空の神兵
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
空の神兵(そらのしんぺい)とは、大日本帝国海軍、並びに大日本帝国陸軍落下傘部隊(空挺部隊)に対する愛称、またはそれをモデルにした映画及び軍歌の名称である。
目次 |
[編集] 日本空挺隊の活躍
1942年(昭和17年)1月11日海軍落下傘部隊がセレベス島メナドに、同年2月14日、陸軍落下傘部隊がスマトラ島パレンバンに対し、奇襲降下を敢行し、ほぼ無傷の油田施設や敵飛行場を制圧した。
[編集] 映画「空の神兵」
1942年製作の陸軍航空本部監修日本映画社製作の国策映画である。陸軍落下傘部隊の猛訓練を描く。監督は渡辺義美。55分、白黒。下記主題歌が大ヒットした。2004年に日本映画新社よりDVDが発売されている(DNN-684)。
[編集] 軍歌「空の神兵」
「美しい軍歌」を目指して1942年に作られた。落下傘降下する奇襲部隊の華麗な勇姿を、青空に咲く白薔薇になぞらえている。歌詩に出てくる、空の青、パラシュートの白、たぎる血潮の赤、敵地の緑といった色彩的表現や、軍歌としては異色な、3拍子のワルツ風のスマートな曲調、間奏部におけるチューブラーベルとグロッケンシュピールによるパラシュートの描写が印象的である。更に詩の最後には「皇軍は天降る」とあり、はるか神話的世界への仄めかしもなされている。この曲は現在も陸上自衛隊の富士総合火力演習の際、落下傘部隊の降下展示のときに(器楽演奏で)流される。
高木は「自分はあの暗かった時代に少しでも彩りを、と思って作曲したら、あんな歌詞を付けられて迷惑した。」と証言しているが(小川寛大「『海ゆかば』を歌ったことがありますか。」 H&I 2006年 ISBN4-901032-84-4)より)、別の対談では「軍歌は嫌々作っていた」と話した後で「ただ空の神兵は、レコード会社の人が梅木三郎さんの歌詞を持ってきて、それを読んだ瞬間僕の頭にさわやかなイメージが広がったんです。簡明、直裁、且つ美しいイメージはこれまでの軍歌にはなかったものです。これなら作れると瞬間的に思いました。・・・(中略)・・・あの曲は僕の曲作り、曲想そのもので書く事ができたから、確か十五分くらいで出来上がったと思います」と証言している(雑誌「諸君」の平成13年9月号、作家・演出家久世光彦との対談)。こちらでは「歌詞から曲を作った」と証言している訳で、根本的に話が食い違っている。
[編集] 外部リンク
- 空の神兵 - 高木東六の述懐など
カテゴリ: 大日本帝国海軍 | 大日本帝国陸軍 | 軍歌 | ドキュメンタリー映画 | 日本の戦争映画(1945年以前) | 楽曲スタブ | 映画関連のスタブ項目 | 戦争スタブ

