コンシェンシャス・オブジェクター、略してCO's)という。
良心的兵役拒否は宗教の信条に基づくものが多くを占めるが、民族や、政治的、哲学的な背景に基づくこともある。
良心的兵役拒否を行う者は義務兵役年齢に達した時点で兵役忌避を申請するのがほとんどだが、軍務中や戦争中に兵役を中断して拒否する場合もある。
目次 |
[編集] 現時点の世界での独立主権国家における徴兵制の有無の一覧
- 男女共強制的に兵役義務が課される徴兵制国家
- 男性に強制的に兵役義務が課される徴兵制国家
- ヨーロッパ地域
- 中近東・南アジア地域
- 東アジア地域
- 南北アメリカ地域
- アフリカ地域
- 選抜徴兵制の国家
- 徴兵制のない国家
- ヨーロッパ地域
- 中近東・南アジア地域
- 東アジア地域
- 中国(「青年は何らかの形で武装警察、あるいは現役の正規軍に任務につき、任務後は民兵の任務につく」と規定されているが、人口が多いこともあり、事実上、志願兵だけで人民解放軍の定員を充足しており、徴兵は行われていない。)中国は軍の機械装備率の向上と軍人・兵士数の削減を推進中であり、徴兵する動機も必要も無い。
- 南北アメリカ地域
- コスタリカ(非常時には軍が編成され徴兵制が施行される)・カナダ・パナマ
- アメリカ(18歳から26歳までの男性に対して「Selective Service System」という選抜徴兵登録制度が強制されている。ただし、この制度に基づく徴兵は、ベトナム戦争以来停止されている。ベトナム戦争以来、国民も徴兵に対しては強い反発をもっており、大統領選では、徴兵復活の話題はタブーとなっているが、未だに「Selective Service System」は廃止されておらず、名簿は国防総省で作成され続けている。)アメリカは第二次世界大戦時、朝鮮戦争時、冷戦初期、ベトナム戦争時、冷戦後期、冷戦末期、冷戦終結後、アフガニスタンとイラクで戦争中の2006年現在まで、長期間にわたって軍の機械装備率の向上と軍人・兵士・文民の著しい削減を実現し、現在から将来に向かっても、軍の機械装備率の向上と軍人・兵士・文民の削減を推進中であり、国防総省が徴兵する動機も必要も無い。軍人・兵士・文民の削減の具体的な推移は徴兵制のページを参照。
- 法律上・制度上のどちらも、良心的兵役拒否権を認めない国家
- 軍隊を保持しない国家
- アイスランド・コスタリカ(軍の再編成権は認められている)・日本(日本国憲法第9条で軍隊は存在しないことになっているが、自衛隊が存在する)・リヒテンシュタイン・モナコ(フランスに委任・ただし国家憲兵隊は存在する)・アンドラ(フランス・スペインに委任)・バチカン
[編集] 今日の状況
良心的兵役拒否は強制的な兵役を導入した時から存在しているが、合法的に認められるようになったのは、21世紀の直前のことであった。その理論的支柱となったのが基本的人権の「良心の自由」の思想であった。 しかし、良心的兵役拒否権は国際連合やヨーロッパ評議会 (CoE) のような国際機関では基本的人権として認知され、推奨されているが、多くの国々で法的基盤がないのも事実である。外務省やCIA World Fact Bookの資料によると、現在の地球上では、軍隊または国防のための武装組織を保有する約170か国のうち約67か国に徴兵制度が存在するが、そのうちの30カ国しか法的な対策を取っておらず、そのうちの25カ国はヨーロッパ諸国が占めている。ギリシャ、キプロス、トルコ、フィンランド、ロシアを除くヨーロッパの徴兵制度を持つ国は、多かれ少なかれ良心的兵役拒否に関する国際的指針を満たしている。
ヨーロッパ以外の多くの国、とりわけ戦闘激化地域(イスラエル/パレスチナ、コンゴ)では、良心的兵役拒否は死刑など厳罰となる(ただし、イスラエルは女性は良心的兵役拒否が可能)。
良心的兵役拒否者は、かつて、国賊、売国奴、脱走兵、反逆者、臆病者、のろま等々、屈辱的な言葉で罵倒され侮蔑される非国民と見られ、極刑を以って罰されるなど、ありとあらゆる差別を受けてきた。
