法王
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
法王(ほうおう)
目次 |
[編集] 仏教
仏教における法王は、漢訳の法華経などに登場する仏教用語で、釈迦(ゴーダマ・シッダルタ)や如来(仏陀)などの、仏法におけるかしら。または、チベット仏教(ラマ教)の教主のこと。
古代百済29代王の称号(参照朝鮮国王の一覧)。 聖徳太子の自称でもあり、766年称徳天皇により道鏡のための称号としても用いられた。または法皇のことを指す場合もある。
[編集] キリスト教
キリスト教では、カトリック教会の最高権威であるローマ教皇をさして「法王」あるいは「ローマ法王」と呼ぶことがある。かつては「法王」と「教皇」が混用して用いられていたが、1981年のヨハネ・パウロ2世による史上初の教皇日本訪問に際し、日本のカトリック司教団が「王」という印象を与える「法王」よりも「教え」という文字が入っている「教皇」の方が現代の教皇のあり方にふさわしいと考え、両者の混用を廃することにした。それによってカトリック教会の表記では「教皇」に統一することとし、マスメディアにも呼びかけた。以来、カトリック教会としての公式な呼称は「教皇」で統一されているが、マスメディアや一般の書籍では未だに「法王」と「教皇」が共に用いられている。歴史関係では「教皇領」など教皇を使う場合が多い。 官報や外務省関係の書類やホームページでは、一貫して「ローマ法王」の語が用いられており、日本政府における公式称号はこちらであると考えられる。
日本のカトリック教会の見解は下記の通り。
- 「ローマ法王」と「ローマ教皇」、どちらが正しい? - カトリック中央協議会
[編集] イスラム教
イスラム教の信徒の共同体の指導者をカリフというが、かつてはこれを回教の法王あるいは教皇と訳すことがしばしばあった。
[編集] キリスト教の法王・教皇とイスラム教のカリフの違い
イスラム教のカリフは、ローマ教会の教皇(法王)に似ているとされる。確かに、カリフという語は「代理人」を意味し、使徒ムハンマドの代理人の資格でイスラム共同体を指導したので、使徒ペテロを継承するローマ教皇とよく似ている。また、アッバース朝期の後半からマムルーク朝期にかけては、有力な軍事指導者に大アミール、スルタンなどの称号を授与し、その権威を保証するものの、実態においてはまったく名目的・儀礼的な支配者に過ぎなかったことは神聖ローマ皇帝と教皇の関係に似る。
しかしながら、教皇とカリフの間には非常に大きな相違がある。すなわち、ローマ教皇はカトリック教会における聖職者の最高位ではあるが、カリフは聖職者ではないし、イスラム共同体における宗教的な権威の最高位ではない。そもそもイスラム教には理論上聖職者はいないとされ、ウラマーと呼ばれるイスラム教に関する学問を修めた知識人が宗教指導者にあたるが、カリフ自身の資格にはウラマーである必要も、イスラムの学問を修めている必要もない。カリフが存在するのはイスラム教の二大宗派のうちのスンナ派であるが、スンナ派では宗教的な解釈などの権威はウラマーの学界のコンセンサスによって成り立ち、それを動かす力をもつのは学識あると認められた高位のウラマーであって、カリフではない。このため、高位のウラマーの承認によってカリフが廃されることもしばしば起こった。
カリフはマムルーク朝の滅亡後いったん途絶え、18世紀後半から19世紀にオスマン帝国の皇帝がスルタンにしてカリフを兼ねる存在であるという言説とともに復活するが、この時代においても帝国内の宗務はウラマーの最高位であるシェイヒュルイスラームの権限であり、帝国外の宗務についてオスマン帝国の力は及ばなかった。近代におけるカリフは宗教的な指導者ではなく、全スンナ派イスラム世界の名目的な首長ととらえられていたとみるべきである。これはローマ教皇よりも、当時、東ローマ皇帝の権威を引き継いだと主張するロシア皇帝が、全東方正教会に対する保護者を自認していたのに似ている。

