舟木一夫
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舟木 一夫(ふなき かずお、1944年12月12日 - )は、日本の歌手、タレント。愛知県一宮市出身。本名は、上田成幸。
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[編集] 来歴
初期の所属事務所はホリプロダクション、すなわち現在のホリプロであった。
当初は舟木和夫という芸名になる予定だったが、舟木自身の希望で一夫になった<ref>ゲンダイネット 舟木一夫「青春賛歌のウラ側で…」遠藤実(2)</ref>。
優れた美声で1960年代を中心にヒットを飛ばし、同じ時期にデビューした西郷輝彦、橋幸夫とともに「御三家」として人気を集める。青春ソングの定番「高校三年生」に代表されるように、学生時代を元にした歌謡曲のほか、銭形平次のテーマソングのように、時代モノも数多く歌っている。また舞台などにも出演し、多彩な活動している。
1963年、「高校三年生」でコロムビアからデビューし、いきなり120万枚の大ヒットを飛ばし、スター歌手に。同名で本人が主演した映画も大ヒットした。それに続き「学園広場」「修学旅行」などもヒットする。1970年頃には、こうした青春ソング以外にも時代モノ、民謡調などの歌にも独特の持ち味で数々のヒットを飛ばした。テレビ時代劇「銭形平次」のテーマソングも、番組のロングランもあって舟木の歌としてよく知られるところとなった。
また特に詩歌、文学をモチーフにした叙情歌謡と呼ばれるジャンルでは持ち前の歌唱を活かして第一人者的存在となり、「絶唱」「初恋」などがヒットし、1966年には「絶唱」で日本レコード大賞歌唱賞を受賞した。このジャンルとしてはその集大成ともいうべきアルバム「その人は昔」がある。これは作家松山善三氏の長編抒情詩を正味1時間すべての舟木の歌唱で埋めるという、前代未聞の作品であり 舟木の歌唱が最大限に発揮されている。更にこの作品はLPとしては当時記録的な売上となり、後に舟木と内藤洋子により映画化もされた。そしてこのLPおよび映画が劇画作家ながやす巧氏に大いなる影響を与え、その代表作「愛と誠」を生むきっかけとなった、という事実はコミック界では結構有名なエピソードである。
1972年、心身不調により自殺を図るが未遂に終わる。1973年、再び心身の不調のため翌年まで10ヶ月間静養。しかし1974年、NHKテレビ「思い出のメロデイー」で復帰。
その後十数年に渡り不遇時代が続いたが、デビュー30周年プレ公演を機に、主に中高年女性のアイドルとして人気再燃。1999年には中日ドラゴンズの応援歌「燃えよドラゴンズ!'99」を歌い(舟木自身も大のドラゴンズファンである)、25年ぶりにオリコン40位ランクインを記録。
現在も、歌手としてテレビやコンサートで精力的に活躍している他、舞台俳優としても毎年座長公演をこなし、幅広い層から根強いファンを集めていることで知られている。
2007年にはデビュー45周年を迎える。
[編集] 代表曲
- 「高校三年生」(作詞:丘灯至夫/作曲:遠藤実、昭和38年)
- 「修学旅行」(作詞:丘灯至夫/作曲:遠藤実)
- 「学園広場」(作詞:関沢新一/作曲:遠藤実、昭和38年)
- 「只今授業中」
- 「仲間たち」(作詞:西沢爽/作曲:遠藤実)
- 「あゝ青春の胸の血は」(作詞:西沢爽/作曲:遠藤実)
- 「涙の敗戦投手」(作詞:丘灯至夫/作曲:戸塚三博)
- 「君たちがいて僕がいた」(作詞:丘灯至夫/作曲:遠藤実)
- 「花咲く乙女たち」(作詞:西条八十/作曲:遠藤実)
- 「北国の街」(作詞:丘灯至夫/作曲:山路進一)
- 「あゝりんどうの花咲けど」(作詞:西沢爽/作曲:遠藤実)
- 「高原のお嬢さん」(作詞:関沢新一/作曲:松尾健司)
- 「銭形平次」(作詞:関沢新一/作曲:安藤実親)