しかし、ヨーロッパにおいて、ここ数十年のうちに急激に変化を起こしている。 とりわけ良心的兵役拒否者が代替条件で市民労役を命じられている国では、徴集兵と同様、労役は社会貢献をしていると解釈されている。同時に、兵役拒否者数に上昇もみられている。ドイツでは良心を理由に兵役は拒否出来ることが法律で定められており、その代わり13ヶ月間の社会福祉活動が義務づけられる。同国では、「良心的兵役拒否者」数が2003年(平成15)には兵役につく者の数を上まわり、老人介護等の社会福祉事業は、これらの「民間奉仕義務(Zivildienst)」なしには成立し得ないと言われている。
[編集] 韓国における良心的兵役拒否の実態
[編集] 要約
韓国では良心的兵役拒否が合法的には全く認められておらず、兵役拒否者のための制度的処置(代替役務など)は法律上、一切存在しない。2004年2月時点、521人の兵役拒否者が監獄に収監されており、毎年700人の兵役拒否者が処罰される。韓国の兵役拒否者は大部分エホバの証人信者で、第7安息日イエス再臨教(セブンスデー・アドベンチスト教会)信者も少数存在する。拒否者は1年6ケ月から2年の懲役に処される。一般服役者と異なり、仮釈放審査において、厳格な基準が適用され、公務員任用権剥奪、就業制限など社会的不利益を一生被る。南北の軍事対立の中、反共主義と国家安保は韓国社会を支配する核心理念として作用してきた。30年の軍事独裁政権を経て、個人の人権と良心の自由は国家安保という名の下で制限され、抵抗する場合、残酷な処罰により命まで失った。兵役拒否は想像すらできないことであった。軍事政権が終熄した90年代以後、韓国社会は民主化が進展され、人権意識も成長したが、国家安保優先主義と絶対的兵役義務は依然として人権より優先されている。50年間、1万人のエホバの証人信徒が兵役拒否し、現在世界で最も多い兵役拒否収監者が存在する。しかし政府は、これに対するどんな対応もしていない。国際人権規約加入国として国連の人権関連決議を尊重する義務と、定期的に国内人権状況を国連に報告する義務があるにもかかわらず、これまで良心的兵役拒否に関わる実状を国連に報告しなかった。国防省は特殊な安保環境と兵役制度の公平性を強調しながら代替服務制導入に反対している。エホバの証人を異端規定している韓国の保守キリスト教壇も代替服務制度に対して反対している。にもかかわらず、兵役拒否者は毎年絶えることなく現れている。最近は反戦平和主義信念による、宗教的理由でない拒否者の兵役拒否宣言が相次ぎ、今や兵役拒否は人権問題を超えて非暴力的平和運動として新しく浮上している。
[編集] 韓国の兵役制度
兵役は個人の身体条件、学歴、資質によって現役と補充役に区分され、現役を終えた者は予備役として編成される。現役は5種の基本軍事訓練を含めて24ケ月服務し、補充役は身体、学歴、家庭事情による現役不適格者がなり、特殊能力や資格保有者として4種の基本軍事訓練を受けた後、28ケ月代替服務を遂行する。予備役は除隊後8年間160時間の軍事訓練を受けなければならない。兵役免除は身体欠陷、学歴未達や家庭事情に限定されており、良心的兵役拒否者に対する免除や代替服務はない。 現役は韓国全人口4800万人の中で69万人にあたり、補充役は14万人である。兵務庁によると、01年上半期徴兵検査を受けた者で2.6%の4,916人が、身体欠陷、学歴未達により免除された。代替服務を遂行する補充役は特殊資格や機能を有している者に限り、専門研究要員や産業技能要員として志願でき、残りは身体欠陷や学歴未達によって兵務庁の判定によって決まる。したがって、兵務庁審査の結果、現役判定されれば、特殊資格や能力がない限り、代替服務機会が与えられない。補充役も4週間の基本軍事訓練を前提にしている。兵役法は兵役義務不履行に対する処罰だけ存在するのみで、兵役拒否者のための代替規定は存在しない。
