石鎚神社
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| 石鎚神社 | |
|---|---|
| 所在地 | 愛媛県西条市西田甲797番地 |
| 主祭神 | 石鎚毘古命(石土毘古命・石鎚大神) |
石鎚神社(いしづちじんじゃ)は、西日本最高峰石鎚山を神体山とする神社で、愛媛県西条市に鎮座する本社・口之宮、中宮・成就社、頂上社、土小屋遙拝殿の総称である。旧社格は県社で、現在は神社本庁の別表神社。石鎚山総本宮と称し、宗教法人・石鎚本教の総本宮でもある。神紋は丸に石の字。
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[編集] 祭神
石鎚毘古命(古事記では石土毘古。石鎚大神とも称する)祭神は一柱だが、智仁勇の三つの神徳を表すために三体の神像を祀る。
[編集] 由緒
石鎚山は古くから日本七霊山の一つとして名高く、日本霊異記には「石鎚山の名は石槌の神が坐すによる」とある。役小角によって開かれたと伝えられ、その後、寂仙・上仙・空海・光定といった高僧が修行した。以来、石鎚蔵王権現と称され、別当の前神寺(四国霊場64番)・横峰寺(四国霊場60番)のもとで、神仏習合・修験の道場として繁栄した。
また、朝廷・武家の崇敬極めて篤く、桓武天皇の勅願によって建立された前神寺には、文徳帝・高倉帝・崇徳帝・後醍醐帝など歴代天皇が納めた仏像や経巻が伝わる。興国3年(1342年)には後村上天皇が朝敵退散を祈願するために勅使を遣わしている。
武家では河野氏が篤く崇敬し、また、伊予の領主となった福島正則も参籠している。歴代西条藩主・小松藩主も厚く遇した。
明治になると、神仏分離によって前神寺と横峰寺は廃され、石鎚神社となった。前神寺の境内は石鎚神社の本社となり、横峰寺は西の遙拝所とされた。なお、前神寺は明治12年、塔頭寺院の医王院と合併し、前上寺として復興した。同40年、旧称に復す。また、横峰寺は大峰寺として復興し、明治42年、旧称に復した。
戦後は神社本庁に属して、別表神社に加列。同時に宗教法人石鎚本教を設立し、神仏習合の伝統に基づく教化活動を行っている。
[編集] 年中行事
- 2月3日 星祭り
- 4月5日 春季例大祭(桜まつり)
- 7月1日~10日 お山開き
- 10月5日 秋季例大祭(秋祭り)
[編集] その他
- 頂上社の開いている期間 5月1日~11月3日
(お守りやお札を売っている授与所も同じ)
[編集] 外部リンク
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