気多大社

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<tr> <td colspan="2" style="padding:0;background:#fff;text-align:center">
右から拝殿、本殿、摂社の若宮神社</td> </tr> <tr> <th style="white-space:nowrap">社格等</th> <td style="background: #fff">式内社(名神大)・能登国一宮・国幣大社・(別表神社)</td> </tr> <tr> <th style="white-space:nowrap">例祭</th> <td style="background: #fff">4月3日</td> </tr>
気多大社
所在地 石川県羽咋市寺家町ク1
主祭神 大己貴命

気多大社(けたたいしゃ)は、石川県羽咋市に鎮座する神社能登国一宮で、旧国幣大社である。大己貴命を祭神とする。旧称気多大神宮。正式には氣多大社

目次

[編集] 歴史

社伝によれば、大己貴命が出雲から舟で能登に入り、国土を開拓した後に守護神として鎮まったとされる。崇神天皇のときに社殿が造営された。奈良時代には北陸の大社として京にも名が伝わっており、『万葉集』に越中国司として赴任した大伴家持が参詣したときの歌が載っている。『延喜式』では名神大社に列し、能登国一宮とされた。畠山氏前田氏など歴代の領主からも手厚い保護を受けた。

1871年(明治4年)に国幣中社、1915年(大正4年)に国幣大社に列せられた。第二次世界大戦後は神社本庁の被包括宗教法人となり、別表神社に指定されていたが、平成17年(2005年)11月28日づけで神社本庁との包括関係を解消し単立神社となる決定を行い、同時に「財産の管理および処分に関する役員会の決議事項は神社本庁に報告する」と定めた神社規則変更を決議した。 石川県はこの規則変更決議を認証するも、2006年1月に神社本庁が県の認証を取り消すよう文部科学省に取り消しを申請し、2006年5月に文部科学省は石川県の認証を取り消す決断をくだす。これにより、神社本庁からの離脱が事実上、無効となった。神社本庁は2006年8月29日附で宮司を懲戒免職とし、翌30日に石川県神社庁長を兼任宮司に特任した。気多大社側ではこれらの神社本庁の処分を不服とし2006年9月に提訴を行った。

[編集] 祭事

鵜祭(うまつり)、平国祭(ひらくにまつり)などの特殊神事がある。

[編集] 文化財

神門
神門
天正12年(1584年)の作。1961年重要文化財指定。
拝殿
承応2年(1653年)乃至3年(1654年)大工 山上善右衛門の作とされ、神門と同時に重要文化財指定。
本殿摂社白山神社本殿
天明7年(1787年)の作で類例の少ない両流造りで1982年重要文化財指定。
摂社若宮神社本殿
永禄12年(1569年)の作で事代主命が祀られ、1950年に重要文化財に指定されている。
社叢
「入らずの森」として立ち入りが禁止され奥宮が安置されている。1967年天然記念物に指定。

[編集] 外部リンク

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