[編集] 社会的認識
韓国で軍隊と国防の問題は複雑な歴史とイデオロギーを持っている。分断国家である韓国で軍隊と国防は、生存と直結される絶対的概念として考えられ、歴代政権は権力維持のため、このような状況を利用し扇動した。30年の軍部独裁を経て、軍隊は侵犯の許されない聖域となり民間の監視から遠くなった。軍隊内の人権問題は深刻で、あらゆる不正腐敗が盛んだ。社会発展して民主化されたが、いまだに軍隊は韓国社会で変化が遅い。極少数の特権層が権力や財力を利用して息子の兵役免除を受けることは、公然たる秘密になっている。一般人の間で貧民皆兵制という流行語があるほど、軍隊はお金がなくて権力のない人が連れて行かれるところと認識されて、社会的憤怒と剥奪感が生じるようになった。大統領選挙では候補者の息子の兵役忌避疑惑が選挙の当落を決定づけるほど社会的影響力を及ぼした。 しかし、一方で軍隊をめぐる平等問題は、誤った軍制度を糺す世論として発展するよりは、兵役拒否者を特権層の部類として認識するようになり、兵役拒否問題に対する合理的議論を困難にしている。50年間持続した徴兵制での軍隊体験は、多くの人にとって軍隊である程度の人権侵害は不可欠だという認識さえなされるようになった。 このような社会的認識の根底には、長年の分断と徴兵制、軍部独裁の経験による社会全体の軍事化がある。また盧武鉉政府の樹立後、在韓米軍撤収、再配置問題が議論になり、韓国軍の力で半島を守るためには国防費増額と軍隊強化が必要だという立場が力を得ている。
[編集] 良心的兵役拒否
韓国で良心的兵役拒否は全く許容されていない。代替服務制も存在しない。徴兵制実施以後、50年間、兵役拒否者に対する処罰は、特殊な安保状況を理由に変わることはなかった。兵役拒否者は法的処罰以外も残酷な社会的差別を甘受して暮さなければならない。にもかかわらず良心的兵役拒否者は毎年絶えることなく現われ、今や韓国の社会問題となった。
[編集] 現況
04年2月時点、521人の良心的兵役拒否者が刑務所で服役中。韓国の兵役拒否者は植民地時代だった1939年に最初の記録があるが、当時は植民地宗主国である日本の軍隊への兵役を拒否するものであり、現在の大韓民国での兵役拒否とは背景が異なる。以来、今まで処罰された人は1万人に達する。最近を見ても、00年683人、01年804人、02年734人、03年705人等、毎年700人以上の拒否者が銃を持つかわりに監獄を選択している。
- 年度別兵役拒否者:94年(233人)、95年(437人)、96年(355人)、97年(403人)、98年(474人)、99年(513人)、00年(683人)、01年(804人)、02(734人)、03年(705人)
南北分断は兵役義務を神聖視する慣行を存続させ、軍隊内問題に対して外部から問題提起できないようにした。軍隊に関する人権問題は国民の関心外で、宗教的理由で軍服務拒否する事例が紹介されることがなかった。拒否者の大多数を占めるエホバの証人信者は、兵役拒否による法的処罰だけではなく異端教徒あるいは正常な国民でないという社会的差別を二重に受けてきた。兵役拒否した者は一生前科者の烙印を受けて生きなければならないため、公務員任用資格が与えられないとか、民間企業に就職する時、身元調査で脱落するなどの社会的差別を経験する。韓国兵役法では、法的に認められた事由以外で兵役義務を履行しない者に対して、公務員や許可業種に携わることに制限を置いている。 韓国の兵役拒否問題は01年初め、ある週刊誌の報道を通じて多数の兵役拒否者が処罰を受け、現在も監獄に収監されているという事実が知られ、社会的に注目された。01年末、26歳の仏教信者であり平和活動家である呉太陽(オ・テヤン)の兵役拒否宣言は、兵役拒否が「特定宗教の非常識な行動」という先入観を払拭させた。02年2月に30の市民団体で構成された「良心的兵役拒否権と代替服務制のための連帯会議」が発足し、兵役拒否者の人権保護活動を始めた。呉太陽の拒否宣言以後、他の個人的あるいは政治的動機による非宗教理由の拒否者が公に登場し、現在まで11人に至っている。良心的兵役拒否が社会の主要イシューとなり、02年9月に学生を中心に兵役拒否宣言する「予備兵役拒否運動」が進行された。