- 「絶唱」(作詞:西条八十/作曲:市川昭介)
- 「夕笛」(作詞:西条八十/作曲:船村徹)
- 「初恋」(詩:島崎藤村<ref>島崎藤村の詩集「若菜集」より。『まだあげそめし前髪の』で知られている。</ref>/作曲:若松甲)
- 「残雪」
- 「ああ桜田門」
- 「燃えよドラゴンズ!'99」(シングル盤のカップリング曲「ROCK'N'ROLL ふるさと」)
[編集] テレビ
~NHK大河ドラマにも多く出演。時代劇俳優としての礎を築く。
- 川止め(TBS)
- 大忠臣蔵(TV東京)
~石坂洋次郎 青春シリーズ~
- ドロボーイ(日本テレビ)
- ビートたけしのお笑いウルトラクイズ(第2回)
- さんまのまんま(関西テレビ)
- 思いっきりTV(日本テレビ)
[編集] 映画
- 前述の「高校三年生」ほか、多くの主演、準主演作品がある。
当時の映画業界ではいわゆる「五社協定」なる掟が存在し 一人の俳優が複数の会社の映画に出演するというものが許されなかった。しかし舟木は歌手ということで この協定は適用されず、日本の当時の大手五社すべての映画に出演した。舟木の他にこのような動きをしたタレントは美空ひばりを除いて稀有である。
作品一覧
- 「高校三年生」(大映、1963年9月)
- 「学園広場」(日活、1963年11月)
- 「仲間たち」(日活、1964年2月)
- 「君たちがいて僕がいた」(東映、1964年5月)
- 「あゝ青春の胸の血は」(日活、1964年7月)
- 「夢のハワイで盆踊り」(東映、1964年8月)
- 「続・高校三年生」(大映、1964年9月)
- 「花咲く乙女たち」(日活、1965年1月)
- 「北国の街」(日活、1965年3月)
- 「東京は恋する」(日活、1965年9月)
- 「高原のお嬢さん」(日活、1965年11月)
- 「哀愁の夜」(日活、1966年4月)
- 「友を送る歌」(日活、1966年6月)
- 「絶唱」(日活、1966年8月)
- 「北国の旅情」(日活、1967年1月)
- 「一心太助・江戸っ子祭り」(東映、1967年4月)
- 「夕笛」(日活、1967年)
- 「その人は昔」(東宝、1967年)
- 「センチメンタルボーイ(東宝)
- 「永訣」(松竹)
- 「青春II」(ATG)
[編集] 「高校三年生」に関する特記事項
- 「高校三年生」のレコードジャケットで舟木が着ているのは当時の母校の制服である。
- 映画のロケが行われた滝中学校・高等学校には、今でも当時の校舎が、国の登録有形文化財として残っている。
- 映画の中で、舟木一夫が鉄棒で大車輪を披露する場面があるが、実際は当時滝高校に在籍していた高校二年の男子生徒がそのシーンのみ代役を務めている。
- 「高校三年生」を作詞した丘灯至夫、作曲した遠藤実は共に高校三年生を経験していない。
- 音楽の専門家ではない一般の人に「この曲はマイナー(短調)ですよ」と教えると 殆どの人が 信じない。明るい曲=長調、暗い曲=短調という単純な思いこみ。
- 同じ傾向の曲としてはやはり戦後の大ヒット曲で、この「高3」を含めた三本柱といわれる「リンゴの歌」「青い山脈」がある。
- 2003年より通信カラオケシステムDAMの機種改良に伴い、同機種で配信する「高校三年生」の背景映像に舟木本人が出演している。但し撮影時期の関係か舟木は教師役として出演している。校舎、生徒の制服・体操着等からアレンジされたのは恐らく1980年代前半でないかと思われる。他の通信カラオケ機種の背景映像は現代の高校生をアレンジしたものや別の青春映画を流用したもの等様々である。東映版カラオケでは舟木自身が主演した「君たちがいて僕がいた」のハイライトシーンが有名である。
[編集] 脚注
<references />
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク

