氷川神社
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| 氷川神社 | |
|---|---|
| 所在地 | 埼玉県さいたま市大宮区高鼻町1-407 |
| 主祭神 | 須佐之男命 稲田姫命 大己貴命 |
氷川神社(ひかわじんじゃ)は埼玉県さいたま市大宮区にある神社である。足立郡を中心に武蔵国(東京都・埼玉県)各地にある氷川神社の総本社である。式内社(名神大)、武蔵国一宮、勅祭社で、旧社格は官幣大社。他の氷川神社と区別するために「大宮氷川神社」とも呼ばれる。
須佐之男命・稲田姫命・大己貴命を主祭神とする。 特に明治以後は国都が武蔵国に設置された事から、四方拝などの宮中祭祀の対象に加えられるなど、皇室からも重んじられた。
目次 |
[編集] 歴史
社伝によれば孝昭天皇3年に創建された。成務天皇の時代に出雲の兄多毛比命(えたもひのみこと)が武蔵国造となり、当社を崇敬した。この一帯は出雲族が開拓した地であり、武蔵国造は出雲国造と同族とされる。社名の「氷川」も出雲の「簸川」に由来するという説がある。延喜式神名帳では名神大社に列している。
近世には須佐之男命を祀る男体社、大己貴命を祀る簸王子社、稲田姫命を祀る女体社の三社に別れ、それぞれ岩井家・内倉家(後に断絶し、角井家が継承して西角井家を称する)・角井家(後に東角井家を称する)が神主を世襲していた(社家)。三社の祭神や順位を巡る論争もあったが、元禄12年(1699年)三社・三社家を同格とする裁定があった。 江戸時代には幕府より社地三百石が寄進されていた。
東京奠都の際、明治天皇が当社を勅祭社と定め、明治元年(1868年)10月28日に当社にて親祭を行った <ref>「氷川神社ヲ武蔵国ノ鎮守ト為スノ詔」が出された。国立公文書館(28葉目)</ref>。以来、例祭には勅使の参向があり、宮内庁楽師による歌舞が奉納される。
明治15年(1882年)社殿を改造し、簸王子社と女体社を廃して男体社に三神を祀るようになり、さらに昭和15年(1940年)国費で社殿・楼門等を改築し、現在の姿になった。
[編集] 交通
[編集] 各地の氷川神社
当社から勧請を受けた同名の「氷川神社」が、旧武蔵国を中心として多数ある。祇園信仰のうち、大宮氷川神社を中心として広まった信仰を特に氷川信仰という。
- 大宮の氷川神社と見沼区中川の中山神社(旧称・氷川神社あるいは中氷川神社)、緑区三室の氷川女体神社は、いずれもかつての見沼の畔に鎮座し、ほぼ一直線に並ぶ。この三社はそれぞれ大宮が男体社、中川が簸王子社、三室が女体社で、一体となって氷川神社を形成していたという説がある。
- 氷川神社(埼玉県川越市)
- 氷川神社(埼玉県鳩ヶ谷市)
- 氷川神社(東京都中野区)
- 氷川神社(東京都練馬区氷川台)
- 氷川神社(東京都足立区)
- 氷川神社(東京都港区赤坂)
- 氷川神社(東京都港区白金)
- 氷川神社(東京都港区元麻布)
- 氷川神社(東京都渋谷区恵比寿)
- 氷川神社(東京都東村山市)
- また、氷川神社、所沢市山口の中氷川神社、奥多摩町氷川の奥氷川神社がそれぞれ、本社・中社・奥社として一直線に並んでいるとも言われている。
尚、元麻布の氷川神社は、90年代の人気アニメ「セーラームーン」で、火川神社の名で登場し、且つ同作品の主要人物の一人であるセーラーマーズ・火野レイが巫女をしているという設定のため、当時のファンが押しかけたことで有名である。
[編集] 脚注
<references />
[編集] 関連項目
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