琉球独立運動

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琉球独立運動(りゅうきゅうどくりつうんどう)は、1945年太平洋戦争終結後に、沖縄県の帰属が不明なったとの主張を受け、新たな帰属先を論議するなかで、アメリカ合衆国への編入や日本への復帰ではなく、琉球の国家としての独立を求めて始められた運動。 </br>沖縄独立運動(おきなわどくりつうんどう)ともいう。

目次

[編集] 沿革

琉球独立運動では、日琉同祖論に倣い琉球民族日本民族の傍系であるとは認めつつも、琉球民族は歴史的に独自の発展を遂げて独立した民族になったと主張し、明治時代より強引に同化政策を施されはしたが、日本の敗戦により再び琉球人になり、アメリカ信託統治を経て独立国家になるだろう、と予測した。本土では、戦後沖縄人連盟などが結成され、当初独立への主張がなされていた。また、戦後日本共産党沖縄民族の独立を祝うメッセージ)や日本社会党は琉球民族が大日本帝国に抑圧されていたと規定し、表面上、沖縄独立支持を表明した。

  • 日本共産党ソビエト連邦の影響下、反米工作として支援したのであり、その最終目的は旧琉球領域からのアメリカ勢力の排除であった。そのため、非合法組織としての奄美共産党(奄美大島社会民主党)、次いで沖縄共産党(沖縄人民党)が結成された。その後、党の方針が転換され、また住民の多くは日本への復帰を望んでいため、独立から復帰へと目標が変更された。そして沖縄・奄美の両共産党は、それぞれの地域の日本復帰後に日本共産党に合流した。このことでソ連の影響下から離れ独自路線を歩むことになるが、反米の方針は変わっていない。また奄美諸島の復帰運動で、中心的役割も果たした奄美共産党の初期目標には「奄美人民共和国」の建国があった。

[編集] 現状

独立を指向する言論の中には、1972年の復帰時にも米軍基地の多くが返還されぬまま残されため、日本政府に対して「本土並み」を期待した沖縄県民の落胆は大きいとし、米軍基地の返還交渉を自由に行なうための主権獲得が、独立のメリットとする主張もある。1995年に、沖縄県で米軍基地に対する反対運動が起こったときなどに、琉球独立論が取り上げられた。

2005年に、琉球大学法文学部助教授の林泉忠香港中国人)が、沖縄県民意識調査を実施(電話帳から、無作為抽出して電話をかける方法で、18歳以上の沖縄県民を対象に実施。1029人から有効回答を得た)。結果、沖縄県民の内、自らが日本人ではなく沖縄人(琉球人)であると答えた人は40.6%、沖縄が独立すべきだと答えた人は24.9%であったとされる。

また、本土には200万人以上の沖縄・奄美関係者(婚姻相手及び子孫)が居住し、沖縄・奄美には十万人に満たない、本土出身者が居住している。

[編集] 将来への展望

現在全国的に導入が論議されている道州制と結びつけ、沖縄を単独の道州とすることで大幅な自治権を獲得する案も議論されている。内閣総理大臣の諮問機関である地方制度調査会が2006年に発表した答申<ref>道州制のあり方に関する答申について (PDF) </ref>に示された道州制区割り案では、いずれも沖縄を単独の道州としている。ただし、そのことが独立論に直接に結びつく訳ではない。

現在、琉球独立運動は一般の沖縄県民の支持を得るに至っていない。これは琉球独立運動家による主張の実現可能性が低いことも関係している。たとえば、琉球独立の支持者や賛同する市民団体のなかには、琉球共和国及び地域の名称として沖縄特別自治省、元首(首長)の役職として沖縄省主席を主張している。また民主党の「一国二制度」論などもこれに含まれる。もちろん、これらが実現不可能であると断ずることはできないが、決して実現可能性が高いとは受け止められていない。 かつて川満信一が発表した「琉球共和社会憲法C私(試)案」<ref>『新沖縄文学』沖縄タイムス社、1981年6号</ref>では、「軍備の廃止」のみならず、「司法機関(警察検察裁判所)の廃止」「私有財産の否定」「情報の統制」「商行為の禁止」も謳うなど、理念先行という印象を与え、現実を見据えた自立(独立)に向けた政策の研究が見られないことも独立論の実現可能性に疑問符がつく原因となっている。

