朝鮮式山城

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朝鮮式山城(ちょうせんしきやまじろ)は、飛鳥時代から奈良時代にかけて築かれた古代の山城のうち、朝鮮半島からの影響が指摘されるものを一般に指す。ただし、この呼称は定義に未確定な部分があるので、考古学上は単に古代山城(こだいさんじょう)と呼ばれることが多い。


[編集] 古代山城

古代山城とは、西日本各地に古代に造られた山城の中で、「日本書紀」「続日本紀」に何等かの記載がある諸城およびその系統の山城。築城、改修、停廃等の記事が見られる。

日本書紀における長門城大野城基肄城の記事に「亡命百済貴族が築城の指導に当たった」とあることから、これらを含め築城年代・構造など共通性が見られるものを「朝鮮式山城」と一般に称する。このほか古代山城の中には怡土城のように中国城砦との関係が指摘されるものもある。

その他の古代山城に類似した遺構に神籠石(式山城)がある。こちらは公的な記録がなく建設の経緯が不明なため「祭祀複合遺跡説」「渡来氏族の逃げ込み城説」など各説があり、所在地が未だ不明な一部の古代山城に比定されることがある。

また、別系統の古代城郭に都城、国府城、、要害、水城、東北・北陸の城柵・鎮守府城、城館などがある。このうち多賀城秋田城などは山城といっていい立地であり、規模も西日本の古代山城の発展形とみられ、注意が必要である。


名称読み建設年所在地・推定地現状
高安城たかやすのき667年奈良県生駒郡平群町久安寺・大阪府八尾市高安山城壁や水門跡が発見されたが、667年以降の築城の可能性も残されている。</br>また、あまりにも規模が大きい為に検証が進んでいない。
屋嶋城やしまのき667年香川県高松市屋島東町石垣、土塁、水門跡、見張台等が発見されたが検証が済んでいない。
長門城ながとのき665年山口県下関市不明
大野城おおのじょう665年福岡県太宰府市大野城市土塁、石垣、門跡 建物跡
基肄城きいじょう665年佐賀県三養基郡基山町小倉</br>基山(414m)礎石建物跡、城門 石垣、水門、土塁
金田城かねたのき667年長崎県対馬市美津島町黒瀬城山城壁(石垣)、城門跡、水門、望楼跡
鞠智城くくちじょう奈良・</br>平安初期熊本県山鹿市菊鹿町米原字長者原・菊池市木野字深迫鼓楼と推定される八角形建物、兵舎、米倉など72棟の建物跡 一部の建物を復元
茨城いばらき奈良時代広島県福山市蔵王町(蔵王山一帯)不明
常城つねき665年広島県府中市本山町・</br>福山市新市町常 亀ヶ岳山頂七ッ池周辺不明
三野城みのじょう7世紀後半福岡県福岡市博多区美野島不明
稲積城いなづみのき7世紀後半福岡県糸島郡志摩町不明
三尾城みおのき 滋賀県高島市不明

[編集] 関連項目

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