群馬県

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群馬県のデータ
地方 関東地方
団体コード 10000-5 
ISO 3166-2 JP-10 
面積 6,363,16km²
総人口 2,015,515
(2007年6月1日)
隣接都道府県 埼玉県栃木県新潟県長野県福島県 
県の木 クロマツ 
県の花 レンゲツツジ 
県の鳥 ヤマドリ 
他のシンボル 群馬県の歌
県民の日:10月28日 
知事 小寺弘之 
群馬県庁
所在地 〒371-8570  群馬県
 前橋市大手町1丁目1番1号
電話番号 027-223-1111 
外部リンク 群馬県庁 
位置
特記事項 :
群馬県庁
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群馬県(ぐんまけん、英称 Gunma Prefecture)は、日本都道府県の一つで、関東地方北部に位置する。県庁所在地は前橋市

上代においては栃木県域とともに「毛野国」(毛の国)を形成し、これを上下に分かち「上毛野国(かみつけぬのくに)」とされ、のちに上野国となる。現在の県域はほぼ上野国と一致し、今でも異称として「上州じょうしゅう)」「上毛じょうもうかみつけ)」を用いることがある。県名は、藤原京木簡では「車」の一字で表記されていたが、奈良時代の初めに全国の群や郷の名を二文字の好字で表記する事となり「くるま)」を「群馬」と書くようになったことに由来する。この地方が古くから馬に関係あったことはよく知られている。「空っ風」「」「カカア天下」が名物。海洋国家である日本において、内陸側に位置する数少ない県である。


目次

[編集] 地理

[編集] 位置

しかし、野反湖尾瀬の水は日本海へ注ぎ、関東地方で日本海側河川の集水域になっているのは群馬県だけである。


余談だが、県の形が羽を広げたのように見えるため、上毛かるたでは「鶴舞う形の群馬県」という札がある。

[編集] 自然公園

日光国立公園上信越高原国立公園
妙義荒船佐久高原国定公園

[編集] 地勢

北部は赤城山谷川岳などの山があり、冬季は降雪量が多い。 南部は関東平野の北端にあたり、前橋市高崎市など、県の中心の施設があり、伊勢崎市で、桐生市織物である。また、太田市富士重工業の工場があり、高崎市とともに工業都市として有名である。食物は下仁田町ねぎ嬬恋村キャベツ富岡市や下仁田町のこんにゃく館林市渋川市伊香保町水沢地区(旧・伊香保町)のうどんなどが有名である。

県域の多くが山間部であるため県の人口の7割ほどが南部に集中している。

[編集] 歴史

岩宿遺跡を始め旧石器時代の遺跡が多い。上毛野国(かみつけぬのくに)は古代東国の一大中心地で、4世紀前半から前方後円墳が出現した。前橋天神山古墳、朝子塚古墳(太田市)、浅間山古墳(高崎市)、太田天神山古墳など東日本最大規模の古墳が築かれた。 また、太田市飯塚町にて埴輪挂甲の武人(はにわ けいこうのぶじん)が出土され、国宝に指定されている。

律令制の下では東山道上野国で、国府の所在地は現在の前橋市元総社町付近であったと推定されている。延喜式神名帳に記載される名神大社としては後に一ノ宮となった貫前神社(富岡市)や赤城神社(前橋市、富士見町に論社3社)、伊香保神社(伊香保町)があり、吉井町の辛科神社は渡来系の神社として知られている。このあたりには古くから渡来人が多かったようで、8世紀始めに甘楽、緑野、片岡各郡から6郷を割き、多胡郡が成立した。多胡郡建郡を記念する多胡碑など上野三碑が古代の金石文として知られる。

中世には鎌倉御家人となった上州武士も多かった。新田義貞足利尊氏とともに後醍醐天皇鎌倉幕府討幕運動に参加し、建武の新政にも参画した。

江戸時代初期には東国の北の守りとして主に譜代大名が上州に配置され、前橋藩高崎藩沼田藩館林藩安中藩小幡藩伊勢崎藩吉井藩七日市藩などがあり、交代寄合旗本では岩松(新田)氏の岩松陣屋があった。

江戸時代から昭和初期にかけては、桐生織を中心に、当時の基幹産業である絹織物生産の中心地となった。 上州の女性が家庭社会において従属的な位置に甘んじることなく元気溌剌としている大きな理由は、養蚕織物業によって女性であっても多くの収入を得る事が出来たからである。これは加齢年齢にも影響を受けない練達技巧である。いわゆる「かかあ天下と空っ風」である。養蚕業は原始的ながら複雑な工程を経るため、群馬県(埼玉県北部上武地域を含む)では養蚕業に由来する社会行事が多く残っている。民俗学的に優れた材料の宝庫ともいえ評価が高い。往々にして写真美術の題材になるなど養蚕業の深奥は未だに尽きるところがない。 養蚕製糸業は当然製造工学的な技術発展を促しておりこれを背景に大正時代には日本最大の飛行機会社となった中島飛行機が設立された。

