綾羅木郷遺跡
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綾羅木郷遺跡(あやらぎごういせき)は、山口県下関市の綾羅木で、明治時代に発見された弥生時代の遺跡。台地上に複数の遺構が存在しており、その後の発掘調査において、古墳時代のものや、平安時代から鎌倉時代、室町時代にかけての遺構も発見されている。
1900年頃、弥生式土器と石斧が発見され、第二次世界大戦後の1956年になって本格的な発掘調査が開始された。 その後、ベトナム戦争の影響から、珪砂の輸入がストップしたため、綾羅木郷遺跡のある台地のさらに下層に埋まる珪砂の採掘作業が開始される。
これに際して緊急発掘調査が実施され、保存運動が起こったものの、遺跡の保存計画が進まない間にも採掘作業は継続され、さらには1969年3月8日、遺跡の史跡指定による採掘作業の停止を恐れた業者により、未調査の部分を含む遺跡の破壊が行われた。駆け付けた調査関係者が工事を中断させたものの、これによって遺跡の南側部分はほとんど破壊されてしまい、北側の一部も失われてしまった。
この事件は大きく報道され、事件から3日後の3月11日に至り、遺跡の一部が緊急に国の史跡として指定された。
現在、破壊された南側には下関市立考古博物館が建てられ、綾羅木郷遺跡からの各種出土品が展示されている。なお、破壊されずに残った遺跡の北側は2007年の段階で未調査の部分がある他、過去の発掘調査によって出土した品々の報告も完全には終わっていない。
発見・出土した主なものとしては、弥生時代の環濠集落のものと思われる環濠や、数多くの貯蔵穴、各種の土器や石器、少数の鉄器などが挙げられる。また、台地上には前方後円墳や墳墓の石棺などが残るほか、下関市内の別の場所から移された横穴式の円墳も存在する。
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