生気論

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

生命力 から転送)

生気論(せいきろん、vitalism)とは、動植物など生命の営みには、古典物理化学理論では扱っていない何らかの非物質的存在、すなわち生気が関わっている、あるいは合目的性が備わっているとする説のこと。ただし「生気論」という名を冠した理論の系統があるのではなく、様々な考え方が"生気論"という名のもとに時代を遡ってひとくくりにされている。主に科学史や科学哲学史において使われる用語。

目次

[編集] 概説

一般的には機械論と対立するものとされている。動植物などの生命だけに特有な力を 認める/認めない という点での対立である。

科学史的には、生気論は物理化学の発達とともに生気論はひとつひとつ否定され、機械論的な説明に置き換わってきた、とされている。現代の自然科学では、機械論的説明や、実証主義などに基づく方法("科学的方法")により生命を解明しようとしており、非物質的存在は基本的に考慮されず、生気論は受け入れられていない。

ただし現在でも自然科学によって説明できない事象もまだ多くあり、伝統医療における気功の気論など、非物質的存在の概念は臨床面で有効なものもあり、この生物と非生物を決定づけるものが不均衡になることによって病が生じると考えている。西洋の伝統ではこれらの生命力は四大気質とされ、東洋ではプラーナなどと呼ばれる。

[編集] 歴史

[編集] 古代ギリシア

ヒトをはじめとして生物は生きているが、その振る舞いは非生物のそれよりも複雑であり、合目的的に創られている印象を受ける。また経験的に生命には非生物とはことなる何かが備わっていると感じることがあり、生気論はおそらくそれらの経験則から始まった学説である。そのため生気論は古い歴史をもつ。特に古代ギリシアヒポクラテスアリストテレスガレノスらが残した学説は有力であった。

例えばヒポクラテスは人間の気質を規定する四体液を唱えた。黒胆汁、黄胆汁、血液、粘液があり、それらの体液の割合により人の気質が決定されているとするものである。アリストテレスは鉱物、植物、産卵性動物、哺乳類、ヒトという生物の配列を考え、植物には「植物霊魂」、動物には「動物霊魂」、人間には「理性霊魂」が備わっているとした。ガレノスは解剖学や生理学の観察から、生気は自然精気、生命精気、動物精気の三形態をとると説いた。彼らが言う霊魂や精気は「生気」に相当すると考えられる。

彼らの学説は、西洋における生気論の源流であり、生物は何らかの目的を持って創られたという推測を前提としていた。

[編集] 自然科学の発展と生気論

17世紀のフランスの哲学者ルネ・デカルトは、自著『情念論』(Passions de l'âme 1649年)において、「松果腺からの動物精気が神経を動かし感情が生じる」とした。

ブルーメンバッハは『形成衝動』(1781)において、生物の形態が物理・化学的な素材や力学的作用因だけでは生まれないとし、生命特有の因子があるとした。

有機物の合成
17世紀 - 18世紀の化学者ゲオルグ・エルンスト・シュタールは、「無機物から有機物を合成できるのは生物のみであり、それは体内の生気が必要であるからだ」と提唱した。これは生気論の根拠として重要視された。しかし化学技術の発展により、1828年フリードリヒ・ヴェーラーによる尿素の合成をはじめとして、多くの有機物が人工的に生体外で合成できるようになった。
生理機能
また医学の分野では1861年ルイ・パスツールの『自然発生説の検討』によって示された生物の自然発生説は完全否定された。(1590年のヤンセンによる顕微鏡の発明により1672年アントニー・ファン・レーウェンフック微生物を発見し)ロバート・コッホによって1876年炭疽菌が発見され、その病原性の証明から始まった微生物病原説が成立。また解剖学生理学により様々な器官の機能が解明された。それらにより生理機能のうち生気論によらず説明できるものが増え、医学における生気論もゆらぎはじめた。
合目的性
チャールズ・ダーウィン(1809年 - 1882年)などによって提唱された進化に含まれる適者生存などの概念は生気論に衝撃を与えた。人を含め、現存する多様な生物は、何らかの目的をもって創造されたのではなく、偶然がもたらす多様化の過程で生じてきたと考えられ、生物の合目的性を否定することになるからである。このように、物理学的な説明が可能である場合は、それが採用されるようになった。

[編集] 新生気論

ハンス・ドリーシュ(1867年 - 1941年)が、生命現象がもつ全体性などを根拠にネオヴァイタリズム(新生気論)をとなえた。ウニの胚を二分割する実験の結果を踏まえて、自著『有機体の哲学』(1909年)において全体の形態を維持する「調和等能系」の概念を提示、これの作用因は「エンテレヒー」である、とした。だが学会では機械論が多数派で、この「エンテレヒー」の概念は大きな波紋を呼び、ドリーシュの説は徹底的に批判された。

それでも、この新生気論は20世紀前半の各国の生命論に影響を与えた。例えば日本を例にとると、1932年に出版された『岩波講座生物学』の中の戸坂潤の「生物学論」は、主にドリーシュの説に沿ったものだった。

[編集] 否定

その後、ウィーン・シカゴ学派は、このドリーシュの説を徹底的に攻撃した。1966年のカルナップの著作『物理学の哲学的基礎』にはドリーシュとの論争の様子が回顧されている。

フランスの分子生物学者ジャック・モノ(Jacques Lucien Monod、1910年 - 1976年)も自著においてドリーシュの説を否定した。イギリスの分子生物学者フランシス・クリック(1916年 - 2004年)も自著においてドリーシュの説を否定している。生気論は通常、自然科学の範疇では通常扱われなくなっている、といえる。

[編集] 再評価

ドリーシュが提唱した「エンテレヒー」は、物質ではなく、生物の全体のコントロールのために作用する因子の概念である。これが1900年代前半の科学の水準ではとらえどころがないとされ、酷評されたわけだが、今日の科学の水準でこれを再検討してみると、この「エンテレヒー」の概念は今日でいうところの「情報」の概念と合致する部分が多々ある。すなわちドリーシュは、彼の時代にはまだ十分理解されていなかった「情報科学」や、発見されていなかった「DNA」(=情報の塊)の作用を、おぼろげながらに見抜き、それに何とかして名称を与えようとしていた、ということが言え、その点を評価する論者も最近では存在している。

[編集] 関連項目

ことばこって?

「ことばこ」は、歴史の人物から最先端テクノロジーまで、なんでも調べられるオンライン百科事典です。ウィキペディア財団が運営を行なっているwikipedia.orgから引用をしています。

おススメサイト
トラブログ
アレどう?
アフィリエイトB