良弁

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

良弁
689年 - 774年
尊称 金鐘行者
宗派 華厳宗
寺院 東大寺
義淵

良弁(ろうべん、持統天皇3年(689年) - 宝亀4年閏11月24日774年1月10日))は、奈良時代華厳宗の僧。東大寺開山。通称を金鐘行者といった。

[編集] 生涯

相模国の柒部氏出身と言われている。伝説によれば、2歳のとき鷲にさらわれて、奈良の春日神社の杉の木に捨てられ、義淵に育てられたとされている。いずれにしても幼少より奈良に上って義淵について法相唯識を学んだのは事実である。

天平5年(733年)羂索院を建立し、盧舎那仏(るしゃなぶつ)の大像を造立、金鐘寺とした。その後、天平12年(740年)金鐘寺に新羅僧、審祥を講師として招き、『華厳経 』の講説を始めた。聖武天皇から崇敬され、天平14年(742年)には金鐘寺が大和国分寺に指定された。また、近江国南部に諸寺を建立し、紫香楽宮遷都にも関与したとも言われている。天平18年(746年)、天皇が金鐘寺を改めて東大寺とする工事が起さすと、橘諸兄行基らとともに尽力、初代別当となる。後に東大寺大仏建立の功績により、天平勝宝3年(751年) に少僧都となり、天平勝宝8歳(756年)には鑑真とともに大僧都に任じられる。その後、天平宝字4年(760年)8月に仏教界の粛正のために、慈訓法進とともに、僧階を改めるよう奏上する。

宝亀4年(773年)には、 僧正に任命され、その年の閏11月24日没。

[編集] 関連作品

ことばこって?

「ことばこ」は、歴史の人物から最先端テクノロジーまで、なんでも調べられるオンライン百科事典です。ウィキペディア財団が運営を行なっているwikipedia.orgから引用をしています。

おススメサイト
トラブログ
アレどう?
アフィリエイトB