美人画

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美人画(びじんが)とは、江戸時代の浮世絵の流れをくむ美人をモチーフにした絵画のことをさす。美しい女性をモチーフとした人物画は古今東西にあるが、美人画というのは日本特有の呼び方である。ただし、洋画であっても美人をモチーフにしたものであれば、美人画と呼ぶこともあり、日本では浮世絵や日本画の様式を取り入れた油絵の美人画も描かれた。

目次

[編集] 浮世絵の美人画

喜多川歌麿の「寛政三美人」

女性美をモチーフとした絵画は、さまざまな文化に見られる。浮世絵においても、古くからあるテーマのひとつであり、ごく初期では菱川師宣の肉筆美人画「見返り美人」がある。その後、錦絵の確立とともに、華奢で少女のようなあどけなさを持つ女性を多く描いた鈴木春信の美人画が流行した。天明期には鳥居清長の八頭身で手足が長く描かれた美人が好評を博す。寛政年間にはより肉感的な喜多川歌麿の美人が一世を風靡した。文化文政期以降になると渓斎英泉が描くような嗜虐趣味や屈折した情念を表すような退廃的な美人画が広まる。

浮世絵の女性の描き方には独特の傾向がある。時代や絵師によってもかわってくるが、小さい、あるいは切れ長の細い目、細面や下膨れした顔といった様式化された女性像が特色である。しかし、現代の日本の漫画で描かれる大きな目の女性が、現代において美しいとされる女性の顔をリアルに写し取ったものではないのと同じように、小さい目は美人画の様式とも言うべきものであり、小さな目が江戸時代に特に好まれたわけではないようである。絵画をもとに時代の感覚を考える場合には、絵画の様式的な部分、時代の女性美の感覚の変化を表す部分を、区別して考える必要がある。

[編集] 明治・大正期の美人画

明治時代になっても、浮世絵では幕末からの様式を引き継ぐ美人画がしばらく刷られていた。大正時代は、竹久夢二が「夢二式美人」と呼ばれる浮世絵風の様式と大正浪漫を融合させた美人像で人気を博し、夢二の美人像は現代に至っても非常に人気がある。

[編集] 日本画の中の美人画

東京の鏑木清方と京都の上村松園がこの分野での地位を確立し、「西の松園、東の清方」と称された。また伊東深水も、この分野で名を成した。

[編集] 美人画と広告

明治後期から大正にかけて、美人画が企業の広告ポスターとして印刷され出回るようになる。百貨店客船鉄道石鹸ビールなど、当時の世相・風俗を今に伝える媒体としても興味深い。

[編集] 現代の美人画

現代ではかつてないくらい美女(美少女)を描いた様式化された絵が氾濫しているが、多くは浮世絵や日本画の美人画の様式とは隔絶している。その中でも浮世絵以来の美人画の様式を引き継いでいる人気イラストレーターとして、林静一中村佑介らがあげられる。

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