温家宝
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温 家宝(Wen Jiabao, ウェン・チアパオ、おん かほう、男性、1942年9月 - )は、中国の政治家。国務院総理 (首相)。
1942年9月、天津郊外の教員の家に生まれた。天津南開中学卒業後、1960年北京地質学院(現・中国地質大学)に入り、1965年中国共産党入党、1967年研究生課程を卒業して地質関係の技術者となった。甘粛省で地質工作に従事し、胡錦涛と同様に、当時の甘粛党委書記だった宋平に抜擢された。14年間にわたり勤務した甘粛省では地質局副局長、地質鉱山部副部長などを歴任。
孫大光地質部長の賞賛を受けて政界入り。胡耀邦、趙紫陽、江沢民の三人の下で中央弁公庁主任を務め、1989年の天安門事件では趙紫陽の秘書として、共に学生の元へ向かったものの、当時の立場や自己批判が考慮され、失脚することなく続投。1993年、経済、農業分野に責任を負う。1998年、副総理就任と共に農業、金融を担当。呉邦国、李長春らと争って、総理となる。2003年に就任。政治局の序列は第三位。
趣味はランニング。外遊に出た際も早朝のランニングは欠かさず行っている。また、以前は野球をやっていたとのことで2007年の来日の際に、立命館大学の学生と野球を楽しんでいた(ちなみに左投左打)。<ref>http://www.nikkansports.com/general/f-gn-tp0-20070413-184186.html</ref>
[編集] 訪日(2007年4月11日)
2007年4月11日に訪日。温はこの訪日を「融氷之旅(日中の冷えきった政治的関係を氷に例え、その融解への旅)」と位置付け、「政冷経熱」の日中関係を打開する道筋をつけようとした。12日の国会での演説では「日本の過去への謝罪」を評価する一方で「それを行動で示すように」とした(これは靖国神社参拝を自粛することを求めているということ。)。また、「戦後、日本が平和発展の道を歩んだことを中国人民は評価する」という原稿を読み飛ばしてしまった。
天皇との会談では明仁(今上天皇)に「北京オリンピックの開会式に召喚したい」と述べ、外務省の困惑を誘った。
他にも、主要政党の首脳や創価学会の池田大作とも会談した。立命館大学に「四庫全書」を寄贈した。
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
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