- 仏教信者および非宗教的兵役拒否者の現況(04年3月20日時点)
- 呉太陽(オ・テヤン)(29) 仏教信者,平和活動家 01.12.17 仏教の不殺生の教理による平和主義 非拘束、裁判中
- ユ・ホグン(28) 民主労動党 02.07.09 反戦平和主義 保釈、裁判中
- イム・チユン(26) 大学生 02.07.30 反戦平和主義 裁判中
- ナ・ドンヒョク(27) 大学生 02.09.12 反戦平和主義 保釈、裁判中
- チェ・ジュンホ(23) プルム農業技術学校専攻学部修了 03.03. 生態平和主義 懲役中
- キム・ドヒョン(24) 仏教信者、大学生 03.04.30 宗教的信念による平和主義 非拘束,裁判中
- イム・ソンファン(28) 出版社『アウトサイダー』代表 03.07.01 反戦平和主義 非拘束,裁判中
- イム・テフン(29) アムネスティ性的少数者グループ代表 03.07.22 反戦平和主義、性的少数者を精神疾患者と判定する徴兵当局の差別反対 拘束,裁判中
- ヨム・チャングン(28) 大学院生、イラク反戦活動 03.11.13 反戦平和主義 保釈、裁判中
- カン・チョルミン(23) 現役陸軍二等兵 03.11.21 韓国軍イラク派兵反対 拘束、裁判中
- ヨンミン(25) 労動文化放送joy3.net 04.01.26 反戦平和主義 捜査中
- エホバの証人の兵役拒否の事例
- チェ・ホンギさんは産業技能要員として京幾道鳥山市にある大光ダイキャスティング株式会社で00年10月から02年5月まで勤めた。02年5月6日、基礎軍事訓練に応ぜず、02年10月31日現役徴集された。これに応ぜず、裁判を受けたが、判事は被告人の宗教信念が変わることがありうるという理由で執行猶予を下し、1年6ヶ月未満の実刑宣告を受けたため再徴集対象になった。検事に抗訴を要請したが断られた。結局03年11月現役として再徴集され、これにまた応ぜず拘束された。判事の職権により釈放されたが、審理は係留中。
[編集] 処罰
韓国兵役法上、拒否者に対する免除または代替服務は存在しない。拒否者は軍刑法44条抗命罪または兵役法88条入営忌避罪が適用され、3年以下の懲役に処される。予備役を拒否する場合も、予備軍設置法15条4項に基づいて、500万ウォンの罰金や3年以下の懲役に処される。 01年中盤までは、強制入隊するしかなかったため、服務中、抗命罪で最高刑である2年あるいは3年の処罰を宣告された。01年中盤以後、強制入営がなくなると、大部分の拒否者は入隊自体を拒否して兵役法によって民間法廷で1年6ケ月から2年の実刑を宣告される。兵役法上、1年6ケ月以上実刑宣告される場合、兵役免除されるため、一度処罰された拒否者は再徴集されない。現在大部分の民間法廷で拒否者に対して軍隊に再招集されない最小刑量である1年6ヶ月が言い渡されている。 予備役拒否者の場合、1回目の処罰後も繰り返し召集を受け、同一事案で繰り返し処罰される問題が深刻で、罰金刑の累積は生計を逼迫するほどの額だ。最近はある予備役拒否者が2回にわたって、10ケ月と8ケ月の刑を受けた。この予備役拒否者の場合は結果的に兵役免除される1年6ケ月を受けたが、個別量刑がこれに及ばないという理由で召集はずっと課せられる悪循環が繰り返されている。
- 予備軍兵役拒否者の事例
- チェ・ホンギは99年除隊後、エホバの証人となって軍事訓練を拒否した。裁判によって350万ウォンの罰金刑に処され、5件の告発が処理中で、一件の裁判で懲役1年に執行猶予を受けた。重い罰金刑と頻繁な裁判によって、生計が成り立ちにくい状況にある上、累積した実刑まで受けなければならない危機に瀕している。
