織田郷広

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織田 郷広(おだ さとひろ、織田郷廣、生年不詳 - 宝徳3年(1451年))は室町時代武将織田淳広の子。尾張国守護代。先代の織田淳広と同一人物とする説がある。子に織田敏広織田広近等がいる。

主君・尾張国守護斯波義郷の一字「郷」を取り、郷広と名乗る。『建内記』によると郷広は寺社領・本所領を横領して、逐電した。嘉吉2年(1442年)頃、郷広に代わり、息子の敏広が尾張国守護代となる。宝徳3年(1451年)に主君・斯波氏に郷広は許しを請うが、斯波家は受け入れず。息子の敏広に自害させられた。『応仁略記』に「・・・敏広惣領と成って一錯乱終にして彼が親郷広越前にて生害」とある。


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