朝鮮神宮

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<tr> <th style="white-space:nowrap">社格等</th> <td style="background: #fff">官幣大社・勅祭社</td> </tr> <tr> <th style="white-space:nowrap">創建</th> <td style="background: #fff">大正14年(1925年) </tr> <tr> <th style="white-space:nowrap">本殿の様式</th> <td style="background: #fff">神明造</td> </tr> <tr> <th style="white-space:nowrap">例祭</th> <td style="background: #fff">10月17日</td> </tr>
朝鮮神宮
所在地 朝鮮京畿道京城府南山
主祭神 天照大神
明治天皇

朝鮮神宮(ちょうせんじんぐう)は、日本統治時代朝鮮京畿道京城府南山(現、大韓民国ソウル特別市)にあった神社である。社格官幣大社で、朝鮮全土の総鎮守とされた。

祭神を天照大神明治天皇とし、1925年大正14年)10月15日に創建された。 朝鮮神宮は1945年の日本の第二次世界大戦敗戦により廃座となり、跡地には南山公園が作られた。公園の中には安重根義士記念館、ソウルタワーなどがある。

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[編集] 参拝の奨励・強要と神社参拝拒否運動

朝鮮神宮の建立以降、朝鮮総督府は皇民化政策の一環として神社参拝を奨励し、各家庭での神棚設置と礼拝を奨励した。さらに日中戦争がはじまった1937年以降になると、神社参拝を強要した

このころには日米関係の悪化も関係しており、朝鮮のキリスト教徒に対するの圧力も強まっていた。それまで植民地統治下にあってキリスト教会内部だけは比較的、表現と集会の自由が容認されていた。これは堤岩里事件を引き起こしたことに対して欧米から強く非難されたためであった。

教会への圧力が強まるなか、1939年には長老派教会が警察官立ち会いのもとで神社参拝を決議した。これに反対した約2000人の牧師・教徒が検挙・投獄された(神社参拝拒否運動)。この際、日本基督教団は神社参拝に反対する朝鮮の教会に赴き「国家の祭祀を要求することは改宗を迫るものではない」という趣旨で反対派牧師たちを説得している。神社参拝拒否運動は、200あまりの教会が閉鎖され、50名あまりが獄死するという結末をたどった。

[編集] 関連項目

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