水戸ホーリーホック

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水戸ホーリーホック
原語表記 水戸ホーリーホック
愛称 ホーリーホック
FC水戸
クラブカラー
創設年 1990年
所属リーグ Jリーグ
所属ディビジョン ディビジョン2
ホームタウン 水戸市
ホームスタジアム 笠松運動公園陸上競技場
収容人数 22,022
代表者 宮田裕司
監督 前田秀樹
公式サイト 公式サイト

Template(■ノート ■解説)サッカークラブpj

水戸ホーリーホック(みとホーリーホック、英文表記:Mito HollyHock)は、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。

目次

[編集] クラブの概要・歴史

1990年に精肉業・プリマハム土浦工場の実業団チーム「プリマアセノFC」として発足。後に「プリマハムFC土浦」と改められる。1996年度の地域リーグ決勝大会で準優勝し1997年シーズンから旧JFLに参加。しかしプリマハムがサッカー部の支援を打ち切ったため、水戸市で1994年結成された「フットボールクラブ(FC)水戸」と合併し本拠地を移転、現在のチーム名となる。(なおチームの系譜としてはプリマハムサッカー部の結成された1990年を結成した年とみなしている)

ホームタウン茨城県水戸市となっており、実際同市立競技場も試合に使用されるものの、現状はJリーグ規格のスタジアムではないので、ホームスタジアムは水戸市近郊のひたちなか市那珂市東海村にまたがる笠松運動公園陸上競技場をメインにしている。またひたちなか市総合運動公園陸上競技場も準ホームスタジアムとなっているほか、上記4市村の他笠間市大洗町茨城町城里町を含めた8市町村で「ホームタウン推進協議会」を設立している。

練習はチーム専用グラウンドであるホーリーピッチの他、水戸市のツインフィールド(市立球技場)や笠松運動公園の球技場など水戸市近郊のグランドを利用している。

チーム名の「ホーリーホック(Hollyhock)」は英語で「(タチアオイ)」を意味し、水戸藩(徳川御三家のひとつ)の家紋の葵(ただしこれはフタバアオイのことで葵科ではない)から取られた。

[編集] 1997年~1999年

水戸ホーリーホックとしての公式戦初戦は1997年4月20日旧JFL開幕戦のコンサドーレ札幌戦(於笠松運動公園陸上競技場)である。 結果は0-2での敗戦であった。 その後、1999年からスタートするJ2リーグへの加盟を申請するも経営基盤の不安定さという理由から加盟は見送られ,新JFLへと移行。 同年に新JFLで3位(1位が準会員の横浜FCだったため、JFL正会員では2位)となり、翌2000年にJリーグ(J2)加盟。

[編集] 2000年~2002年

J2昇格後の公式戦初戦は2000年3月11日の浦和レッドダイヤモンズ戦(於駒場スタジアム)であり、結果は0-2で敗戦であった。水戸ホーリーホックのJ初勝利は第2節の大分トリニータ戦である。

観客動員は少なく、2000年と2004年を除いて観客動員数はJ2最下位、2000年と2004年も下から2番目と(ちなみに2000年の最下位はヴァンフォーレ甲府で、2004年の最下位はサガン鳥栖である)、毎年最下位かブービーのどちらかである。これは、使用する笠松運動公園陸上競技場の自家用車以外でのアクセスがあまり良くないこともさることながら、同じ茨城県にJ1の人気クラブで常に優勝争いを繰り広げる鹿島アントラーズがあるためだと思われる。

2003年当時は日本代表のセンターバックで現浦和レッズのDF闘莉王を前年、J2へ降格したサンフレッチェ広島からレンタル移籍で獲得し、最高位のJ2-7位にまで躍進させる原動力となった。 同年10月、日本への帰化をきっかけに、登録名をトゥーリオから現在の 田中マルクス闘莉王に変更。(トゥーリオを漢字に置き換えた)

[編集] 水戸ホーリーホックが起こしたドラマ

  • 2004年、2005年シーズンはJ2上位クラブを3クラブ共昇格決定にお見送りするなどの珍事を作ってしまった。
  • 2006年、ベガルタ仙台の連続試合無失点記録(6で止めた)や、横浜FCの連続無敗記録を打ち破る。

他にもJ1経験クラブがなかなか水戸から得点を奪えなかったりしたことから(通称水戸ナチオ)、他チームのサポーターからは今、J2で最も恐れられてるクラブと言われている。

  • 2004年から毎年夏場に関東地区にて行われるアウェイゲーム1箇所で納涼漢祭りが開催され、他チームのサポーターからも好評を得ている。
  • モンテディオ山形とはサポーター同士の親密な交流があり、対戦相手が山形のときは試合前に両チームの間でコール合戦が行われる。

[編集] チーム成績・歴代監督

年度 所属 試合 勝点 勝利 敗戦 引分 順位 監督 総監督
1997年 旧JFL 30 10 4 26 16位 中野雄二
1998年 30 23 8 22 14位 三浦俊也
1999年 JFL 24 45 16 8 0 3位 二宮浩
2000年 J2 40 43 15 21 4 9位/11チーム バビチ・ブランコ
2001年 44 25 8 32 4 11位/12チーム 小林寛菅野将晃
2002年 44 40 11 26 7 10位/12チーム 菅野将晃
2003年 44 56 15 18 11 7位/12チーム 前田秀樹
2004年 44 37 6 19 19 9位/12チーム
2005年 44 52 13 18 13 10位/12チーム
2006年 48 51 14 25 9 10位/13チーム

[編集] 獲得タイトル

  • 2006年末時点で獲得タイトルなし

[編集] ユニフォーム

ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st)
FP(2nd)
GK(1st)
GK(2nd)
 
FP 1st
 
FP 2nd
 
GK 1st
 
GK 2nd

[編集] チームカラー

  • チームカラーは青色

[編集] ユニホームスポンサー

  • 胸 ケーズデンキ
  • 背番号 imx(インタラクティブメディアミックス)

[編集] 過去のユニホームスポンサー

  • ネッツトヨタ茨城(1999~2000:胸)
  • トモヱ乳業(2000~2004:袖)
  • ケーズデンキは1999~2000年ごろに背番号スポンサーを務めた(2001~:胸)
  • シーエムシー茨城(2005途中~2006:袖)
  • 思学舎モア(2005途中~2006:パンツ)

[編集] ユニホームサプライの遍歴

  • 1999年~2005年 プーマ
  • 2006年~ mitre(マイター)(現在、水戸がJクラブで唯一の使用チーム)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

水戸ホーリーホック - 2007
1 本間幸司 | 2 篠福太郎 | 3 平松大志 | 4 鈴木和裕 | 5 初田真也 | 6 小椋祥平 | 7 村松潤 | 8 エジナウド | 9 鈴木孝明 | 11 塩沢勝吾 | 12 サポーター | 13 椎原拓也 | 14 吉本岳史 | 15 大橋直矢 | 16 木村純哉 | 17 金澤大将 | 18 金基洙 | 19 西野晃平 | 20 倉本崇史 | 21 武田博行 | 22 森賢一 | 23 遠藤敬佑 | 24 島貫純 | 25 鈴木良和 | 26 ビジュ | 27 岩舘侑哉 | 28 加藤広樹 | 29 眞行寺和彦 | 30 中村英之 | 31 原田欽庸 | 32 大和田真史 | 監督 前田秀樹 | クラブ |    編集
Jリーグ 2007
J1

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J2

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過去に存在したクラブ
横浜フリューゲルス

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