織田信門

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織田信門(おだ のぶかど、寛文2年(1662年) - 正徳6年6月1日1716年7月19日))は江戸時代旗本。旗本織田一之の長男。生母は織田高長の娘。初名は長元、長福。通称は平十郎。官位は従四位上左少将、美作守。

貞享4年(1687年7月10日、父一之の隠居により家督を相続する。弟高元に500石を分け与え、家領は近江神崎郡内1514石余りとなる。

元禄元年(1688年11月25日高家旗本となる。以後、幕末まで織田家は高家旗本として幕府に仕えた。元禄2年(1689年1月11日高家職に就任、従五位下侍従・美作守に叙任する。後に従四位上に昇進する。宝永3年(1706年)9月高家肝煎となる。宝永7年(1710年12月1日安房朝夷郡500石を加増される。正徳6年(1716年)6月1日死去、享年55。墓地は品川・東海寺清光院にある。

なお、安土総見寺織田信長の愛用していたという刀の譚を奉納している。表と裏に永楽銭を彫っているもので、現在は重要文化財に指定されている。

正室は高家旗本上杉長貞の次女。子女は3男3女。長男信有の死去により、養子長善(大和芝村藩織田長清の4男)、養子信倉(旗本能勢頼寛の3男)を迎える。


先代:</dt>
織田一之</dd>
高家織田家第4代当主</dt>
1687~1716</dd>
次代:</dt>
織田信倉</dd>
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