第二次世界大戦中には疎開地として多くの民衆企業を受け入れた。軍需工場が集中する高崎市街地、前橋市街地、伊勢崎市街地、桐生市街地、中島飛行機太田工場、小泉工場はそれ故に米軍による市街地空襲の標的となり、その内、高崎市、前橋市、伊勢崎市、太田町(現:太田市)の市街地は甚大な被害を受けた(桐生市はほとんど被害なし)。戦後はこれまでの平野部の農業、工業製造業も復活したが、娯楽民生に技術を転用した好例として遊技機(パチンコ機パチスロ機)の製造販売が盛んである。製造業の系譜は途切れることなくまた女性の社会参加も同様である。県民の一世帯あたりの自家乗用車保有台数は全国でも首位を争うほどである。一家に親世代子世代用の各乗用車に加え一定の労務に従事する女性のための乗用車を用意しているのが各統計に見られる多くの姿である。

政治的にも首都圏にありながら保守土着の性質が未だに残り、当選回数を重ねて首班指名を受けるという現代保守政治の手続に忠実な意識である。このため戦後には福田赳夫中曽根康弘小渕恵三と3人の総理大臣を輩出している。

[編集] 主要年表

[編集] 古代

  • 708年 (和銅元年)多胡郡新設
  • 766年(天平神護2年)上野国内の新羅人193人に吉井連の姓を賜う
  • 811年 (弘仁2年)上野国を中国から大国に昇格させる
  • 826年 (天長3年)上野国を親王任国とする。(上野太守は葛井親王)
  • 939年 (天慶2年)平将門、上野国府を襲う
  • 1108年(天仁元年)7月21日 浅間山噴火

[編集] 中世

[編集] 近世

[編集] 明治

[編集] 大正

[編集] 昭和

[編集] 平成

※各市町村の人口は合併発足当時のもの。

[編集] 人口

[編集] 年齢構成

年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
総計 [単位 千人]

年齢 人口
0 - 4歳 95
5 - 9 100
10 - 14 95
15 - 19 101
20 - 24 122
25 - 29 128
30 - 34 152
35 - 39 134
40 - 44 122
45 - 49 128
50 - 54 153
55 - 59 158
60 - 64 138
65 - 69 112
70 - 74 104
75 - 79 87
80歳以上 102

年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
男女別 [単位 千人]

年齢
49 0 - 4歳 46
51 5 - 9 49
49 10 - 14 46
52 15 - 19 49
64 20 - 24 58
65 25 - 29 63
78 30 - 34 74
69 35 - 39 65
62 40 - 44 60
65 45 - 49 63
77 50 - 54 76
80 55 - 59 78
68 60 - 64 70
54 65 - 69 58
48 70 - 74 56
38 75 - 79 49
33 80歳以上 69


群馬県と全国の年齢別人口分布図(比較) 群馬県の年齢・男女別人口分布図
紫色は群馬県
緑色は全国
青色は男性
赤色は女性
総務省統計局 平成17年国勢調査より

※人口が10万人以上の市は前橋市(約31.9万人)、高崎市(約34.5万人)、太田市(約21.8万人)、伊勢崎市(約20.9万人)、桐生市(約13.1万人)の5市。江戸時代に小藩が分立していた為、他県のような大きな人口集積地域はみられない。特に太田市や伊勢崎市は周辺農地の転用住宅地が散在し、人口規模に見合ったような中心市街地がないのが特徴である。

平成の大合併により、前橋市と高崎市が30万都市となり、伊勢崎市と太田市は20万都市となった。桐生市は10万人台にとどまっている。

[編集] 群馬県12市

群馬県庁 新庁舎
群馬県庁 昭和庁舎
市名読み人口市制施行
前橋市まえばし31.9万人明治25年
高崎市たかさき34.5万人明治33年
桐生市きりゅう13.1万人大正10年
伊勢崎市いせさき20.9万人昭和15年
太田市おおた21.8万人昭和23年
沼田市ぬまた5.5万人昭和29年
館林市たてばやし8.1万人昭和29年
渋川市しぶかわ8.8万人昭和29年
藤岡市ふじおか7.1万人昭和29年
富岡市とみおか5.4万人昭和29年
安中市あんなか6.5万人昭和33年
みどり市みどり5.3万人平成18年

※みどり市を除いて以前からあった市で合併・編入を行わなかったのは館林市のみである。

[編集] 行政

[編集] 歴代知事(公選)

[編集] 地域

平成17年度に、県庁は県内を5つの地域に区分してそれぞれ県民局を設置した(地図等)。

人口県庁所在地前橋市が約32万人、隣接する高崎市が約34万人であり、実質的に双子都市となっているが、行政面では別々の地域とされることがほとんどである。岡山県岡山市倉敷市埼玉県の旧浦和市と旧大宮市(現さいたま市)の関係に似ている。

平成17年度以前は、県内を4つの地域に区分するのが一般的に受け入れられてきた。以下、その地区ごとに県下1281610を記載する。尚、地域名は正式呼称ではない。「町」の読み方は全て「まち」。「村」の読み方は全て「むら」。

※()内は合併前の市町村


[編集] 中毛地区

  • 中心都市は前橋市と伊勢崎市。人口713673

[編集] 中毛第一(前橋・渋川)

  • 人口467068


[編集] 中毛第二(伊勢崎)

  • 人口246605

[編集] 西毛地区

  • 中心都市は高崎市と富岡市。人口は595091

[編集] 西毛第一(高崎)

人口410805