東京都

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この項目では行政区分としての東京都について説明しています。

  • 地方公共団体としての東京都については東京都庁をご覧ください。
  • 都市および地名としての一般的定義については東京をご覧ください。
東京都のデータ
地方 関東地方
団体コード 13000-1 
ISO 3166-2 JP-13 
面積 2187.05km²
※境界未定部分あり
総人口 12,696,025
(2007年3月1日)
隣接都道府県 神奈川県山梨県埼玉県千葉県 
都の木 イチョウ 
都の花 ソメイヨシノ 
都の鳥 ユリカモメ 
他のシンボル 都の歌:東京市歌・東京都歌
都民の日:10月1日 
知事 石原慎太郎 
東京都庁
所在地 〒163-8001  東京都
 新宿区西新宿2丁目8番1号
電話番号 03-5321-1111 
外部リンク 東京都庁 
位置 東経139度41分30秒
北緯35度41分22秒
特記事項 :

東京都庁
ウィキポータル 日本の都道府県/東京都
Template (■ノート ■解説) 都道府県ポータル

東京都(とうきょうと)は、都道府県の一つであり、日本の首都機能が置かれている東京特別区および多摩地方伊豆諸島小笠原諸島を管轄する地方公共団体である。小笠原諸島を管轄しているため、日本最南端及び最東端(異説あり)の都道府県でもある。また、沖縄県と共に太平洋戦争中地上戦が行われた自治体である。

目次

[編集] 名称

※ 関連記事「東京市と東京都」も参照。

大きく分けて、東京特別区(東京23区、特別区、区部。旧東京市多摩地方伊豆小笠原諸島島嶼部の三地域に分けられる。

第二次世界大戦中の1943年7月1日に、東京都制(昭和18年法律第89号)が施行され 、東京府東京市を統合した形で、東京都が設置された。第二次大戦後の1947年に、地方自治法が施行された為に東京都制は廃止されたが、「東京都」の名称と行政区域は変更されず、現在に至っている。このため、東京都庁は、市役所(23区を包括する市)としての機能と、県庁として広域行政体としての機能を併せ持っている。

一般的に、「東京」と言うと、「東京」の意味合いで区部(旧・東京市)を指す事が多い。しかし、「東京」と言うと、「東京」という意味合いで東京都全域(旧・東京府)を指す事が多い。

都内」「東京都内」と言うと、多摩地方と島嶼部も含めて全域を指すが、区部(旧東京市)のみを「都内」と呼んで、多摩地方を都下と呼ぶ事がある。これは、県内県下が同義である事を考えるとおかしな表現であるが、かつて「東京市内」「東京府下」とされた呼称が、都制施行時にそのまま「東京都内」「東京都下」に呼び変えられた事で起こった慣習的な表現だと言われている。 「都下」という呼び方は、「都下スポーツ大会」のように公的にも使われていたこともあるが、差別的あるいは見下したともみなせる表現のため現在では使われることが少ない。

「東京23区(特別区)」は、他の政令指定都市の「区」とは大きく形態が異なる。区長は公選制であり、近年には都からの権限委譲が進んでおりほとんど「市」と同様の自治体になっている。しかし、 住民が区から市への名称変更に抵抗があること、 残る権限委譲についてまとまってないことから未だに「区」との名称が残っている。


都庁舎の所在地は長年千代田区にあったが、1991年4月1日新宿区に移転した。この新宿副都心に完成した新都庁舎は、展望台も設置された観光名所としても知られ、文化放送(港区)もサテライトスタジオを開設した。

都の見解による都庁所在地は新宿区であるが、特別区の総称としての都市名で「東京」とされる場合もある。天気予報では、特別区を「東京」として表示する。

特に東京都区部は、日本の首都として、司法立法行政の中心地であり、経済の中心地でもある。人口は12,577,819人(2005年12月1日現在)。日本の都道府県の中では、人口が最も多く、東京都区部を中心とした都市圏首都圏)は、世界で最も人口が多い都市圏である。

