硫酸

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硫酸
IUPAC名
別名
組成式 H2SO4
式量 98.08 g/mol
形状 油状の液体
結晶構造
CAS登録番号 7664-93-9
密度 1.84 g/cm3, 液体
(15℃)
水への溶解度 g/100 mL ( ℃)
融点 3 ℃
沸点 322 ℃
出典

硫酸(りゅうさん、sulfuric acid)は化学式 H2SO4 で示される無色で酸性の液体。緑バン油とも呼ばれる。化学薬品として最も大量に生産されている。

目次

[編集] 概要

三酸化硫黄 (SO3) を水と反応させて得られる粘性のある酸性の液体である。水に溶かすと発熱する。塩酸などとは異なり不揮発性であるため、濃度の低い硫酸であっても危険である。

硫酸の性質は濃度と温度によって大きく異なる。濃度の低い硫酸(質量パーセント濃度が約 90% 未満)を希硫酸(きりゅうさん)という。希硫酸は強酸性だが酸化力や脱水作用はない。濃度の高い硫酸(質量パーセント濃度が約 90% 以上)を濃硫酸(のうりゅうさん)という。濃硫酸はとしての性質は実は弱い(ほとんど電離しないため)。そのかわり吸湿性と強い脱水作用があり、有機化合物から水素と酸素を水分子の形で引き抜く。硫酸が皮膚に付くと火傷を起こすのは、この脱水作用と発熱のためである。おもに工業用品、医薬品肥料爆薬などの製造に用いる。濃硝酸と濃硫酸を混合した混酸は、有機物とニトロ化反応を起こす。

濃硫酸を加熱したものを熱濃硫酸(ねつのうりゅうさん)という。290 ℃以上では濃硫酸は水と三酸化硫黄に分解し、三酸化硫黄は酸化力を持つ。そのため熱濃硫酸には強い酸化力があり、酸化剤として用いられる。イオン化傾向の小さいとも反応する。また炭素のような非金属とも反応する。有機物とスルホン化反応を起こす(ただし発煙硫酸を使う方法のほうが一般的である)。

[編集] 歴史

[編集] イスラム錬金術

硫酸を発見した人物として2人の名前が知られている。1人は8世紀のイスラム世界の錬金術師ジャービル・イブン=ハイヤーン(ラテン名ゲベル Geber) であり、ミョウバンもしくは緑礬(りょくばん、硫酸鉄 FeSO4・7H2O)を乾留して硫酸を得たとされている。また、ゲベルは蒸留装置として現在も使用されているランビキ (alembic) の発明者でもある。

もう1人は9世紀のイスラム社会の医者であり錬金術師であったイプン・ザカリア・アルザジ (Ibn Zakariya al-Razi; Rhases) である。"green vitriol" と呼ばれた緑礬あるいは "Blue vitriol" と呼ばれた硫酸銅5水和物を含む鉱石を乾留して硫酸を発見した。乾留の過程で加熱による熱分解で酸化鉄あるいは酸化銅とともに、三酸化硫黄が発生する。これが水を吸って凝縮し、希硫酸が得られた。

この方法は、13世紀ドイツ人アルベルト・マグナスなどによるイスラム文献の翻訳により、ヨーロッパへと伝えられた。このような由来により中世の錬金術師の間では、硫酸は oil of vitriolspirit of vitriol と呼ばれていた。

1400年には、ベネディクト会の修道士であり、錬金術学者でもあったバレンティヌス (Basilius Valentinus) が硫黄硝石を併せて燃焼させると、金属を溶かす性質のある液体(硫酸)が得られることを発見した。バレンティヌスの他の功績として、著書 The Triumphal Chariot of Antimony において、初めて金属アンチモンの製法を記したことが挙げられる。

1600年ごろ、オランダ人の発明家コルネリウス・ドレベル (Cornelius Jacobszoon Drebbel) は、熱したイオウと硝石から当時としては最も効率よく硫酸を回収する方法を確立した。ドレベルの手法は150年後に登場するローバックの鉛室法につながっていった。なお、彼は1619年凸レンズを2つ備えた顕微鏡を発明し、1620年にイギリス海軍のために、世界初の潜水艦を建造している。このほか大気圧の変動を利用した永久時計やスズ染料も開発している。初等教育しか受けていないが多才な発明家であった。

