総督
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総督(そうとく)
- 中国の明代や清代の地方長官のこと。
- 英語のGovernor(英国領に対して)あるいはGovernor-General(英国からの独立国に対して)の訳語として、1の総督をあてたもの。歴史的には主に植民地、属国、属領などの地域に任命された行政長官の呼称の1つ。すでに植民地の地位を脱している場合にも使用されることがある。
- オスマン帝国における州の長官のこと。
- 日本の幕末から明治初期の軍司令官。禁裏御守衛総督、東征大総督など。
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[編集] 中国
中国の「総督」とは、国内の地方長官のことである。同時期の地方長官である巡撫が1省程度を管轄したのに対し、総督は複数省の軍民両政を執りしきった。明代には国難があった時に柔軟に対応するための臨時官(宣大総督・陝西三辺総督 等)であったが、この官職名を継承した清は常設官として大権を与えた。また、清ではこれら通常の総督の他に、特命大臣的な総督(河道総督・漕運総督 等)も配置した。清朝末期になると地方行政を一手に担う総督の中には中央朝廷より実力を持つ者も出始めた。(曽国藩・李鴻章・袁世凱 等)
[編集] 清の総督
[編集] ヨーロッパ及びヨーロッパの総督を導入した国
[編集] 古代ローマ
属州総督を参照のこと。
[編集] 近代以降
イギリスも植民地に総督をおいており、例えば、インドの総督は1773年から1950年の間、存在した。植民地独立後もイギリス連邦(Commonwealth)に属する国々の中には、現在でも元首である国王の名代として総督が任命されている国がある。例えばカナダやオーストラリアには現在でも職名としての総督が存在する。
ただし、イギリス領における総督(Governor)と、独立国における総督(Governor-General)には大きな違いがある点を強調しておく必要がある。両者とも、その地域における実質上の首長の役割を果たしている点では共通しているが、イギリス領である地域ではイギリス政府によってイギリス本国から総督が派遣されており、場合によってはかなりの統治権限を有する(返還前の香港が日本ではよく知られた例。現在ではジブラルタル、セントヘレナ、イギリス領ヴァージン諸島、フォークランド諸島などがこれに該当する)。それに対しカナダやオーストラリアなど独立国の場合、総督はあくまでもカナダやオーストラリアには通常は滞在していない各国国王(=イギリス国王)の代理として、法律の執行などの職務を行う存在である(オリンピックの開会宣言は通常その国の元首が行うが、1988年のカルガリーオリンピックや2000年に開催されたシドニーオリンピックでは、当時のカナダ総督やオーストラリア総督が開会宣言を行った。なお、1976年のモントリオールオリンピックではエリザベス2世自身が、カナダ女王として開会宣言を行っている)。そのため、それらに国における総督はイギリス政府とは完全に無関係であり(各国の王室=イギリス王室とは関係があるが)、実際には各国の首相の推薦により、各国の市民権を持つ人が総督に選ばれるのが普通である。
日本でも歴史的には、下関条約調印後1895年から1945年の間台湾総督府を、日韓併合条約調印後1910年から1945年の間朝鮮総督府を、それぞれ設置したことがある。また明治初期の地方裁判所の長官にあたる職位に総督という呼称を用いたこともある(裁判所 (地方制度)参照)。
16世紀~18世紀のネーデルラント連邦共和国(オランダ)では、各州の議会あるいは連邦議会により、州の首長として総督(Stadtholder;「統領」とも訳される)が任命された。事実上君主に近い地位であり、後のオランダ王家であるオラニエ=ナッサウ家の一族がほとんど世襲していた。
[編集] 各国の総督
- ドイツ
- ポーランド総督(ナチスドイツ)
[編集] オスマン帝国
オスマン帝国における州の長官(ワーリー)のことを総督と呼ぶこともある。
[編集] 関連項目