韓国の良心的兵役拒否者に加えられる人権侵害の実態を分類してみると次の通りである。
- 1.韓国の憲法は有罪の確定判決を受ける前までは無罪に推定されると規定しているし、逃走や証拠隠滅の憂慮がない被疑者は拘束されない状態で裁判を受けることが形事訴訟法の一般原則でるのに、兵役拒否者はたいてい捜査開始の時から拘束されてきた。2002年兵役拒否者の人権状況改善のための市民団体の活動が本格化された以後、非拘束捜査事例が増加したりしたが、現在は再び大部分の兵役拒否者たちが拘束収監されて調査受けている。
- 2.一般服役者と違い「エホバの証人」の兵役拒否者は仮釈放審査で特別類型に分類されて審査される。刑務所内で1級模範囚として評価を受けているが、通常50%刑期を服役すれば仮釈放が与えられるのに、75%服役して仮釈放申請できるようになっている。赦免・福引きの対象にも含まれない。収監の実態に関して、03年中盤以前はエホバの証人に対して「特有宗教教理を理由に兵役義務を忌避するなど法を違反し、刑執行中であるので、誤った信念を堅固にしうる宗教集会の許容は更正、教化の目的に背反する」という理由で監獄内宗教集会が許容されなかった。03年中盤に国家人権委員会の勧告を受けた法務部が、収監中のエホバの証人兵役拒否者を含めた少数宗教を信仰する収容者の宗教集会を許容することで差別是正された。
[編集] 法的動向
兵役拒否者は69年、85年、92年に最高裁に上告して「良心的兵役拒否は、宗教と良心の自由に由来する行為のため、義務違反でない」と主張した。しかし大法院は「宗教教理を立てて兵役拒否する良心上の決定は、憲法で保障した宗教と良心の自由に属するものでない」と否認した。これによって今まで法院は兵役拒否者に対して有罪判決を宣告してきた。 しかし先の02年1月29日、ソウル南部地方法院でエホバの証人として兵役拒否して裁判を受けたイ・ギョンス氏が「代替服務を準備しないで拒否者を処罰している兵役法88条は、憲法で保障している宗教と良心の自由を侵害している」という理由で、憲法裁に違憲審判提案をした。この後、司法部は拒否者に対する宣告を憲法裁の決定以後に延ばす動向を見せ、多くの拒否者が釈放状態で憲法裁判断を待っている。再徴集を避けることができる最小刑量宣告や保釈が増加すると、00年末1,640人だった兵役拒否収監者は04年2月で521人に減少した。 01年初め、国会議員が兵役拒否に対する代替服務の立法を推進したが、エホバの証人を異端視する保守キリスト教界の反発で露散し、依然として進展がない。02年4月、「良心的兵役拒否と代替服務のための連帯会議」は、代案準備のため、弁護士、法学教授、人権活動家が参加した中、代替服務制度立法案をつくり署名運動を展開した。しかし政府と国会は依然としてこれに対する反応を見せていない。
[編集] 社会動向
01年にエホバの証人の兵役拒否者の長年の事例が一般に知られると、仏教信者であり平和活動家である呉太陽さんの拒否が続き、兵役拒否問題に対する社会的関心は急速に広がった。50年間、1万人のエホバの証人信者が兵役拒否し、現在も世界で一番多い兵役拒否収監者が存在する事実は、安保問題に覆われて無視された人権に対し、新しく警鐘を鳴らした。マスコミ、学界、法曹界、宗教界などで兵役拒否と代替服務に関する討論が進行され、02年2月に学界、政界、法曹界、マスコミ、市民・社会団体の著名人を含む1,552人が署名した「兵役拒否及び代替服務導入を促す1000人宣言」が発表された。 現在36の市民団体が参加している「良心的兵役拒否と代替服務のための連帯会議」は、02年の発足以後、現在まで兵役拒否者相談および法律支援、シンポジウム主催、代替服務制立法推進など、兵役拒否に対する社会的共感を広げるための努力をしている。