17世紀にはドイツの化学者ヨハン・ルドルフ・グラウバー (Johann Rudolph Glauber) がアムステルダムに硫酸工場を設立している。水蒸気を通じながら、硫黄を硝石と一緒に燃やす手法を採った。硝石の分解生成物が硫黄を酸化して三酸化イオウを作り、三酸化イオウと水の化合物として硫酸を得ていた。硫酸工場の目的は、硝石と反応させて硝酸を製造するためであった。1654年には食塩に硫酸を反応させて塩酸を発見している。このとき生成する硫酸ナトリウムは彼の名からグラウバー塩とも呼ばれる。

[編集] 産業革命

1736年には、イギリスのジョシュア・ウォード (Joshua Ward) が全工程にガラス容器を用い、グラウバーの製法を用いて生産規模を拡大した。

1746年にイギリスの化学技術者ジョン・ローバック (John Roebuck) が反応容器の素材をそれまでのガラスからに変え、鉛室法の基礎を確立した。硫酸の製造コストを大幅に引き下げることができたため、鉛室法の工場はイギリス中に広まった。繊維漂白剤の製造に硫酸が欠かせなかったことから、17世紀から18世紀当時の産業革命の進展に大いに寄与した。さらに製鉄法に改良を加え、ジェームス・ワット蒸気機関開発に資金援助も行っている。

1793年フランスの化学者ニコラ・クレマン (Nicolas Clement) とシャルル・デゾルム (Charles Bernard Désormes) が鉛室法を完成した。鉛の容器中で硫黄と硝石に「空気を通じながら」燃焼させたことに特徴がある。クレマンとデゾルムは、1811年にヨウ素を発見した化学工業家ベルナルド・クルートアの友人であり、ヨウ素のサンプルの分析を依頼されて発見を再確認し、1813年11月29日にクルートアの業績を公開している。クルートアは火薬の製造に不可欠な硝酸カリウムの製造会社の跡取りであり、ヨウ素を発見したのは硝酸カリウムを海草から抽出した残留物に硫酸を過剰に加えたからであった。

その後、鉛室の前段階で硫黄を燃焼させ、三酸化硫黄を製造する工程が加わった。

1818年、フランスの物理学者、化学者であるゲイ=リュサックが鉛室法を改良、1827年には、鉛室で生成した窒素酸化物を回収するため、鉛室の後段に接続するゲイ=リュサック塔を考案した。1837年にはフランスの硫酸工場に最初の塔が設置されたものの、広範囲には使われなかった。

1859年には、イギリスのジョン・グローバー (John Glover) が回収した不純物を含む硫酸から硝酸を分離するためのグローバー塔を考案した。ゲイ=リュサック塔はグローバー塔と組み合わせることで真価を発揮し、硝酸法の地位が確立した。これをもって、硫酸製造の工業化が完成されたとされている。イオウの燃焼室、グローバー塔、鉛室、ゲイ=リュサック塔を直列に接続し、グローバー塔とゲイ=リュサック塔の間で硫酸を循環させるシステムができあがった。

1870年代には、鉛室の前後に2種類の塔を備えた硫酸工場がイギリスを中心にヨーロッパ中に広まった。

鉛室法は長い間標準的な製法であったが、白金触媒を用いる接触法が開発され、ついで、1915年に発見された五酸化バナジウム (V2O5) 触媒を用いるBASF法に置き換えられていった。

[編集] 物理的性質

濃度 98% の硫酸の融点は 3 ℃、比重は1.84 (15 ℃) である。204 ℃、98.33% の濃度で水と三酸化硫黄の分圧が等しくなるため、不揮発性ではあるが、温度を上げるだけではこれ以上濃度を高めることはできない。濃度が高くなるにつれ、油状になる。硫酸の粘度 (Pa・s) は温度の上昇とともに下がっていく。25 ℃、1気圧では、23.8 × 10−3 だが、50 ℃ で 11.7 × 10−3、100 ℃ では 4.1 × 10−3 となる。