[編集] 気候

  • 東京都及び、関東地方の大半が太平洋側気候に属す。
  • 春は天気は周期変化で、寒冷渦の影響で雷雨になる時もある。
  • 梅雨期は梅雨前線に覆われ雨の降りやすい天気が続く。前半は弱い雨が中心だが、後半は強い雨が降りやすい。また、空梅雨の年もある。
  • 夏は太平洋高気圧に覆われて晴れて暑くなる日が続く。台風の影響や雷雨も起こりやすい。
  • 秋は前半は太平洋高気圧に覆われて晴れて暑い日が続くが、後半は、秋雨前線の影響で雨が降りやすくなる。
  • 冬は、西高東低の冬型の気圧配置になりやすく、晴れて空気が乾燥する日が多い。

2月中旬~4月上旬頃までは南岸低気圧が通過しやすくなり、関東各地で大雪の時もある。 大雪になると交通機関に影響が出て来る。

  • 冬~春と秋~冬にかけては発達した低気圧が通り、強風や強雨などが起こる。

[編集] 地理

[編集] 特別区

  • 東部には、隅田川荒川江戸川といった川の流域に、低地が広がっている。このため、「ゼロメートル地帯」も少なくない。
  • 西側から武蔵野台地の末端部である幾つもの舌状台地が伸びており、山の手と呼ばれる。
  • 南部の多摩川沿いの地域には低地が続いている。
  • 臨海部には埋立地が続いている。
  • 皇居(旧の江戸城)を基準として、城北、城東、城南、城西という呼び方をすることがある。
地形

[編集] 多摩地方

地形

[編集] 島嶼

[編集] 伊豆諸島

[編集] 小笠原諸島

[編集] 自然公園

[編集] 歴史

[編集] 律令制の時代

(※江戸の歴史も参照。)

日枝神社

現代の東京都の領域は、令制国武蔵国の一角である。郡においては、東京特別区は豊島郡(中心部)、荏原郡足立郡の一部、下総国葛飾郡の一部に相当する。多摩地方は多麻郡となっていた。近世初期に、葛飾郡のうち、隅田川から利根川(現代の江戸川下流)の間が、下総国から分離されて武蔵国に編入された。武蔵国は、現在の東京都全域だけでなく、埼玉県全域と神奈川県東北部を含む広い版図であるが、国府国分寺はそれぞれ現在の府中市国分寺市にあった。当初の武蔵国は、五畿七道では東山道に属していたが、771年に東海道所属に変更された。

延喜式神名帳には足立郡に氷川神社(名神大社)、多磨郡に小野神社(一宮)、阿伎留神社、青渭神社等が見えるが、後世武蔵国総社とされた大国御魂神社や、東京の神社として著名な神田明神日枝神社の名は見えない。

かなり古い時代から渡来人が住んでいたようで、亀塚古墳のある狛江郷(狛江市周辺)は高句麗に由来するとされ、他にも渡来人に纏わる伝承は多い。武蔵野の開発は渡来人の潅漑技術による所が大きいとされる。

[編集] 鎌倉時代から戦国時代まで

中世には武蔵七党と呼ばれる武士団が興り、関東に進出した畿内河内源氏の家人となった。源平合戦では豊島氏、足立氏、葛西氏らが活躍している。12世紀には豊島郡江戸郷の名が見え、この地を本拠とする江戸氏も興った。14世紀には、新田義貞鎌倉幕府軍を破った分倍河原の戦いが知られる。

戦国時代には扇ヶ谷上杉氏の家宰であった太田氏が台頭し、江戸城を築いた太田道灌が武蔵国の掌握に力を注いだが暗殺され、小田原城を拠点とする後北条氏が武蔵国に進出する。北条氏政の弟・北条氏照八王子城を築き、西方の甲斐国武田氏に備えた。その後北条氏も、豊臣秀吉小田原攻めによって滅んだ。

[編集] 江戸時代

後北条氏が滅んだ頃、岡崎西三河)出身の徳川家康が、駿府城(旧静岡市)から江戸城に入る。やがて関ヶ原の戦いに勝利した家康は、1603年3月24日旧暦2月12日)に江戸幕府を開き、江戸時代が到来する。ここに、首都京都でありながら、江戸は行政庁所在地となる。幕府を開いた家康は進んで鷹狩りをやり、白金御殿などの御殿も造られた。18世紀初頭には、江戸は人口100万人を超える世界有数の大都市へと発展を遂げていた。なお、5代将軍徳川綱吉の時代に23区内唯一の喜多見藩があったが、数年で消滅に至ってしまう。