02年4月は「民主社会のための弁護士の集い」など連帯会議代表団が国連人権委員会に参加して韓国の兵役拒否問題を報告し、03年3月は国連人権高等弁務官と台湾兵務庁が参加した兵役拒否国際会議を、アメリカ親友奉仕会議とともにソウルで開催した。 このような中、代替服務制導入に対して「特定宗教に対する特別待遇」、「分断状況による安保脅威」、「軍服務に対する公平性」を理由に反対した世論も、現実的な制度補完が必要だという認識の変化を見せてきている。兵役法に対する違憲審判提案後、兵役拒否者に対する保釈決定増加や1年6ケ月の最小刑量求刑など、司法部で見せている前向きな態度も兵役拒否に対する社会的認識の進展を見せてくれる一断面だ。 にもかかわらず政府と立法府は、兵役拒否問題が社会的に表に出て以後、いまだに代替服務制導入努力も見せていない。むしろ政府と国防省は兵役拒否に反対するための様々な努力を傾けている。02年10月に当時の金大中大統領が「兵役忌避は、どんな理由でも容認できないし、公平性にそぐわない」という立場を明らかにし、拒否者に対する拘束捜査が強化された。03年3月に教育部が各大学に「兵役拒否拡散を阻め」という公文書を下逹して物議を醸した。国防部も01年10月に発表した「兵役拒否代替服務に対する国防省の立場」以後反対を曲げていない。また現役軍人を対象に良心的兵役拒否を絶対に許容してはいけないという内容の教育をさせた。 国会でも兵役拒否問題は否定的に取り扱われている。03年6月に国家人権委員会が民間団体支援事業の一環として連帯会議の兵役拒否関連ドキュメンタリー製作を支援したことに関し、国会法司委で「兵役拒否ドキュメンタリー製作に人権委が予算を支援したが、若者の兵役忌避風潮に同調しようというのか」と一斉に糾弾した。これは人権問題を眺める現在の立法府の水準を如実に見せてくれる代表的な事例だ。 このような雰囲気の中で国家人権委員会も兵役拒否問題に対して立場を明らかにしていない。兵役拒否に関して、各国が施行している法と慣行について国家人権委員会も再検討するように促した58次国連人権委決議を思いだすと、国家人権委のより積極的な努力が求められる。エホバの証人を異端としている韓国キリスト教総連合会など保守キリスト教会の代替服務制反対の立場も、変化の兆しを見せていない。 一方で兵役拒否は韓国の反戦平和運動において広がりを見せている。02年6月、二人の女子中学生が在韓米軍の装甲車に轢かれ死亡した事件と、北朝鮮核問題をめぐってひきおこった北朝鮮とアメリカの軍事的緊張が高まった状況は、多くの韓国人にとって軍事に寄り掛かる伝統的安保政策に疑問を持つようなり、平和を祈願する声が高くなった。政府と議会が03年4月と04年2月の二度にわたって通過させたイラク派兵決定は、反戦平和運動が大きく広がるきっかけになった。数万の人が街頭に集まり、戦争、派兵反対の声を上げ、多くの人が「人間の盾」を志願してイラクに赴いた。しかし政府と議会は、軍事・経済的に対米依存度が高い韓国の状況は国益のためには仕方ないという論理で、アメリカのイラク侵攻と韓国軍派兵を正当化した。それだけでなくテロ防止法、集会とデモに関する法律の改訂など、韓国の人権、平和運動に冷水を浴びせるいくつかの措置を断行したり進行中で、市民団体の反発を買っている。 このような状況の中で兵役拒否は入隊を控えた若者に反戦平和の信念の実践として共感を得ている。01年末、エホバの証人以外として初めて呉太陽さんが兵役拒否をした後、現在まで10人が反戦平和の信念によって兵役を拒否して処罰されたり裁判中にある。03年11月は22歳の現役軍人であるカン・チョルミンさんが韓国軍イラク派兵決定に反対し、休暇中、部隊復帰を拒否して兵役拒否宣言し、軍務離脱罪で起訴された。自国の国土と国民を保護しなければならない軍隊が侵略戦争に参加する事実は、軍隊の役目とその一員である自分の位置に対して真剣に悩むようにさせた。韓国軍イラク派兵決定が侵略戦争を認めない憲法に違反しているとして、決定が撤回されるまで服務拒否する宣言をした。韓国で軍隊は何のために存在するかという質問を投げかけたカン・チョルミンさんの兵役拒否は、軍服務中兵役拒否として初めてだ。兵役中にある人も兵役拒否できるとしている98年の国連人権委決議によると、現在カン・チョルミンさんに加えられている軍当局の処罰は、国際人権規約締結国としての義務に違反している。01年にエホバの証人の拒否者の実状が知られ浮き彫りになった兵役拒否は、人権尊重と保護の問題であると同時に平和運動として新しく認識されている。