[編集] 化学的性質

金属と反応させた場合の挙動は、金属の種類のほか、硫酸の濃度と温度に依存する。例えば濃度と温度がいずれも高い熱濃硫酸では、酸化力が高くなる。

反応生成物も変化に富む。一般には、水素 (H2)、硫化水素 (H2S) 、硫黄 (S)、二酸化硫黄 (SO2)、金属の硫化物、硫酸塩が生成する。

[編集] 工業的製法

硫酸の原料は二酸化硫黄 (SO2) である。日本国内では原料の二酸化硫黄を非鉄金属精錬不純物、もしくは回収硫黄から得ている。

硫酸は二酸化硫黄を酸化することで製造されている。

酸化の方法は大きく接触法と硝酸法に分かれる。歴史的には窒素酸化物触媒とする硝酸式で製造されてきたが、製造できる硫酸の濃度が低く、不純物も多くなってしまう。2004年現在、日本国内ではすべて接触法で硫酸を製造している。

接触法では、二酸化硫黄酸化するために固体である五酸化二バナジウムを用いる。固体触媒を使うため、不純物も少ない。硫酸の濃度を高めることも可能であり、発煙硫酸も製造できる。

<math>

\rm 2SO_2 + O_2 \longrightarrow 2SO_3 </math>

反応生成物である三酸化硫黄を濃硫酸に過剰に吸収させて発煙硫酸 (H2SO4nSO3) とし、希硫酸で希釈して濃硫酸を得る。

補足1: 三酸化硫黄とは発熱を伴って激しく反応し、硫酸を生じる。その化学反応式を以下に示す。

<math>

\rm SO_3 + H_2O \longrightarrow H_2SO_4 </math>

補足2: 硝酸法による硫酸製造の反応式

<math>

\rm SO_2 + NO_2 \longrightarrow SO_3 + NO </math>

補足3: 過酸化水素による方法

<math>

\rm SO_2 + H_2O_2 \longrightarrow H_2SO_4 </math>

[編集] 硫酸の生産能力

硫酸はさまざまな肥料繊維薬品の製造に不可欠である。そのため、硫酸の生産能力は、一国の化学産業の指標となっている。2000年現在の年間生産量では、全世界の9600万トンのうち、中国が2400万トンを占める。ついで、アメリカ合衆国の960万トン、ロシアの830万トン、日本の710万トン、インドの550万トンである。中国とインドは5年間で生産量を約 30% 伸ばしており、ロシアも成長しているが、日本は微増にとどまり、アメリカ合衆国は減少している。

[編集] 日本国内の製造史

国内最初の硫酸製造工場は、1872年(明治5年)、大阪市北区天満にある大阪造幣局に設置された。大阪造幣局創設の翌年である。貨幣に利用するの洗浄に用いるためである。当時の製造設備は硝酸法の一種である鉛室式であり、製造能力は1日当たり、180キログラムであった。

硝酸法のもう一つの製造方法である接触法の製造設備は日露戦争中である1905年に登場した。設置場所は、神奈川県平塚市にあった平塚海軍火薬廠である。製造能力は1日当たり、3,000キログラムであった。

[編集] 硫酸イオン

硫酸イオン(りゅうさんいおん、sulfate, SO42−)は主に硫酸およびその化合物の電離、分解などによって生成する2価の陰イオン、硫黄化合物である。硫酸は強い酸化剤となるため、硫酸イオンは金属と多くの化合物を作る。硫酸イオンから酸素原子が1つ取れたイオン (SO32−) は亜硫酸イオンと呼ばれる。

[編集] 硫酸塩

硫酸は安価に製造できる不揮発性の強酸の為、種々の硫酸塩が工業製品として製造されている。

[編集] 硫酸塩鉱物

鉱物学において、硫酸塩からなる鉱物硫酸塩鉱物(りゅうさんえんこうぶつ、sulfate mineral)という。明ばん石(KAl3(SO4)2(OH)6)、石膏(CaSO4・2H2O)、天青石(SrSO4)、重晶石(BaSO4)などがある。

[編集] 硫酸エステル

硫酸とアルコールとが脱水縮合した構造を持つ誘導体を示す。

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズに、硫酸に関連するカテゴリがあります。
ウィキメディア・コモンズに、硫酸塩に関連するカテゴリがあります。

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