東京タワーと増上寺

[編集] 明治維新から第二次世界大戦まで

(※東京府東京市の項も参照。)

1867年11月9日(慶応3年旧暦10月14日)の徳川慶喜による大政奉還1868年1月3日(慶応3年旧暦12月9日)の王政復古クーデターによって江戸幕府が崩壊し、同年5月3日(慶応4年(明治元年)旧暦4月11日)の江戸城開城によって江戸は新政府の支配下に入った。6月30日旧暦5月11日)、新政府は江戸府を設置し、9月3日旧暦7月17日)に江戸が東亰(後に東京)と改称されると、江戸府も東京府と改称された。1869年明治天皇皇居(旧の江戸城)に入ると、名実共に、東京は近代日本の首都となった(首都を京都から東京へ移す遷都令は無く、東京を首都とする法的根拠も無い、という意見もある)。

全国から新政府に仕える人々が集まり、多くは皇居周辺(後世の山手線内側)に住んだ。これが山の手族の起源である。又、築地には外国人居留地が設けられ、銀座には西洋風の煉瓦街が作られて、文明開化が進んだ。1871年8月29日旧暦7月14日)の廃藩置県後、同年12月25日旧暦11月14日)に東京府は隣接する品川県および小菅県などを合併して、現在の特別区(23区)部のうち世田谷区西部を除いた区域を管轄する東京府が発足し、東京は府庁所在地となった(ただし、実際に管轄区域が確定したのは翌1872年)。そして、1889年には市制施行で東京市が発足した。

大正期に入ると、東京市への人口流入は更に進み、1920年の人口は370万人になったが、1923年9月1日には関東大震災に襲われ、特に下町が大打撃を受け、一時、面積が半分程度の大阪市の人口が東京市を抜くことにもなった。近衛文麿政権に入る前までは、大阪が日本の経済産業文化芸術の中心的な地位にあったが、近衛文麿以後の政権が戦時体制を敷いて、経済・産業・文化・芸術・教育、その他あらゆる分野の中枢を東京に集めた。

第二次世界大戦中の1943年7月1日には、東京市と東京府は廃止され、東京都が設置された。初代東京都長官は、内務省出身の大達茂雄であった。そして、第二次世界大戦末期の1945年3月10日には、東京大空襲によって市街地の大半が焼け野原と化した。また、小笠原諸島の硫黄島で地上戦が行われ、日米両軍に多大な犠牲を払った戦いであった。

[編集] 第二次世界大戦後

しかし、政府が首都たる東京の復興を最優先し、東京オリンピックによって戦後復興は終結し、東京は高度経済成長の中で新しい日本の政治・経済の中心として大発展を遂げる。高度経済成長期から、経済面で烈しい東京一極集中が進み、現在もこの傾向は加速する一方である。 1968年小笠原諸島及び火山列島が米国より返還され、小笠原支庁設立と東京都へ編入された。 1979年鈴木俊一が都知事に就任すると、鈴木知事の意向も有ってか、東京都はバブル経済の涛に飲まれ、異常な地価高騰に見舞われた。1991年には、新宿に都庁新庁舎が完成し、東京の新たな象徴となった。その後はバブル崩壊が進み、1996年に予定された世界都市博覧会は、1995年に就任した青島幸男知事によって中止された。

1999年石原慎太郎が都知事に就任して以降は、品川丸の内汐留及び臨海副都心などの再開発が目覚しく、石原知事の東京至上構想や、I LOVE NEW TOKYO計画の立ち上げなど、超過密都市でありながら、尚も活発な経済活動を示唆している。

[編集] 年表

[編集] 古代

[編集] 中世

江戸城外壁
  • 1333年 新田義貞、分倍河原・関戸で鎌倉幕府軍を破る
  • 1416年 上杉禅秀の乱
  • 1457年 この頃、太田道灌江戸城築城
  • 1486年 太田道灌、相模の上杉定正の館で暗殺
  • 1524年 北条氏綱、江戸城に入城
  • 1582年 この頃、北条氏照が八王子城を本格築城
  • 1590年 豊臣軍の前に江戸城開城、八王子城落城 / 徳川家康が駿府から江戸に転入