[編集] 中国の政策

かつて、宗谷海峡がソ連核ミサイル原潜の太平洋への出口であったことから北海道の軍事的緊張が高まったのと同様、沖縄は新興中国艦隊の太平洋への出口であり、半島有事、台湾有事の際の米軍の韓国・台湾支援ルートを扼する要衝であり、かつての北海道のような緊張地域になりつつある。そのため戦前に溥儀が隣国に政治利用されたように、琉球独立運動が、周辺国に政治利用される事を危惧する声もある。

  • 第一列島線
  • 地政学的状況
    • ゴールドマン・サックスの経済予測によれば2035-2045年中国のGDPは米国を追越すと予測している。2007年現在中国のGDPはドイツを急追しており、2015-2017年に日本を抜くと見られている。
    • 中国の実質軍事費は2005年8兆円でロシアを抜いて世界2位となり、2006年10兆円、2007年14兆円と急激に拡大している。中国の揚陸艦隊はすでに最盛期のソ連太平洋揚陸艦隊の規模を超えており、実際のところ沖縄はかつての北海道を上回る軍事的脅威に晒されている。2010-2020年に大型空母6隻建造予定と報じられている。(米国は太平洋/大西洋に6-7隻づつ配置している)
    • 地政学的には新興覇権国家は自国の安全保障のために自国の周囲に衛星国を広げて外郭防衛線を外側に展開してゆくケースが多いとされている。とりわけ新興大国(中国)は自然国境(太平洋)の自国側を自国の覇権下に置こうとするケースが多く、米国側の「飛び地」である日台韓は圧力にさらされつつある。
    • 米政界の要人リチャード・アーミテージも日本での公演で下記の発言をしている。
      • 「21世紀における中国の台頭は19世紀のドイツ、20世紀の米国と同じ意味をもつ」「だが、既存の超大国が次の超大国を迎えるに当たっては自ずと不安定さが増す危険性がある」「米国は2020年までは依然として超大国として存在し続ける。その米国に取って代わる国家や国家集合体はあるか。その綱引きが不確実性の要因となる。」と指摘している。(アーミテージ氏 公演記録[1]
  • 中国中央軍事委員会の政策
    • 1980年代後半、中国中央軍事委員会副主席劉華清は以後50年にわたる遠大な外郭防衛展開政策を打ち出した。1982-2000年を再建期、2000-2010年を躍進前期と位置づけ、有事に日本本土・沖縄・台湾・フィリピン(第一列島線)に外郭防衛線を展開する能力の獲得。2010-2020年を躍進後期として有事に小笠原・グアム以西(第二列島線)の海上支配権を握れる海軍力の獲得 2020-2040年を完成期として西太平洋、インド洋の海洋覇権の確保を掲げている
    • 発表当初は当時の中国の経済力と余りに壮大な規模から大きな関心を呼ばなかったが、その後の中国の経済発展により、5年遅れだが中国はこの壮大な軍備拡張計画を実行して見せ、現在、米国防総省、極東諸国の国防関係者の注目を集めている。
    • しかし、問題は中国中央軍事委員会が外郭防衛線として挙げた日本本土・沖縄・台湾・フィリピン第一列島線は中国の領土ではなく、日本・台湾・フィリピンの領土である事である。
    • 2007年現在日本では「沖縄が周辺国に狙われるなどとは馬鹿げた誇大妄想である」という論者もいるが、「それは状況を知らないだけだ。中国中央軍事委員会が沖縄を自国の外郭防衛展開地域に指定しており、中国海軍が大揚陸艦隊と空母6隻を建造する計画で、沖縄が中国海軍の太平洋への出口の要衝である以上、現在沖縄は、かつての北海道やベルギーと同じ地理的不幸に直面していると観るべきだ」という論者も居る
    • 保守的論者は過去の例として、日本が女真族の廃帝を利用して満州の分離独立を図った例、米国がパナマ独立運動を支援した上、自国の保護国化した例、最近では東チモール独立運動の例など分離独立運動が外国に利用された例を挙げ、同時に全体主義国中国に併合されたチベットでチベット人が虐殺されている事を指摘している。
    • 同時に、民主党の一国二制度構想は「安全保障に鈍感すぎる」として批判を浴びた。

[編集] 脚注

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[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

[編集] 外部リンク

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