標式遺跡
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
標式遺跡(ひょうしきいせき、type site)あるいは標準遺跡(ひょうじゅんいせき、standard site)は、考古学上の、遺構、遺物又はその一連となる関連性の集合として定義される特定の型式、形式、様式、あるいは、年代、文化期、文化層の命名、簡単に言えば時期区分名命名の契機を与えた遺跡、あるいはその基準となる遺構、遺物が検出された遺跡自身のことをいう。しばしは、長い時代にわたって営まれた遺跡が基準とされ、標式遺跡になることがある。標式遺跡は、普通、学史上の重要な遺跡になるので、時間がたつにつれ、研究が深化すると、その型式などの命名にふさわしくないことが後に判明しても混乱を避けるため変えないことが多い。
例えば、日本の関東地方の縄文時代については、土器の文様の変化が型式、時期区分名を決める基準になる。羽状縄文と呼ばれる前期の土器は、埼玉県蓮田市の関山貝塚から関山式、黒浜貝塚が黒浜式と命名の基準となった。東北地方では、仙台市の隣の七ヶ浜町の大木囲貝塚が長い年代によって営まれたことから幾層にもわたる土器群の大木1~10式の型式名のもとになっている。
目次 |
[編集] 関東地方の縄文時代の標式遺跡
[編集] 草創期
[編集] 早期
[編集] 前期
[編集] 中期
[編集] 後期
[編集] 晩期
- 安行猿貝貝塚(埼玉県川口市)→安行式
- 真福寺貝塚(埼玉県さいたま市岩槻区)→真福寺式(安行3C式)
- 荒海遺跡(千葉県成田市)→荒海式
- 山武姥山貝塚(千葉県山武郡横芝光町)→姥山 α' β' γ' δ' 式
[編集] 関東地方の弥生時代の標式遺跡
- 須和田遺跡(千葉県市川市)→須和田式=弥生中期
- 宮ノ台遺跡(千葉県茂原市)→宮ノ台式=弥生後期前半
- 弥生町遺跡(東京都文京区)→弥生町式=弥生後期後半
- 前野町遺跡(板橋区)→前野町式=弥生時代終末期、古墳時代初頭
[編集] 関東地方の古墳時代以降のかっての標式遺跡
- 五領遺跡(埼玉県東松山市)→五領式=古墳時代前期
- 和泉遺跡(東京都狛江市)→和泉式=古墳時代中期
- 鬼高遺跡(市川市)→鬼高式=古墳時代後期
- 真間遺跡(市川市)→真間式=飛鳥、奈良時代
- 国分遺跡(市川市)→国分式=奈良時代、平安時代初頭
[編集] 世界の標式遺跡
[編集] インダス文明
[編集] 中国
[編集] ヨーロッパ
- ネアンデルタール洞窟(ドイツ、デュッセルドルフ近郊)→ネアンデルタール人
- クロマニョン岩陰(フランス、レセジー付近)→クロマニョン人
- ラ=マドレーヌ遺跡(フランス、ドルドーニュ県)→ラスコー洞窟の壁画を生み出したマドレーヌ文化の標式遺跡
- ラ=ムスティエ遺跡(フランス、ドルドーニュ県)→ムスティリアン型打製石器で有名なムスティリアン文化の標式遺跡
- サン=アシュール遺跡(フランス、アミアン付近、ソンム川段丘上)→アシュレアン型打製石器で有名なアシュール文化の標式遺跡
[編集] 北米
- ブラックウォーター・ドロウ(アメリカ合衆国、ニューメキシコ州東部、ヤーノ・エスカタード地方、クローヴィス近郊)
- →クローヴィス文化、クローヴィス型尖頭器命名の起源となる。)
- フォルサム(アメリカ合衆国、ニューメキシコ州東部)
- →クローヴィス文化を受け継ぐフォルサム文化、フォルサム型尖頭器命名の起源となる。)
[編集] メソアメリカ
- テオティワカンについては、街区名や地域名が用いられる。e.g.ミッカオトリ(=死者の大通り)期
- 北部低地→ジビルチャルトゥン
- 中部低地→ティカルの北方のワシャクトゥン
- 先古典期中期から古典期後期までの時期区分名が用いられる。他の遺跡にも独自の時期区分がありつつも比較検討のためにワシャクトゥンの時期区分(phaseと呼ばれるので「相」、又ceramic complexが多用されるので「土器複合」)名が使用される。
e.g.先古典期中期後半(マモム期)、先古典期後期(チカネル期)、古典期前期(ツァコル期)、古典期後期(テペウ期)
- 南部高地→カミナルフュー
[編集] アンデス
[編集] 関連項目
カテゴリ: 歴史関連のスタブ項目 | 考古学 | 年代測定