[編集] 歴史的な進展
米国ではもともと、南北戦争(1860年~1865年)の時代から良心的兵役拒否を認めており、第一次世界大戦では「宗教的兵役拒否」という言葉も生まれた。これらの背景には、教理上、戦争を否定するブレズレン(フレンド派)、メノナイト、クエーカー(友会)など「平和教会」と呼ばれる教派の存在がある。キリスト教の中では少数派の「平和教会」は、非暴力と非戦主義に関して社会に大きな貢献をした。第二次世界大戦中、全米で1万2千人が兵役を拒否し、兵役の代替業務である市民公共サービス (CPS) に従事した。そして「平和教会」を中心に、拒否者を支える全国支援会議が組織され、経費や業務の面で政府と協力してCPSの制度が実施されていた。
良心的兵役拒否の現代における思想は、「すべての者は神の御前で個々の行動に対して責任を負う」というプロテスタントのキリスト教信仰に起源を有している。それゆえに最初の拒否法の規定が、1900年にキリスト教のプロテスタント教国のノルウェーで紹介されたことは驚くべきことではない(デンマークとスウェーデンが1917年と1921年に後に続いた)。続く20数年の間に、ヨーロッパの他のプロテスタント教国も徐々に信者が良心的兵役拒否をする権利を認めるようになった。
カトリック教国では個人の罪や国家に対する忠誠に関わる、異なる見解ゆえに、50年を経て1963年にフランスやルクセンブルグで始まった。
冷戦下の欧州で、西側諸国での良心的兵役拒否者の立場は認められたが、多くの東側諸国はレーニンの意見を無視し良心的兵役拒否を認めなかった(東ドイツやソビエト連邦では事実上、良心的兵役拒否が認められていた)。冷戦終結後には、多くの東欧諸国が良心的兵役拒否を認めるようになった。
特殊なケースとして挙げられるのが東方正教会の伝統を持つギリシャである。ギリシャには伝統的に道徳的義務として国家に対する国民の不滅の忠誠と「正当防衛」がある。ギリシャは良心的兵役拒否と代替労役に関する法を有するヨーロッパの数少ない国の一つである。最近のヨーロッパで良心的兵役拒否の権利を認めたのは2003年のセルビア・モンテネグロが挙げられる。
第二次世界大戦中、良心的兵役拒否は、とりわけナチス・ドイツ占領下のヨーロッパにおいて反戦とレジスタンスの危険な形態の一つであった。日本においても、灯台社の明石順三が兵役を拒否して、特別高等警察に逮捕・収監された。
徴兵制度のある大韓民国においては2004年に良心的兵役拒否者が地方裁判所では無罪になったが、最高裁判所・憲法裁判所で有罪の判決を受けた。かつて韓国での兵役拒否者は、エホバの証人の信者に限られたが、現在は徴兵制度に反対する団体(02年2月に30の市民団体で構成された「良心的兵役拒否権と代替服務制のための連帯会議」など)も結成されている。ちなみに、韓国での兵役法違反者の量刑は、懲役1年6ヶ月が相場である。
[編集] 参照
[編集] 外部リンク
- The European Bureau for Conscientious Objection
- The Central Committee for Conscientious Objectors (US)
- War Resister's International
- 外務省 各国地域情報
- CIA World Fact Book
[編集] 関連項目
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