石鎚神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

このページの項目名には、オペレーティングシステムなどの環境により表示が異なる文字があります。公式の表記ではが表示と異なるかもしれません。
<tr> <th style="white-space:nowrap">社格等</th> <td style="background: #fff">県社・別表神社</td> </tr> <tr> <th style="white-space:nowrap">創建</th> <td style="background: #fff">奈良時代 </tr> <tr> <th style="white-space:nowrap">本殿の様式</th> <td style="background: #fff">権現造</td> </tr> <tr> <th style="white-space:nowrap">例祭</th> <td style="background: #fff">4月5日10月5日</td> </tr> <tr> <th style="white-space:nowrap">主な神事</th> <td style="background: #fff">お山開き(7月1日~10日)</td> </tr>
石鎚神社
所在地 愛媛県西条市西田甲797番地
主祭神 石鎚毘古命(石土毘古命・石鎚大神)

石鎚神社(いしづちじんじゃ)は、西日本最高峰石鎚山を神体山とする神社で、愛媛県西条市に鎮座する本社・口之宮、中宮・成就社、頂上社、土小屋遙拝殿の総称である。旧社格県社で、現在は神社本庁別表神社。石鎚山総本宮と称し、宗教法人・石鎚本教の総本宮でもある。神紋は丸に石の字。

目次

[編集] 祭神

石鎚毘古命(古事記では石土毘古。石鎚大神とも称する)祭神は一柱だが、智仁勇の三つの神徳を表すために三体の神像を祀る。

[編集] 由緒

石鎚山は古くから日本七霊山の一つとして名高く、日本霊異記には「石鎚山の名は石槌の神が坐すによる」とある。役小角によって開かれたと伝えられ、その後、寂仙・上仙・空海光定といった高僧が修行した。以来、石鎚蔵王権現と称され、別当の前神寺(四国霊場64番)・横峰寺(四国霊場60番)のもとで、神仏習合・修験の道場として繁栄した。

また、朝廷・武家の崇敬極めて篤く、桓武天皇の勅願によって建立された前神寺には、文徳帝・高倉帝・崇徳帝・後醍醐帝など歴代天皇が納めた仏像や経巻が伝わる。興国3年(1342年)には後村上天皇が朝敵退散を祈願するために勅使を遣わしている。

武家では河野氏が篤く崇敬し、また、伊予の領主となった福島正則も参籠している。歴代西条藩主・小松藩主も厚く遇した。

明治になると、神仏分離によって前神寺と横峰寺は廃され、石鎚神社となった。前神寺の境内は石鎚神社の本社となり、横峰寺は西の遙拝所とされた。なお、前神寺は明治12年、塔頭寺院の医王院と合併し、前上寺として復興した。同40年、旧称に復す。また、横峰寺は大峰寺として復興し、明治42年、旧称に復した。

戦後は神社本庁に属して、別表神社に加列。同時に宗教法人石鎚本教を設立し、神仏習合の伝統に基づく教化活動を行っている。

[編集] 年中行事

  • 2月3日 星祭り
  • 4月5日 春季例大祭(桜まつり)
  • 7月1日~10日 お山開き
  • 10月5日 秋季例大祭(秋祭り)

[編集] その他

  • 頂上社の開いている期間 5月1日~11月3日

 (お守りやお札を売っている授与所も同じ)

[編集] 外部リンク

ことばこって?

「ことばこ」は、歴史の人物から最先端テクノロジーまで、なんでも調べられるオンライン百科事典です。ウィキペディア財団が運営を行なっているwikipedia.orgから引用をしています。

おススメサイト
トラブログ
アレどう?
アフィリエイトB