大納言

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

権大納言 から転送)

大納言(だいなごん)

  1. 日本の古代律令制度化での官位の一つ。この項で詳しく説明する。
  2. 植物名称の一つ。大納言(だいなごん)は、マメ科ササゲ属に属するアズキの一種。皮に独特の風味があり、煮込んで粒あんにすると柔らかな皮の食感が餡と調和するため高級和菓子で良く使われている。
  3. 大阪市にある和菓子会社。「茜丸五色どらやき」で有名。→茜丸本舗大納言

大納言(だいなごん)は、朝廷組織の最高機関、太政官の職の一つで、左大臣右大臣内大臣に次ぐ官位で、四等官の中の次官(すけ)に相当する。唐名(漢風名称)は亜相(あしょう)・亜槐(あかい)。いずれも大臣(相、槐門)に亜(つ)ぐもの、の意味。「龍作の官」と呼ばれるのは書経に「龍、なんじ納言(言をいれる)を作(な)せ」とあるのによる。正三位相当官。江戸時代には徳川家のうち将軍世子および尾張家紀伊家、駿府徳川家(廃絶)が任じられた。

主な職掌は、大臣の仕事を補佐し朝議に加わりそれを施行することで、定員は始め4人であったが、705年中納言の復活と共に2人に減らされる。しかしながら平安時代に権大納言(大納言の権官で定数は3人。のちに増員)が置かれ、定員は実質増員されている。後世では多いときでは8人が任じられていたが、後鳥羽天皇の治世以降定員は6人と定められ、もっぱら権大納言のみが置かれて正官の大納言は置かれないというケースが増えてきている。道鏡政権下では大納言と同格の法臣が置かれ僧侶が任命された。

目次

[編集] 主な大納言

名前 在職年 在職時の天皇 備考
大伴御行701年文武 
石上麻呂701年 - 704年文武 
藤原不比等701年 - 708年文武、元明 
紀麻呂701年 - 705年文武 
大伴安麻呂705年 - 714年文武、元明 
長屋王718年 - 721年元正 
阿倍宿奈麻呂718年 - 720年元正 
多治比池守721年 - 730年元正、聖武 
藤原武智麻呂729年 - 734年聖武 
大伴旅人730年 - 731年聖武 
橘諸兄737年 - 738年聖武 
藤原豊成740年 - 749年聖武、孝謙難波大臣
巨勢奈弖麻呂749年 - 753年聖武、孝謙 
藤原仲麻呂749年 - 757年聖武、孝謙 
石川年足758年 - 762年孝謙、淳仁 
文室浄三762年 - 764年孝謙、淳仁 
藤原永手764年 - 766年淳仁、称徳 
白壁王766年 - 770年称徳→(即位)光仁天皇
藤原真楯766年称徳 
吉備真備766年称徳 
弓削浄人768年 - 770年称徳、光仁 
大中臣清麿768年 - 771年称徳、光仁 
文室大市771年 - 777年光仁 
藤原魚名771年 - 778年光仁 
石上宅嗣780年 - 781年光仁、桓武 
藤原田麻呂781年光仁、桓武蜷淵大臣
藤原是公782年 - 783年桓武牛屋大臣
藤原継縄783年 - 790年桓武 
藤原小黒麻呂790年 - 794年桓武 
紀船守791年 - 792年桓武 
紀古佐美796年 - 797年桓武 
神王796年 - 798年桓武 
壹志濃王798年 - 805年桓武 
藤原雄友806年 - 807年桓武、平城 
藤原内麻呂806年桓武、平城後長岡大臣
藤原園人810年 - 812年嵯峨前山科大臣
坂上田村麻呂810年 - 811年嵯峨 
藤原冬嗣818年 - 821年嵯峨閑院左大臣
藤原緒嗣821年 - 825年嵯峨、淳和 
良峰安世828年 - 830年淳和 
藤原三守828年 - 838年淳和、仁明 
清原夏野830年 - 832年淳和 
源常838年 - 840年仁明 
藤原愛発840年 - 842年仁明 
橘氏公842年 - 844年仁明 
藤原良房843年 - 848年仁明 
源信848年 - 857年仁明、文徳北辺大臣
藤原良相856年 - 857年文徳 
安倍安仁857年 - 859年文徳、清和 
源定859年 - 863年清和陽院大納言
源弘859年 - 863年清和廣幡大納言
平高棟864年 - 867年清和 
伴善男864年 - 866年清和 
藤原氏宗867年 - 870年清和 
源融870年 - 872年清和 
藤原基経870年 - 872年清和 
源多872年 - 882年清和、陽成 
藤原常行872年 - 875年清和西三條右大将
南淵年名876年 - 877年清和、陽成 
藤原良世882年 - 891年陽成、光孝 
藤原冬緒882年 - 887年陽成、光孝 
源能有891年 - 869年光孝、宇多 
藤原時平897年 - 899年宇多、醍醐 
藤原高藤899年 - 900年醍醐 
源光899年 - 901年醍醐 
藤原定国902年 - 906年醍醐 
藤原国経902年 - 908年醍醐 
源貞恒908年醍醐 
藤原忠平911年 - 914年醍醐 
源湛913年 - 914年醍醐 
源昇914年 - 918年醍醐 
藤原道明914年 - 920年醍醐 
藤原定方920年 - 924年醍醐 
藤原清貫921年 - 930年醍醐 
藤原仲平927年 - 933年醍醐、朱雀 
藤原保忠930年 - 936年朱雀 
藤原恒佐933年 - 938年朱雀 
平伊望938年 - 939年朱雀 
藤原実頼939年 - 944年朱雀 
藤原師輔942年 - 947年朱雀、村上 
源清蔭948年 - 950年村上 
藤原顕忠948年 - 960年村上富小路右大臣
藤原元方951年 - 953年村上 
源高明953年 - 966年村上 
藤原在衡960年 - 969年村上、冷泉 
藤原師尹966年 - 967年村上、冷泉 
源兼明967年 - 971年村上、冷泉、円融御子左大臣
藤原伊尹969年 - 970年冷泉、円融 
橘好古971年 - 972年円融 
源雅信972年 - 977年円融 
藤原兼家972年 - 978年円融 
藤原為光977年 - 986年円融、花園後一条太政大臣
源重信978年 - 991年円融、花園、一条 
藤原朝光987年 - 995年一条閑院左大将
藤原済時991年 - 995年一条小一條大将
藤原顕光995年 - 996年一条堀河左大臣
藤原公季995年 - 997年一条 
源時中996年 - 1001年一条 
藤原道綱997年 - 1020年一条、三条後一条 
藤原懐忠1001年 - 1008年一条 
藤原実資1009年 - 1021年一条、三条、後一条 
藤原斉信1020年 - 1035年後一条 

[編集] 主な権大納言

名前 在職年 在職時の天皇 備考
清原夏野828年 - 830年淳和 
藤原良相854年 - 855年文徳 
安倍安仁856年 - 857年文徳 
藤原氏宗864年 - 867年清和 

[編集] 参考文献

[編集] 関連項目

ことばこって?

「ことばこ」は、歴史の人物から最先端テクノロジーまで、なんでも調べられるオンライン百科事典です。ウィキペディア財団が運営を行なっているwikipedia.orgから引用をしています。

おススメサイト
トラブログ
アレどう?
アフィリエイトB