織田達定

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織田 達定(おだ たつさだ、生年不詳 ‐ 天正10年(1513年4月14日?(5月5日?))は室町時代戦国時代武将尾張国守護代織田寛広の子。通称は五郎。織田達勝の父。

主君の尾張国守護斯波義達の一字「達」を取り、達定と名乗った。没年で有るが『定光寺年代記』によれば「四月十四日夜、尾州織田五郎殿所害、尾州尽乱」と有り、4月14日に死去した思われる。(『東寺過去帳』では「永正十年五月五日合戦也、武衛屋形、織田五郎惣領と取合也。然而五郎生涯天命也。」と有り、5月5日とも)


先代:</dt>
織田寛広</dd>
清洲織田家歴代当主</dt>
織田達定</dd>
次代:</dt>
織田達勝</dd>
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