[編集] 江戸時代

[編集] 明治から第二次大戦まで

玉川上水
現在の東京国際空港第2ターミナル

[編集] 昭和後期(第二次大戦後)

東海道新幹線(東京駅)

[編集] 平成期

レインボーブリッジ

[編集] 行政区画の変遷

[編集] 人口

[編集] 年齢構成

年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
総計 [単位 千人]

年齢 人口
0 - 4歳 494
5 - 9 472
10 - 14 525
15 - 19 672
20 - 24 792
25 - 29 1022
30 - 34 1119
35 - 39 998
40 - 44 830
45 - 49 715
50 - 54 803
55 - 59 885
60 - 64 824
65 - 69 695
70 - 74 588
75 - 79 438
80歳以上 505

年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
男女別 [単位 千人]

年齢
253 0 - 4歳 241
241 5 - 9 231
266 10 - 14 259
344 15 - 19 328
408 20 - 24 384
534 25 - 29 488
574 30 - 34 545
517 35 - 39 481
431 40 - 44 399
367 45 - 49 348
408 50 - 54 395
441 55 - 59 444
398 60 - 64 426
327 65 - 69 368
272 70 - 74 316
191 75 - 79 247
176 80歳以上 329


東京都と全国の年齢別人口分布図(比較) 東京都の年齢・男女別人口分布図
紫色は東京都
緑色は全国
青色は男性
赤色は女性
総務省統計局 平成17年国勢調査より

[編集] 行政

※ 行政組織については「東京都庁」も参照。
※ 庁舎については「東京都庁舎」も参照。

[編集] 行政組織

[編集] 財政と事業

臨海副都心開発における、東京テレポートセンター東京臨海副都心建設竹芝地域開発東京ファッションタウンタイム二十四の臨海関連第三セクター5社が相次いで経営破綻するなどの、いわゆる「5T問題」(五社の頭文字から)を抱えており、他にも国際貿易センター、東京臨海高速鉄道東京都地下鉄建設、多摩ニュータウン開発センターなどの第三セクターの深刻な財政問題を抱えている。

財政状況は、景気の回復による都税収入の増加と、石原都政下での緊縮財政で、2000年前後の最悪の水準から大幅に回復し、一般会計が他の会計から借り入れる「隠れ借金」も2006年度で完済する目処が立ち、2005年度の一般会計では16年ぶりの黒字決算となった。起債依存度は全国の自治体で最低の5.8%と財政の健全化が進んでいる。

一方で、特別会計や監理団体なども含めた東京都の連結での負債[1]の23頁)は、2004年度末に16兆9508億円、都民一人当たりの負債額は約135万円と共に全国最多であり、特別会計や監理団体の財政は厳しい。また、平成18年度の実質公債費比率は17.1%と、全国で8番目に悪い。総務省 平成18年度 実質公債費比率の算定結果(速報)PDF同HTML

生活保護を受けている世帯は、2005年4月現在140,848世帯で、人数は187,773人に上る。

[編集] 政治

[編集] 東京都議会

1965年(昭和40年)に自主解散したため、東京都議会選挙は統一地方選挙としては実施されない。

[編集] 構成

2007年4月9日現在の会派構成
会派議席数
東京都議会自由民主党49
都議会民主党35
都議会公明党22
日本共産党東京都議会議員団13
都議会生活者ネットワーク4
無所属(行革110番)1
無所属(自治市民'93)1
無所属(市民の党)1
無所属(民主フォーラム)1
欠員7

[編集] 都議の選挙区

選挙区名定数 選挙区名定数 選挙区名定数 選挙区名定数
千代田区 1 中央区 1 港区 2 新宿区 4
文京区 2 台東区 2 墨田区 3 江東区 4
品川区 4 目黒区 3 大田区 8 世田谷区 8
渋谷区 2 中野区 4 杉並区 6 豊島区 3
北区 4 荒川区 2 板橋区 5 練馬区 6
足立区 6 葛飾区 4 江戸川区 5 八王子市 5
立川市 2 武蔵野市 1 三鷹市 2 青梅市 1
府中市 2 昭島市 1 町田市 3 小金井市 1
小平市 2 日野市 2 西東京市 2 西多摩 2
南多摩 2 北多摩第一 3 北多摩第二 2 北多摩第三 2
北多摩第四 2 島部 1