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社団法人日本経済団体連合会(にっぽんけいざいだんたいれんごうかい)は、日本商工会議所、経済同友会と並ぶ「経済三団体」の一つで、東証第一部上場企業を中心に構成される。2002年5月に経済団体連合会(経団連)と日本経営者団体連盟(日経連)が統合して発足した。略称は日本経団連(にっぽんけいだんれん)、または経団連。有力企業が多く加盟しているため、その利害が社会問題に対する見解や主張に反映されている。与党自民党を初めとして日本の各政党に献金を行い、政界・経済界に大きな影響力を持った組織と言われている。
事務局:東京都千代田区大手町一丁目9番4号(日本経済新聞東京本社に隣接)
[編集] 日経連と経団連
もともと経団連は日本の経済政策に対する財界からの提言及び発言力の確保を目的として結成された組織であり、日経連は労働問題を大企業経営者の立場から議論・提言する目的で結成された組織であった。しかし加盟企業のほとんどが重複しており、また日経連は労使間の対立の収束と共に役割を終えつつあったため、統合をきめた。
[編集] 人事一覧
会長については「日本の中心となる産業」の「中心となる企業」のリーダーから選ばれる傾向にある。当然ながら、「中心」の定義は時代によって異なる。また、「会長としての適性」、「会長活動に必要な資金を企業が捻出できるか」などを判断の上で決定される。会長は俗に財界総理とも呼ばれる。
なお、経団連会長職はかなり多忙な役職であるため、歴代の多くの会長は就任時に出身企業の会長(もしくはそれに類する役職)に就任し、出身企業の経営自体は社長など後任に任せているケースが多い。副会長については旧財閥系、各産業(鉄鋼、電力、電機など)の業界の中から選ばれる。
(2007年5月23日現在)
[編集] 歴代会長
旧経済団体連合会会長 旧日本経営者団体連盟会長
| 歴代会長 | 所属企業 | </th> | 歴代会長 | 所属企業 |
| 石川一郎</th><td>日産化学工業</th><th>初代</th><td>諸井貫一</th><td>秩父セメント |
<tr><td>石坂泰三</th><td>東京芝浦電気</th><th>二代</th><td>三鬼隆</th><td>八幡製鉄</td></tr>
<tr><td>植村甲午郎</th><td>経団連事務局</th><th>三代</th><td>加藤正人</th><td>大和紡績</td></tr>
<tr><td>土光敏夫</th><td>東京芝浦電気</th><th>四代</th><td>桜田武</th><td>日清紡績</td></tr>
<tr><td>稲山嘉寛</th><td>新日本製鐵</th><th>五代</th><td>大槻文平</th><td>三菱鉱業セメント</td></tr>
<tr><td>斎藤英四郎</th><td>新日本製鐵</th><th>六代</th><td>鈴木永二</th><td>三菱化成</td></tr>
<tr><td>平岩外四</th><td>東京電力</th><th>七代</th><td>永野健</th><td>三菱マテリアル</td></tr>
<tr><td>豊田章一郎</th><td>トヨタ自動車</th><th>八代</th><td>根本二郎</th><td>日本郵船</td></tr>
<tr><td>今井敬</th><td>新日本製鐵</th><th>九代</th><td>奥田碩</th><td>トヨタ自動車</td></tr>
</table>
日本経済団体連合会
| 歴代会長</th> | 所属企業</th><td>就任期間</th> |
<tr><th>初代</th><td>奥田碩</th><td>トヨタ自動車</td><td>2002年5月-2006年5月</td></tr>
<tr><th>二代</th><td>御手洗冨士夫</th><td>キヤノン社長</td><td>2006年5月-</td></tr>
</table>
[編集] 最近の動き
- 御手洗冨士夫は偽装請負問題に関し、「業者が労働者を指導できないのは問題がある」として、名称の変更と合法化を主張している。
