織田久長

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織田 久長(おだ ひさなが)は室町時代武将織田常竹(または織田伊勢守某)の子。織田敏定、織田敏任、織田常寛等の父。正室は朝倉教景女。官位伊勢守、兵庫助、弾正忠。通称は弾正左衛門。法名は常祐。清洲三奉行の一つ藤左衛門家の祖とされる。

尾張国守護代又代官・織田常竹の子として生まれた。『妙興寺文書』の「天祥庵規式案」によると条文に「織田兵庫助久長」と有り、奥に久長の華押が見える。応仁2年(1468年)、荒木田氏経の書状への返書に「織田伊勢守久長」と有る。


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