船橋オートレース場
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
船橋オートレース場(ふなばしおーとれーすじょう)は、日本のオートレース場の一つ。千葉県船橋市にある。
開催は千葉県と船橋市が施行し、土地はららぽーと(当時の土地所有者は朝日土地興業)、建築物とその管理はよみうりランドがおこなっている。
実況は吉原完、二宮淳一が担当しているが、かつては堂前英男、奥野国英も実況を担当していた。
アシスタントは小島ミカが担当している、かつては水田薫、別府彩、町田沙織が担当していた。
入場者数と売り上げの減少により厳しい運営を強いられ、本場開催の削減や場外発売の増加により収支バランスの是正を図っていたが、更なる抜本的改革としてレースの開催も含めた民間委託が行われる事となった。委託先は日本トーターで2006年4月の開催より開始された。
目次 |
[編集] 歴史
全国6つのレース場の中で最も古く、オートレース発祥の地である。駐車場側建物に「オートレース発祥の地」の文字が掲示されており、京葉線車内からも確認できる。
- 1950年(昭和25年)8月25日:社団法人千葉県小型自動車競走会が設立
- 1950年(昭和25年)10月29日:船橋競馬場の競馬コースの内側に併設されたダートコースに開場(千葉県)
- 1955年(昭和30年)3月18日:船橋市営第1回オートレースを開催
- 1967年(昭和42年)12月31日:船橋サーキット跡地に新オートレース場完成。同時に舗装コースとなる。
- 1968年(昭和43年)1月11日:新オートレース場での第1回船橋オートレースを開催
- 1973年(昭和48年)5月31日:四輪車レースの廃止
- 1978年(昭和53年)7月21日:第1回黒潮杯争奪戦開催
- 1979年(昭和54年)11月9日:第1回さざんか杯争奪戦開催
- 1991年(平成3年)9月:電話投票開始
- 2006年(平成18年)4月:施行者業務を日本トーターに包括委託
[編集] 観戦スタンド
特筆すべきは他のレース場にはないバックストレッチの観客席である。スタンドが多いため東京湾側(ゴール側)を「海側」、入場門側(バック側)を「山側」と呼び区別している。
[編集] 海岸第一スタンド
ゴール前に設置、ゴール前の攻防を間近で観戦ができる。4Fは特別観覧席(一席1000円)。最上階は審判席、実況席で審判塔の役目も兼ねている。 元々ここにあった旧船橋サーキットのメインスタンドを流用したものである。
[編集] 海岸第二スタンド
1コーナーに設置、1Fを冷暖房完備のガラス張りにしており、場外発売のときや暑い時にはファンが多い。 2005年度は1年間使用されていなかったが、日本トーターに民間委託された2006年度より、場外発売日における営業の中心エリアとなる。
[編集] 防音スタンド
周辺への騒音低減の為にある防音壁を利用して設置されたスタンド、2コーナーに設置。
[編集] 山側第一スタンド
バックに設置、入場門が近く、本場場外を問わずファンで混雑していたが、2006年3月に閉鎖(観覧席は使用可)となり、投票所や売店が海側第二スタンドに移転された。今後は建て直しを含めその去就が注目される。
[編集] 山側第二スタンド
3コーナー付近に設置、全てが特別観覧席である。1FはB席(無料)で簡易なベンチがあり、走路を間近で見る事が出来る。2FはA席(一席1000円)で机があり楽に観戦が可能。3FはS席(一席4000円)2人に1つづつモニターがあり、豪華な内装や予想紙のサービス等がある。
[編集] 主な所属選手
[編集] 情報
- 敷地面積:115,703m²(約35,000坪)
- 競走路1周:500m(幅員:30m)
- 収容人数:29,307人
- 駐車場収容台数:2,541台 (60,187m²)
- 近年の普通開催における年間平均入場者数は4,500人(平成16年度日本選手権オートレース (SG)では15,000人)
[編集] アクセス
※駐車場の出入口の数が少なく、また隣接するららぽーとやイケア船橋店から帰る車とバッティングする事が多いため、自家用車で行った場合、かなりの確率で帰りの際に渋滞に巻き込まれる。
[編集] 外部リンク
| オートレース |
|---|
| オートレース場 |
| SGレース |
カテゴリ: オートレース場 | 千葉県のスポーツ施設 | 船橋市

