日本 (曖昧さ回避)
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日本(にほん、にっぽん)
- アジアの極東地方に存在する国家の名称(日本国)。日本を参照。
- 田中康夫が代表となって結成された政党、新党日本の略称。
- 日本ハムが製造する、自社農場飼育の畜肉を使用した高級ハム・ベーコンのブランド名。
- 明治時代にあった新聞社。日本 (新聞社)
- 日本人の姓のひとつ。極めてまれ。
- 漢文文化圏で、東方の国(または地域)の別名(雅称)。
- 日下(じつか・にちげ)とも書く。古代中国で東方にあると考えられた観念的な地名(ちなみに西は「流砂」、南は「北戸・反戸」、北は「孤竹」という)。日本国内の日下(くさか=草香)とは別。
- 唐では、倭国以外にも詩文の中で新羅をさして「日本」と呼んだ例がある。
- 朝鮮半島では、于山国(今の鬱陵島)をさして「日本国」と呼んだ例がある。
- 新旧唐書には、倭国と日本が別々に登場するが、これは壬申の乱の際に美濃以東の東国に基盤をもった大海人皇子の東軍を「日本」、大友皇子を首班とする近江朝廷の西軍を「倭国」と呼んで区別したのだとの説がある。
- 坂上田村麻呂が奥州に攻め入った時(あるいは源義経が奥州逗留期という)、矢尻で「日本中央」と彫り込んだ石碑があったという。偽作説もあるが青森県から出土したものが有名である。(ただし「ひのもともなか(奥州の中心の意)」ではなく「やまともなか(樺太ふくむ日本列島の中心の意)と読む説もある)(参考:つぼのいしぶみ)また、安土桃山時代には豊臣秀吉の手紙の中で、奥州をさして「日本」と呼んでいる。上の「日本中央」と彫り込んだ石碑は奥州の中央にあり、「日本」が日本の国号となる以前は、この地方を日本と呼んでいたという説もある。さらに、安藤康季は、青森県十三湊で海運により繁栄し、「日之本将軍」と名乗った。しかも、その名称は天皇も認知していた。
- 室町時代には、北海道の蝦夷に「渡党」「唐子」「日本(ひのもと)」の三種ありという。この「日本」は江戸時代の「東蝦夷」にあたり、北海道の東半と千島列島をさしているという。(千島列島のアイヌ語地名「チュプカ」は日の出の地の意味)
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