粉河寺縁起絵巻

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粉河寺縁起絵巻こかわでら えんぎ えまき)は、日本の代表的な絵巻物の一つであり、国宝に指定されている。所蔵者は粉河寺であるが、火災に罹ったため傷みが激しく、通常は京都国立博物館に寄託されている。

紙本著色、縦30.8cm、横1984.2cm。成立は、平安時代の後半、12世紀頃とされる。天正年間に兵火に遭って罹災し、巻首部分と、全巻にわたる上下に甚だしい焼損が見られる。

[編集] 概要

舞台は、奈良時代最末期の宝亀年間(770年 - 780年)、紀伊国那賀郡に住していた山人の大伴孔子古(くじこ)なる人物を主人公とする。孔子古は、ある時、山中に奇瑞の地を発見し、そこに精舎を建立し、仏像を安置したいと発願する。

そうすると、一人の遊行の行者が現われ、仏師であると名乗り、仏像の建立を申し出る。行者は山中の庵に入って扉に鍵をかけ、7日経てば、見に来るように、と告げる。孔子古が8日目に扉を開けると、庵内には千手観音立像が安置されており、行者の姿は見えなかった。

その後、河内国渋河郡馬馳市に住していた佐太夫という長者の二人の娘が重篤な病いに倒れる。医師に診せても、手の施しようがない、と見放される。そこへ、行者が現われ、千手観音の陀羅尼によって加持祈祷を行なう。そうすると、俄かに二人の娘の病いは快癒する。佐太夫は、たいそう喜び、お礼として帯鞘の山刀を行者に布施する。去ろうとする行者に、佐太夫が在所を尋ねると、紀伊国那賀郡風市村にある粉河寺である、という返答がかえってくる。

そこで、佐太夫が一族あげて風市村へ赴くと、草庵の中に金色の千手観音像が立っており、その施無畏印を結んだ手に、佐太夫が喜捨した刀がかかっていた。

お米を研いだときに流れ出た「白い研ぎ汁」が目安となって、その場所がわかり、「粉」の「川=河」 粉河となったそうです。

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