- 2005年6月に発覚した鋼鉄製橋梁の談合事件によって、経団連からは、三菱重工と新日本製鐵(新日鉄)が起訴処分となった。それを受けて、経団連内では、西岡喬(三菱重工会長)と三村明夫(新日鉄社長)との処分を如何にするかで難航。結局、更迭等の処分にはせず「謝罪」にて事態を収めたが、これは、以下の要因が、役員の政策決定の場に影響を与え、結果的に「軽い処分」となったものと考えられる。
- (1) 過去にも現職役員が所属する社の刑事処分は例があったこと。
- (2) 新日鉄の三村、三菱重工の西岡とも、社の談合関与を率直に認め、経団連の定例会見でもその旨、説明責任を果たしたと認められた事。
- (3) 三村は最年少副会長であると同時に、次代の会長候補であり、その芽を摘むことは避けたかったとの思惑があった事。
- 日本経団連は度重なる会員企業の不祥事が起こったことを受け03年10月企業行動憲章を改定しそれまでの厳重注意、活動自粛、経団連の役職退任の処分に加えて会員資格停止、退会勧告、除名の厳重処分を導入したが、実際は有価証券報告書の虚偽記載が発覚した西武鉄道、ディーゼル排気微粒子除去装置(DPF)の性能データ捏造が発覚した三井物産、ジャーナリスト宅への盗聴事件を起こした武富士など重大な不祥事を起こした企業に対しては軽い厳重注意処分に留めた為、その対応に疑問の声が出ている。
- 長年、自民党を中心に政治献金を続け、「自民党の金庫」と呼ばれた。自民党は経団連から多額な政治献金を受け取っている。1993年、リクルート事件などの汚職を理由に政治献金の斡旋を中止したが、2004年に再開。2004年度の会員企業の政治献金は、自民党向けが22億2000万円、民主党向けが6000万円で、他党への献金は無かった(『産経新聞』8月24日号)。また、2007年2月23日に行われた衆議院予算委員会の中で、日本共産党の佐々木憲昭が、経団連が自民党に対し2004年に22.6億円、2005年の25億円の政治献金をしていると述べ、経団連内部の自民党に対する政策評価表の中にある「A」の数と献金額が比例して増えている事から「経団連の言いなりになればなるほど献金額が増えている。官邸が経団連に直接支配されている。」と批判した。
- 最近では、自民党だけでなく野党第一党の民主党と勉強会・懇談会を開催するなど、特定政党への偏りをなくすため「幅広い政党支持」を打ち出している。しかし、2005年の第44回衆議院議員総選挙では、8月24日、自民党の単独支持を決めた。その後、民主党は経団連と距離を置く小沢一郎体制の下で対決姿勢を強めており、2007年の衆議院予算委員会の中で民主党の枝野幸男が、経団連会長の御手洗冨士夫に偽装請負問題で参考人招致を要求した。また、2007年の勉強会・懇談会に小沢一郎は欠席している。
- 2005年6月21日にホワイトカラーエグゼンプション(ホワイトカラー労働時間規制撤廃制度)の実現を促す提言をした。しかし、残業手当全面撤廃を主張する一方で、ドイツ・オランダのような「残業禁止の義務化」には否定的である。
- 上記のホワイトカラーエグゼンプション等、経営側に有利な労働規制の緩和については、全体の福利に適うために市場原理に従うべきと、市場原理の利用を押し出すが、一方で既存企業の経営側に不利に働く「こともある」独禁法の強化についてはそれが公正な競争を促進し、市場原理を働かせるために不可欠な措置であるにもかかわらず、反対をしている。
- 2005年12月5日にライブドアの経団連入会を全会一致で承認した。だが、2006年1月16日にライブドアが東京地検に証券取引法違反容疑で家宅捜索を受けたのを受け、時の会長・奥田碩はライブドア入会は時期尚早過ぎたと発言し、今後は経団連入会について基準見直しを行う意向を示した。
- 大企業がバブル期を超える史上空前の利益を上げている中で更なる経済活性化の為に消費税の引き上げと法人税の減税を主張しているが、これらが更なる経済活性化に繋がるかどうかを疑問視する声(野口悠紀雄早稲田大学大学院教授 2006年12月4日付朝日新聞)も出ている。
- 経団連の会長は歴代経済財政諮問会議の議員を勤めているが、その立場を利用して、会長の出身企業もしくは経団連会員企業の業績を高める危険性が指摘されている。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク