羽州街道

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羽州街道うしゅうかいどう)は江戸時代に整備された脇往還の1つである。

江戸から桑折宿(福島県桑折町)で奥州街道から分かれ、金山峠(山形県上山市)を越えて出羽国を縦断し油川宿(青森県青森市)に至る街道で、現在の山形県最上川に沿い南北に、ほぼ現在の国道13号に、秋田市以北は国道7号に当たる。

参勤交代の際に利用したは13藩(上山藩山形藩天童藩長瀞藩新庄藩庄内藩出羽松山藩矢島藩本荘藩亀田藩久保田藩黒石藩津軽藩)。

起点の現状。左が羽州街道、手前と右が奥州街道(2006年12月)

[編集] 宿場

58駅

桑折宿追分から金山峠まで(福島県宮城県

小坂、上戸沢、下戸沢、渡瀬、関、滑津、峠田、湯原、(干蒲)

金山峠から院内峠まで(山形県

楢下、上山、(黒沢)、松原、山形、天童、(六田)、(宮崎)、楯岡、(本飯田)、(土生田)、尾花沢、名木沢、舟形、新庄、金山、(中田)、及位

院内峠から矢立峠まで(秋田県

院内、横堀、湯沢、横手、金沢、六郷、大曲、神宮寺、刈和野、(上淀川)、境、(和田)、豊島、久保田、土崎湊、大久保、虻川、大川、一日市、鹿渡、森岡、豊岡、檜山、鶴形、飛根、荷上場、小繋、今泉、前山、(房沢)、綴子、川口、大館、釈迦内

矢立峠から松前道合流まで(青森県

碇ヶ関、大鰐、弘前、藤崎、浪岡、新城、油川

※ 本宿と間宿の区別について、正しく書き分けられた書物が見当たらずあやふやです。正しい区別のお分かりの方がいらっしゃいましたら加筆、修正をお願いします。

[編集] 別経路

米沢藩は羽州街道を使わず、ほぼ現在の奥羽本線に沿い板谷峠を越えて福島市に出る経路をとっていた。(米沢街道)

久保田藩は、一時期奥州街道の宮宿(宮城県刈田郡蔵王町)から分岐し笹谷峠を越え山形宿に至る経路を利用したことがある。(笹谷越え出羽街道)

[編集] 関連項目

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